東京の臨海都心に「船の科学館」という施設がある。現在は南極観測船「宗谷」の保存施設になっているが、2023年までは隣接する土地に客船の形をした本館が存在していた。そのモデルを英キュナード社の客船「クイーンエリザベス2」(QE2)とする記述が多いのだが……。
船の科学館本館は1974年7月に竣工・開館した。筆者には本館が、当初より英P&O社の客船「キャンベラ」に見えて仕方がない。全体のプロポーションや輪郭がキャンベラに共通しているのだ。7月の第3月曜日、2025年は21日が「海の日」にあたるので、考察してみた。
キャンベラとする理由
1 - 煙突が船尾にある →QE2は全長の中央付近
2 - 前部マスト上部に展望室がある →QE2にはない
3 - 操舵室が客室の上部、一段上に独立してあり、なおかつやや後退した位置にある →QE2は船室最前部
4 - 船体の色が白 →QE2は白と黒のツートン、煙突が赤
5 - 舷側が通路になっている →QE2は客室
キャンベラを模したとしてキャンベラと異なる点は、煙突の本数(キャンベラは左右並立2本)と客室部前端の形状(キャンベラは平面図で丸みを帯びている)など。これらは実際の建築にするときの誤差範囲だろう。いっぽう、QE2がモデルであるとする積極的な理由は見当たらない。
科学館のリーフレットや日本財団の資料では「6万トンの客船」とあり、キャンベラは5万トンにやや欠けるくらい、QE2は7万トン前後で、6万トンは単純に本館の大きさを示すだけだと思われる。これらの公式資料にQE2、あるいは他の船をモデルにしたという記述は見つけられない。
船の科学館に問い合わせたところ、学芸部から「『船舶形状のイメージを取り入れた建物』であり、動線や安全性等を考慮した結果、あの形状となったもので、特定の船をモデルとしたものではございません」との回答があった。大いに納得できる説明だ。
70年代前半、大型客船としてQE2が有名だったので、例として挙げられた船名がそのまま直接のモデルとして人々の間に定着してしまったのだろう。「日本財団図書館」のウェブサイトで、船の科学館が発行していた『船の科学館 資料ガイド12「船の科学館」』という書籍のPDFデータをダウンロードでき(書籍版は販売終了)、これに船の科学館設立までの経緯が書かれている。前述のようにQE2をモデルにしたとは書かれていないが、興味深いエピソードが読める。