ホンダ製品の開発・研究を行なう、栃木県芳賀町にある本田技研工業栃木四輪開発センター。自動車の衝突試験に用いられるダミー(擬人化試験装置、ATD)は、100体以上が用意されている。いちばん高価なダミーは購入時の価格で1体2億円、今では3億円以上?
衝突試験用ダミーは、人体の形状、重量、関節構造をモデル化するように設計された人形だ。衝突時に発生する衝撃、加速度、変形、力、慣性モーメントに対する人体の反応を再現する。衝突時には、各部位に作用した物理的力を搭載されたセンサーが測定、データを提供する。
四輪開発センターを見学した際に、複数のダミーが展示されており、説明パネルにおよその価格が表記されていた。ダミーのサイズは大小あり、試験対象・装備も同じではなく、従って価格もさまざまだ。小さいもので本体が数百万円、センサーを搭載すると千万円単位になる。
いちばん高価だったダミーは、米ヒューマネティクス社製の正面衝突用ダミーの『THOR』で、2億円。THORはTest device for Human Occupant Restraint、乗員拘束装置試験装置からの略称であり、ホンダでは「ソア」と呼んでいる。Thorは北欧神話の雷神「トール」の英語表記で、スーパーヒーロー映画では「ソー」としてポピュラーだが、栃木ではドイルの『ソア橋』と同じに呼ばれる。
ソアはヒューマネティクスによって、1995年以降継続的に改良を重ねてきた一連のモデルを基に、2009年から20年にかけて開発が進められた。サイズはAM50パーセンタイル、アメリカ人成人男性の小さい方から50%、つまり中央値。ホンダのダミー群では最新モデルでもある。

2億円という数字は、説明担当者によると「これはパネルを作った時の価格。今はもっとする」そうだ。ホンダ車の売れ筋、『フリード』(e:HEV AIR EX)だと80~90台、新型『プレリュード』なら40~50台は買える値段だ。
1体2億円以上のソアが四輪開発センターには10体以上あるという。非常に乱暴な計算だが、生命保険の保険金額の平均が約2000万円とされるので、100人の命が助かれば元がとれる。警察庁の資料によると、2008年の交通事故死者数は4979人、24年は2663人だった。
衝突試験用ダミーに、例えば試験回数何回といった、定められた使用期限はない。整備・修理を続けながら、規定の性能を維持する限りは使い続けるという。
ホンダは2021年に「2050年に全世界でホンダの二輪車・四輪車が関与する交通事故死者ゼロをめざす」と表明した。そして事故が起きる手前でリスクを予兆・回避できる「ぶつからない車」の実現を目標とする。しかし現状の混合交通の中では、ぶつからない安全性(一次安全、アクティブセイフティ)の向上は困難であるため、ぶつかった時の安全性(二次安全、パッシブセイフティ)の向上にも努めている。そのための衝突試験であり、ソアをはじめとするダミーが活躍しているのだ。