エンジン車は生き残れるのか? EU新自動車政策、その絶対条件と“落とし穴”

12月16日、「オートモーティブ・パッケージ」を発表する欧州委員会の幹部たち。右から二人目が欧州委員会のテファン・セジュルネ副委員長。
12月16日、「オートモーティブ・パッケージ」を発表する欧州委員会の幹部たち。右から二人目が欧州委員会のテファン・セジュルネ副委員長。全 8 枚

EUが12月16日、新たな自動車政策案「オートモーティブ・パッケージ」を発表。2035年以降もエンジン車を販売できることになったが、その条件は厳しい。これが欧州市場と自動車メーカーに与える影響を考えてみよう。

◆CO2排出量を90%削減

EU=欧州連合の行政執行機関である欧州委員会が、当初予定より6日遅れて12月16日、新たな自動車政策案を発表した。12月に入って自動車メーカーやサプライヤー団体、加盟国政府、環境団体などがさまざまな意見・要望を申し入れていたから、調整に手間取ったのだろう。まだ提案段階であり、これから欧州議会で審議される。

「オートモーティブ・パッケージ」と呼ばれるこの提案の、最大の注目点は2035年以降のCO2規制だ。骨子は次の2点。

(1)2021年比でCO2排出量を90%削減する
(2)残りの10%はEU域内で生産した低炭素の鉄(いわゆるグリーンスチール)またはeフューエル/バイオフューエルで補う。

グリーンスチールとeフューエル/バイオフューエルについては使用量に応じてクレジットを与えるが、それで補えるのはグリーンスチールで7%まで、eフューエル/バイオフューエルで3%までと制限されている。

また、それぞれ「まで」だから、それ以下にとどまる場合はCO2排出の削減量を90%以上にせねばならない。ちなみにここでいうCO2排出量は企業ごとの平均値で、各車種のCO2排出量と販売台数を加重平均した値である。

この2点を満たすことができるなら、そこに至る手段は自由だ。純エンジン車でもハイブリッド車でもよい。EUは2023年に「2035年以降はゼロエミッション車だけにする」と決議し、事実上、エンジン搭載車を排除する方針だった。それゆえ今回の「エンジン車容認」を大転換と見なす報道が相次いでいるが、本当にそうなのだろうか?

◆90%削減は不可能ではない

まず、「2021年比で90%削減」の意味を紐解こう。

2021年時点のEUのCO2規制値はNEDCという当時の試験モードで95g/kmだった。現在使われているWLTPモードはNEDCより15%ほど厳しいと言われているので、21年の95g/kmはWLTPに換算すると約110g/kmになる。

110g/kmから90%削減は11g/kmだ。例えば低燃費で知られるトヨタ『ヤリス・ハイブリッド』のCO2排出量がWLTPで57.6~68.8g/kmだから、11g/kmは途方もない目標に思えるが、こんな例もある。

メルセデスベンツ『Cクラス』の「C300e」は25kWhのバッテリーを備えるPHEV。EV走行距離は116kmと長く、WLTP のCO2排出量はわずか12~16g/kmだ。

また、中国リープモーターが欧州の一部で販売を始めた『C10』というCセグメント級SUVにはBEV(バッテリー電気自動車)とEREV(エクステンデッドレンジEV=全域電気駆動のPHEV)があり、EREV版は28.4 kWhのバッテリーを搭載してEV走行距離は145km。CO2排出量10g/kmと、すでに90%削減をクリアしている。

90%削減の11g/kmはけっして不可能な目標ではない。

◆BEVの拡販は必須条件

目標達成の鍵になるのが、BEVの販売シェアとPHEVのCO2排出量だ。

2024年のEU域内のBEV販売シェアは前年より少し減って14%だったが、Bセグメント級BEVの新規投入が昨今相次いでいる。これらの価格帯は2万~2万5000ユーロ(約369万円~461万円)と、従来のBEVより安い。今後はBEVシェアの伸びが期待できそうだ。

PHEVのCO2排出量はEV走行距離が長いほど下がるが、電池の搭載量を増やせばコストが上がる。とはいえ2035年までには全固体電池の普及が拡大しているだろうし、三元系電池のエネルギー効率も進化するはずだ(リン酸鉄系電池は長期的には進化の余地が三元系より小さいと言われる)。

2035年までにBEVシェアを33%=3分の1まで伸ばせれば、残りの3分の2のCO2排出量は平均16.5g/kmで90%削減ゴールの11g/kmを達成できる。すでにこのレベルを超えるPHEVが存在するのだから、充分に現実的なシナリオと言えるだろう。バッテリーをたくさん積むPHEVを数多く売れば、純エンジン車/ハイブリッド車を売る余裕も生まれる。

逆にBEVシェアが4分の1にとどまれば、残りの4分の3は平均14.3g/km。BEVが5分の1なら13.75g/km。純エンジン車を存続させるには、BEVの拡販が必須条件ということだ。

◆いま渦中の2025年規制

EUの現行CO2規制は2025年に始まり、29年までを対象とする。その目標値は93.6g/km。しかし多くのメーカーがそれを達成できそうもなく、多額の罰金を払わねばならない事態が見えてきて、EUは当面、2025年~27年の3年間の平均で目標値をクリアすればよいという救済策を打ち出した。

これを自動車業界は「交渉の勝利」と評価したが、25年に未達の部分は26~27年で埋め合わせなくてはいけない。欧州でもBEV販売が停滞するなか、けっして簡単なことではないだろう。

自動車メーカーの多くは罰金を避けるため、目標値を超過達成できるメーカーからカーボンクレジットを買い、自社の未達分を埋め合わせるアライアンスを結成している。日本メーカーではトヨタやホンダ、マツダ、スバルがテスラからクレジットを買うグループに入っており、日産はルノーと別れてBYDとアライアンスを組んだ。他にBEV販売比率の高いボルボを中心とするグループもある。

欧州でBセグメント級BEVが相次いでいるのは、小型低価格のBEVを拡販することによって企業平均のCO2排出量を減らし、罰金を避ける、もしくはクレジット購入費用を抑える必要があるからだ。


《千葉匠》

千葉匠

千葉匠|デザインジャーナリスト デザインの視点でクルマを斬るジャーナリスト。1954年生まれ。千葉大学工業意匠学科卒業。商用車のデザイナー、カーデザイン専門誌の編集次長を経て88年末よりフリー。「千葉匠」はペンネームで、本名は有元正存(ありもと・まさつぐ)。日本自動車ジャーナリスト協会=AJAJ会員。日本ファッション協会主催のオートカラーアウォードでは11年前から審査委員長を務めている。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

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