888ccの直列3気筒エンジンを搭載するヤマハ『トレーサー9 GT+ Y-AMT』に試乗。快適性とスポーツ性を併せ持ったフラッグシップツアラーの先進性を堪能した。
『MT-09トレーサー』(2015年)を経て、車名も新たに登場したヤマハのスポーツツアラーが『トレーサー9 GT』(2021年)だった。その車体にACC(アダプティブクルーズコントロール)を搭載した上位機種「トレーサー9 GT+」が加わったのが、2023年のこと。今回の「トレーサー9 GT+ Y-AMT」は、2025年にモデルチェンジを受けたさらなるアップグレードバージョンで、ヤマハが持つ最新技術の全部載せ仕様と言っていい。
◆ヤマハの最新技術「全部載せ」で198万円
ヤマハ トレーサー9 GT+ Y-AMT
では、どれほどの「全部載せ」なのか。主な装備や機能をざっと書き出すと次の通りとなる。
・YRCモード:エンジンの出力特性やその他制御の介入レベルが変化
・Y-AMT:クラッチレバーとペダルを持たないセミAT機構
・電子制御サスペンション:減衰力が自動的に変化
・ACC:前方車両との距離を自動で保つクルーズコントロール
・YVSL:設定した任意の速度を超えないように自動的に抑制
・BSD:後方や死角の車両を検知
・FCW:前方車両と衝突するリスクを警告
・マトリクスLEDヘッドライト:ライトの照射エリアと減光/消灯を自動制御
・前後アシストUBS:ブレーキの前後配分を自動的に調整。車体姿勢の安定化のため、電子制御サスペンションとも連携
・レーダー連携UBS:前方車両との距離が近づき過ぎた時、制動をアシスト。この時も前後配分を調整し、電子制御サスペンションとも連携
・VHC:坂道における停止や発進時に制動をアシスト
・TPMS:タイヤの空気圧低下を検知
ヤマハ トレーサー9 GT+ Y-AMTその全容をすぐに把握できるものではないだろうが、他にも快適なツーリングのためのグリップウォーマーや電動スクリーンを標準装備。USBに関しても、タイプAとタイプCの両方が備わるなど至れり尽くせりである。
これで乗り出し250万円なら「ですよね」となるところだが、トレーサー9GT+ Y-AMTにそれは当てはまらない。なにせこれほどのおもてなしを誇りながら、車体価格は200万円切りの198万円に抑えられている。
アクセサリーをなにか追加するとすれば、まずETC車載器(これこそ標準装備でよかったと思うが)。それとサイドケースやトップケースといった収納系だろうが、専用に開発されたそれらは使い勝手に優れ、脱着やロック、開閉といった操作をキーレスで簡単に行うこともできる。
◆「Y-AMT」がフレンドリーさを後押ししてくれる
ヤマハ トレーサー9 GT+ Y-AMTさて、走りはどうか。それを体感するため、シートにまたがり、エンジン始動の準備に取り掛かった時からすでにおもてなしが始まっている。もっちりと包み込んでくれるような座面のホールド感もさることながら、メインスイッチを回して車体を起こすと、その時の手応えがはっきりと軽い。
電子制御サスペンションの恩恵は、一般的に動的な場面で発揮されるものだが、実はこのモデルは静的な状態でも機能する。スイッチを入れるとしばらくの間、減衰力が自動的に低下し、わずかな入力にもフワッとリズミカルに反応。少し反動をつけてくれるようなイメージで、それによって、実際の車重(232kg)よりもずっと軽く感じられるのだ。
大排気量のスポーツツアラーである。本来であれば、ある種の手強さを感じさせるモデルながら、またがって早々にそのイメージは消え、Y-AMTの装備がそこからさらにフレンドリーさを後押ししてくる。
ヤマハ トレーサー9 GT+ Y-AMT
ヤマハ トレーサー9 GT+ Y-AMT『MT-09』で初採用されたこのシステムは、クラッチレバーとクラッチペダルを持たないセミAT機構の一種だ。変速をすべて制御に任せるATモードと、シフトボタンによって任意のタイミングで変速できるMTモードを自由に行き来できる。MTモードの時は、ハンドル左側に備えられたシフトレバーを押し引き(または弾く)すれば、アクチュエータを介して即座にギヤがアップ、もしくはダウン。パドルシフトを持つ四輪的な感覚で素早く、かつ精確な操作が可能だ。
MT-09由来のそれは、コンフォート寄りというよりスポーツ寄りの操作フィーリングを持つ。ニュートラルから1速に入る時の音や、低速ギヤでシフトアップする時の変速ショックをことさら消そうとはせず、車両の状態を明確に伝えてくる。
したがって、ATモードに一任する受動的な乗り方よりも、MTモードで能動的に関わった方が一体感を得やすく、その意味でれっきとしたスポーツバイクであり、ヤマハらしいハンドリングを堪能することができる。日中はMTモードを駆使して、峠から峠、県と県をまたぎながら距離を重ね、心地よく疲労した帰路はATモードに託しながらクールダウンする。そんな使い方がぴたりとはまるグランドツアラーだ。
◆エンジニアのオタク気質が隅々にまで散りばめられている
ヤマハ トレーサー9 GT+ Y-AMT制御に託すという意味において、全面的に頼り切れる装備が「マトリクスLEDヘッドライト」だ。コーナリングライトの上位互換程度に捉えられている節があるのだが、複数のハイビームとロービームが車体前方に装備されたカメラと連動。前方を走行する車(対向車だけでなく、進行方向が同じ車両も含む)の有無と位置、自車の車体姿勢、周囲の明るさ、霧の濃さなどを検知し、状況に応じてヘッドライトの照射範囲やハイ/ローを随時変化させるというきめ細やかだ。
たとえば、自車の前方30m先の同一車線上に先行する車両を検知した場合、その車両に対してのみハイビームからロービームへ切り替え、もしくは適切な減光を行いつつ、なにもない対向車線は遠くまで照射するなど、凝りに凝った作り込みがなされている。ブレーキとサスペンションの協調制御で常に車体の安定性を保とうとする前後アシストUBSやレーダー連携UBSなども含め、エンジニアのオタク気質が車体の隅々にまで散りばめられているところに、ひたすら感心する。
ヤマハ トレーサー9 GT+ Y-AMTもちろん、電子制御の部分だけでなく、スポーツバイクとしての素性も高い。2025年モデルとして改良が施される際、フロントフォークのアクスルブラケット、リアサスペンションのリンク特性、フレーム各所の剛性チューニング、専用に開発されたタイヤなどがポジティブに機能。コーナリング中に伝わってくる車体前後の接地バランスのよさは特に印象深く、いつでもどこからでもスロットルを開けられる安心感に満ちている。
ここに至るまでの間、トライ&エラーに掛けた時間がどれほどのものだったのか。途方もない労力だったことは想像にたやすく、スポーツ性と上質さと先進性がバランスした完成度の高さに対し、198万円の車体価格はやはりこの上ないバーゲンプライスだと思う。
ヤマハ トレーサー9 GT+ Y-AMT■5つ星評価
パワーソース:★★★★
ハンドリング:★★★★★
扱いやすさ:★★★★
快適性:★★★★★
オススメ度:★★★★★
伊丹孝裕|モーターサイクルジャーナリスト
1971年京都生まれ。1998年にネコ・パブリッシングへ入社。2005年、同社発刊の2輪専門誌『クラブマン』の編集長に就任し、2007年に退社。以後、フリーランスのライターとして、2輪と4輪媒体を中心に執筆を行っている。レーシングライダーとしても活動し、これまでマン島TTやパイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライム、鈴鹿8時間耐久ロードレースといった国内外のレースに参戦。サーキット走行会や試乗会ではインストラクターも務めている。




