フェラーリ 12チリンドリ マヌアーレフェラーリ12チリンドリ マヌアーレ(FR/8AT)【海外試乗記】
MT車が長らく不在となっていたフェラーリ。そこに突如として現れファンを驚かせたのが、MT車と同じ変速動作で運転できる「12チリンドリ マヌアーレ」だった。果たして、その乗り味は? 名コースで試乗した西川 淳の第一報。
“なんちゃって”ではなかった
読者諸兄は、私が以前、すべてが“違う”フル電動車「ルーチェ」が登場した際に、「マラネッロはヘリテージを忘れてなどいない。ルーチェとは対極にあるモデルを早晩デビューさせるだろう」と書いたことを覚えていらっしゃるかもしれない(関連記事)。その第1弾が「12チリンドリ マヌアーレ」である。
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速いクルマをつくるために、マラネッロはペダルを2個に減らし、レバーをパドルに変え、ひたすら変速時間を削ってきた。パドルをはじけば次のギアが瞬時に選ばれ、駆動力を途切れさせることなく、適切なギアへとバトンタッチする。際限なく増え続けるパワーを安全に扱うためにも、それは正しい進歩だった。
ところが、だ。クルマ好きというものは、つくづく天邪鬼な存在である。ラクに、速く、安全に走らせられるようになればなったで、今度は暇になった左足と右手が気になりだす。渋滞でくたびれた記憶などすっかり忘れ、シフトダウンがきれいに決まったときの快感だけを思い出す。そして願う。もう一度、マニュアル操作をドライバーの手に取り戻したい、と。
9500rpmまで回る自然吸気V12エンジンを、クラッチペダルとHパターンのシフトレバーで操る。そう聞いただけで、乗り手はすっかり前のめりになってしまうだろう。
とはいえ、昔ながらの機械式MTを復活させたわけではない。ベースとなったトランスミッションは、標準の12チリンドリと同じ8段DCTである。そこにギアレバーとクラッチペダルを電気的に結びつけた。名づけて“Manuale by Wire”。手足の操作を電気信号に変え、変速機へと伝える仕組みである。
最初にそう聞いたとき、正直、疑った。物理的につながっているわけではない。電気信号のやり取りだけで、あの懐かしいマニュアル操作のフィールを楽しめるのだろうか。きっと“なんちゃってマニュアル”に違いない。いまさら、そんな子供だましを楽しめというのか……。
半信半疑で向かった先は、ステランティスグループの、というより、古きよき時代のアルファ・ロメオのテストコースであるバロッコだった。まさに「アルファ・ロメオ・トラック」と名づけられた高速テストコースで、マヌアーレの量産プロトタイプを試すことになった。
結論から言おう。マヌアーレは、その名のとおり、手足を使って思いどおりに操れるフェラーリの12気筒モデルだった。

“失敗”できても壊れはしない
何に感動したかといえば、まずはクラッチペダルとギアレバーのフィールだった。
シフトパターンはH型の6段で、左前方にリバースがある。後退を選ぶときは、レバーを押し下げて入れる。そのしつらえは、懐かしい3ペダルの跳ね馬そのものだった。ペダルには適度な重さがあり、踏み込むストロークにも、その先にクラッチワイヤーが存在しているかのような感覚がある。球形のノブを握ってレバーを動かせば、カキーン、コキーンと、以前にも増して小気味よい金属音をともなってゲートにおさまる。バイワイヤと知っていても、手足に伝わる感触は心地よくリアルだ。ギアレバーの動きの法則を、丹念に研究したことがうかがえた。
しかも、きちんと“失敗”もできる。発進時にクラッチを雑につなげば、車体はガクガクと揺れる。ひどければ、もちろんエンストする。2速や3速でも発進できるが、そのぶん慎重なクラッチ操作が求められた。
シフトダウンも同じだ。回転が合わないまま無理に低いギアへ押し込もうとすると、レバーはゲートに入ることを断固として拒む。許容される回転域でなければ、入らないのだ。
正しく操作すれば気持ちよく決まり、間違えば拒まれる。単なる入力装置を動かすだけの儀式ではない。運転の上手下手が、きちんと結果に表れる。たとえ電気的であっても、自分で変速している感覚は十二分にあった。
一方で、昔の3ペダルMTとは決定的に違う安心感もある。盛大に半クラッチを使っても、クラッチを傷めることがないのだ。焼けた嫌な臭いも漂わない。エンストさせても、ギアやクラッチにダメージは一切生じない。
失敗できる。でも、機械は壊れない。綿密にシミュレートされた電子制御が取り除いたのは、下手に操作したという実感ではなく、高価な機械を傷める恐怖のほうだった。例えば、V12のクラシックフェラーリ、「250」や「デイトナ」などのオーナーが、息子や娘にも運転させてみたいと思ったとき、このマヌアーレほど適したモデルはない。なにしろ、何度失敗したっていいのだから!
ちなみに日本では、AT限定免許で運転することはできない。オートマチックで走行できるとはいえ、ペダルが3つあるため、マニュアルトランスミッション車として扱われるという。

9000rpmの先へ、左足と右手で
テストトラックを、かなりのハイペースで走り込んだ。最も記憶に残ったのは、200km/hを超える速度から、3つ連続するタイトコーナーへ進入した場面だ。ブレーキを踏む。ノーズが沈む。速度がガクンと落ちる。自動ブリップはない。ヒール&トーで軽く回転を合わせ、2速へ。レバーがすっとゲートにおさまり、クラッチをつなぐ。心地よく決まった刹那、次のストレートを見据えてフルスロットル!
V12サウンドがやや低い音域から、再び勢いよく立ち上がった。制動、回転合わせ、変速、そして加速。そんな一連の動作がつながり、V12がメロディーを巧みに奏でたときの喜びといったらない。そうそう、これを僕らは待っていたのだ。
昔の3ペダルの12気筒モデルにも、もちろんそんな快感はあった。けれど、マヌアーレで得る喜びは、もっと速く、もっと刺激的だ。
なにしろ、9000rpm以上まで回る現代の自然吸気V12エンジンを、2速、3速で引っ張ることができる。DCTならあっという間に過ぎ去る変速の瞬間に、アクセルを緩め、クラッチを踏み、レバーを送るという、左足と右手の仕事が入り込む。もちろん、その間にはV12エンジンの旋律が室内に降り注ぎ、次の加速で爆発する。忙しいそのプロセスに、ドライビングのエッセンスが凝縮されている。
脳天までしびれた。モダンフェラーリの12気筒を、よもやこんなふうに味わう日がくるとは思いもしなかった。
最高出力830PS、最大トルク678N・m。0-100km/h加速2.9秒、最高速度340km/h。スペックで語れば、その性能は標準モデルと変わらない。ただ速さを享受するのではなく、それを自らの所作で引き出す。もちろん、凡百のエンジンならマニュアルで操作するまでもない。数字の向こう側に、本当の楽しさがある。それこそ、よいエンジンをマニュアルで操る楽しみの神髄なのだろう。

渋滞では8段DCTにおまかせ
マニュアルモードで使うのは、8段DCTのうち下から6段まで。クラッチペダルを踏み込むと手動モードに切り替わり、シフトノブのギアパターンが白く光る。
デイトナほどではないにせよ、それなりの踏力が必要だから、渋滞などでは左足が疲れてくるだろう。そんなときは、シフトベース後方にある小さな丸いDボタンを押せばいい。するとノブの文字が赤くなり、8段DCTによるオートマチック走行へいつでも切り替えられる。パドルこそないものの、オートマチックでの走りは標準の12チリンドリとまったく変わらない。
もう一度マニュアル操作を楽しみたくなったら、再びクラッチを踏み、適切だと思うゲートへレバーを放り込めばいい。ただし、安全を考慮し、オートからマニュアルへの切り替えは70km/h以下に限られる。
なぜ今、あらためてマニュアルなのか。あれほど「復活はない」と言っていたのに。開発陣の答えは明快だった。顧客が望んでいるからだ。なるほど、クラシックカーモデルのブームはその裏返しだろうし、ハイパーカーでもマニュアルは人気だ。そして何より、高回転型の自然吸気V12エンジンが存在するうちに、自分の手で変速する喜びを形にしたかったからでもあるのだろう。
速さを追い求めてきたフェラーリが、変速にかかる時間をあえて取り戻す。もちろん、技術的な後退でも、単なる懐古趣味でもない。V12エンジンのすばらしいソプラノを最高の状態で聴くために、最も優雅な手法を新たに開発したのだ。
クラシックモデルのペダルフィールを研究し尽くして生まれたという。腹立たしいほど、よくできていた。すでにオーダーできた世界の1499人が、心底うらやましい。ちなみに1499という数字は、マラネッロ初のV12モデル「125 S」の総排気量にちなんでいる。そして全車がテーラーメード(特別オーダー)枠で、もちろん完売御礼である。
(文=西川 淳/写真=フェラーリ/編集=関 顕也)

テスト車のデータ
フェラーリ12チリンドリ マヌアーレ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4733×2176×1292mm
ホイールベース:2700mm
車重:1565kg(乾燥重量)
駆動方式:FR
エンジン:6.5リッターV12 DOHC 48バルブ
トランスミッション:8段AT ※クラッチペダルおよび「マヌアーレバイワイヤコントロール」付き
最高出力:830PS(610kW)/9250rpm
最大トルク:678N・m(69.1kgf・m)/7250rpm
タイヤ:(前)275/35ZR21/(後)315/35ZR21(グッドイヤー・イーグルF1スーパースポーツ)
燃費:--リッター/100km
価格:--円
テスト車の年式:2026年型
テスト開始時の走行距離:--km
テスト形態:ロードインプレッション/トラックインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:--km/リッター






