二輪車向け部品・システムを手がける大手サプライヤーのアステモ(Astemo)は、11月3日にイタリア・ミラノで開幕した世界最大級の二輪車ショー「EICMA 2026」に出展。サスペンションやブレーキ、電動パワートレインなど、次世代のバイクを支える最新技術を披露した。
【詳細画像47枚】EICMA 2026に展示されたアステモの最新技術
注目は、同じスプリングのまま硬さを切り替えられる新しいサスペンション機構や、2030年の市場投入を目指す二輪車用インホイールモーターだ。さらに、ブレーキキャリパーのデザインを自在に変更できる新構造、レースで実証を進めるサスペンションとブレーキの一体設計、鮮やかな色彩と高い機能性を両立するコーティング技術なども公開した。
バイクの走りや乗り味、そしてデザインはこれからどう変わるのか。アステモがEICMA 2026で示した5つの技術トピックを紹介する。
◆スプリングを交換せずに「硬さ」を変える、新発想のサスペンション
スプリングレート可変
サスペンションの技術で注目したいのが、SHOWAブランドが開発した新しい油圧サスペンション機構「スプリングレート可変」だ。
電子制御サスペンションといえば、これまでは主に減衰力を変化させることで、スポーティな走りから快適なクルージングまで、乗り味を切り替えるものだった。しかし、バイクの運動特性を決めるのは減衰力だけではない。
サスペンションのスプリングレート、つまりバネの硬さも重要な要素だ。一般にスプリングレートが高ければ引き締まったスポーティな乗り味となり、低ければゆったりとした快適な乗り味になる。
アステモが開発した新機構は、スプリングそのものを交換することなく、サスペンションシステム全体の実効スプリングレートを2段階に切り替えられるというものだ。
スプリングレート可変その仕組みは、同社が開発した車高調整機構「HEIGHTFLEX(ハイトフレックス)」の油圧技術を応用したもの。HEIGHTFLEXは、停車時に車高を下げて足つき性を高め、走行を再開すると自動的に車高を戻す機構として知られている。
今回の新技術では、ソレノイドバルブによってサスペンション内部の油圧回路を切り替える。ダンパーロッドの動きによって生じる油圧を油圧ジャッキに作用させ、スプリングのたわみ量を増加させるとともに、ダンパーロッドへの反力も発生させる。これにより、スプリング自体の特性は変えずに、サスペンション全体としての実効スプリングレートを高めることができる。
従来の減衰力制御だけでは変えられなかった車体の固有振動数にも働きかけられるため、スポーツモードとコンフォートモードの違いを、より明確に作り出せるという。
「スプリングレート可変」を搭載したBMW『R 1300 R』(EICMA 2026)また、フロントフォークとリアショックの双方に適用でき、SHOWAの電子制御減衰力調整機構「EERA」と組み合わせることも可能だ。
この機構はすでにBMW『R 1300 R』および『R 1300 RS』に採用されているが、将来的には、走行モードに応じて減衰力だけでなくスプリングレートまで最適化することで、1台のバイクが持つ走行性能と快適性の幅をさらに広げることが期待される。
◆2030年の市場投入を目指す、軽量・高出力インホイールモーター
二輪車用インホイールモーターを搭載した『Ninja e-1』(EICMA 2026)電動化技術では、二輪車用インホイールモーターのプロトタイプを披露した。
インホイールモーターは、ホイール内部に駆動用モーターを組み込むシステムだ。一般的な電動バイクのように車体側にモーターを搭載し、チェーンやベルトなどを介して後輪を駆動する必要がない。
駆動系をコンパクトにできるため、車体設計の自由度が高まるほか、バッテリーの搭載スペースを確保しやすくなる。低重心化や車体の小型軽量化にもつながる技術として期待されている。
アステモは2026年5月の「人とくるまのテクノロジー展」で、この二輪車用インホイールモーターを初公開。今回のEICMAでは、カワサキの電動スポーツバイク『Ninja e-1』にプロトタイプを装着した車両を展示した。
会場では実際にモーターを回転させて静粛性をアピールするとともに、内部構造を確認できるカットモデルも公開した。
二輪車用インホイールモーター技術的な特徴は、独自の「ロータリーフィン空冷方式」にある。
インホイールモーターは、モーターの筐体自体が回転する構造を持つ。アステモはこの筐体に冷却フィンを設け、ホイールの回転によって生じる空気の流れを利用して放熱性能を高めた。
冷却液やポンプなどを必要としない空冷方式を採用しながら、効率的に熱を逃がすことで、軽量化と高出力化を両立している。
さらに、四輪車向けインホイールモーターの開発で培った「ハルバッハ配列磁石」や高占積率集中巻コイルを採用。磁束を効率的に利用することで、磁石の使用量を抑えながら高い出力を実現する。
もうひとつの特徴が、極低速域での優れたリニアリティだ。
二輪車用インホイールモーター(回転状態)(EICMA 2026)モーターの回転時に発生する磁気的な抵抗「コギングトルク」を低減することで、わずかなスロットル操作に対しても滑らかに反応する特性を追求した。日立グループで培われたモーター制御や回転精度に関する技術も活かされている。
現在は走行試験の段階にあり、アステモによると、低速域でのリニアリティは開発陣の想定を上回る水準に達しているという。2030年の市場投入を目標としており、今後はプレミアムスクーターや250ccクラスなど、幅広いカテゴリーへの展開を目指す。
バイクの電動化が進む中、インホイールモーターは単にエンジンをモーターに置き換えるだけでなく、車体構造やパッケージングそのものを変える可能性を持つ技術といえる。
◆ブレーキキャリパーを「着せ替える」、NISSINの新提案
大型二輪車向けFSW対向4 ポットキャリパー2026(EICMA 2026)ブレーキ関連では、NISSINブランドの「大型二輪車向けFSW対向4ポットキャリパー2026」を公開した。最大の特徴は、キャリパー本体を共通化しながら、着脱式の意匠カバーによって外観を自在に変えられることだ。
ブレーキキャリパーは本来、制動性能を担う機能部品だが、近年はホイールまわりのデザインを構成する重要な要素にもなっている。特に大型スポーツバイクやプレミアムモデルでは、キャリパーの形状やカラーが車両の個性を演出する。
アステモが今回提案するのは、2023年のEICMAで発表したFSWモノブロックキャリパーを進化させたコンセプトモデルだ。
FSWとは「Friction Stir Welding(摩擦攪拌接合)」の略で、金属を回転工具によって摩擦熱で軟化させ、接合する技術を指す。
新型キャリパーでは、このFSWモノブロック構造を活かしながら、専用の意匠カバーを装着できる形状を新たに設計した。カバーはL字型を基本とし、素材やカラー、表面処理を変えることで、多彩なデザインを実現する。
大型二輪車向けFSW対向4 ポットキャリパー2026例えば、スーパースポーツにはシャープで精悍なデザイン、アドベンチャーモデルには力強いデザイン、クルーザーには金属の質感を強調したデザインといった展開が可能になる。
展示モデルでは樹脂製カバーを採用しているが、量産時にはアルミニウムなどの金属素材も使用できるという。
重要なのは、カバーがブレーキの制動性能に影響しないことだ。制動性能はキャリパー本体で確保されており、カバーを取り外した状態でも本来の性能を発揮する。
メーカー側にとっては、キャリパー本体を新たに開発することなく、車種やブランド、特別仕様車ごとに異なるデザインを展開できるメリットがある。
ブレーキキャリパーを、単なる機能部品から「魅せるパーツ」へと進化させる提案だ。
◆SHOWAとNISSINが融合、レースで実証した「機能協調設計」
Harmonized Function Design(EICMA 2026)サスペンションとブレーキを一体的に設計する「Harmonized Function Design(ハーモナイズド・ファンクション・デザイン)」も、今回のEICMAで注目したい技術のひとつだ。
これは、アステモが持つサスペンションブランド「SHOWA」とブレーキブランド「NISSIN」の技術を融合し、フロントフォークのアクスルホルダーとブレーキキャリパーを一体的に設計するというもの。
従来はそれぞれ独立した部品として設計されてきたサスペンションとブレーキを、機能面から協調させることで、軽量化や冷却性能、剛性の最適化を図る。
2024年のEICMAで初公開された第一世代では、アクスルホルダーとキャリパーの接触面積を30%増加させ、フロントフォーク側への放熱を促進。キャリパーの平均温度を5%低減するとともに、従来製品に対してバネ下重量を200g軽量化した。
2025年に発表した第二世代では、キャリパーボディの冷却フィンを大型化し、第一世代に対して最大約6%の冷却性能向上を実現。さらに締結部の形状を最適化することで、剛性と軽量化の両立を追求。2026年には実戦投入を果たしている。
フロントフォークアクスルとブレーキキャリパーの機能協調設計。JSB1000クラスのマシンに搭載された9月27日に岡山国際サーキットで開催された全日本ロードレース選手権JSB1000クラスにおいて、「Astemo Pro Honda SI Racing」のマシンに搭載。予選ではポールポジションを獲得した。決勝レースはリタイアとなったものの、アステモは実戦環境で貴重なデータを取得し、性能評価を進める上で大きな成果を得たとしている。
今回のEICMAでは、実戦投入した第二世代のHarmonized Function Designを展示するとともに、岡山でのレース映像やライダーのコメントも紹介した。
この技術が目指しているのは、単なる部品の軽量化や冷却性能向上ではない。ブレーキング時の車体挙動やハンドリングを含め、限界域での扱いやすさを高めることが開発の狙いだ。
今後はレースでの検証を重ねながら、車重や排気量の異なる幅広い車両への展開を目指すとしている。
◆色が変われば性能も変わる? SHOWAの新コーティング「Motoiris」
次世代加飾コーティング技術「Motoiris」(EICMA 2026)最後に紹介するのは、SHOWAが初公開した次世代加飾コーティング技術「Motoiris(モトイリス)」だ。
フロントフォークのインナーチューブやリアショックのインナーロッドに、ブルー、グリーン、イエロー、ピンクなどの鮮やかな色彩を与える技術で、EICMAでは5色のインナーチューブを展示した。一見すると、サスペンションを美しく見せるためのカラーリング技術に思えるが、その本質は機能性にある。
Motoirisは、顔料や色素によって着色するのではなく、薄膜の厚さを精密に制御することで生まれる「構造色」を利用している。膜厚によって光の反射特性が変わり、さまざまな色を表現できる仕組みだ。膜が適切に維持される限り、長期間使用しても退色しにくいという特徴がある。
また、硬さと柔軟性を両立するアモルファス膜を用いた多層構造を採用。耐食性や耐摩耗性、密着性に加え、サスペンションの作動性に関わる摺動性能も高めている。実際の走行評価では、従来の多層チタンコーティングと比較して、ライダーが感じる制御感や総合評価が向上したという。
次世代加飾コーティング技術「Motoiris」ここでいう制御感とは、路面の凹凸に対する追従性や、ブレーキング時の姿勢変化など、ライダーの操作に対して車体が意図した通りに動く感覚を指す。
Motoirisはすでに全日本ロードレース選手権や米国のAMAスーパークロスなど、一部のレーシングマシンに採用されており、レース環境での耐久性も確認されている。さらに量産を想定した耐久試験もクリアしているという。
対応範囲も広く、正立式・倒立式のフロントフォークだけでなく、リアのモノショックやツインショックにも適用可能だ。
アステモが将来的に目指すのは、ボディカラーを選ぶように、サスペンションのカラーも選べる世界だ。さらに、ブレーキキャリパーなどへの応用も視野に入れており、足回り全体をカラーコーディネートする可能性も示している。
性能を高めるためのコーティング技術が、同時にバイクのデザインの自由度を広げる。機能と意匠を両立する新しいアプローチとして注目される。
◆走り、電動化、デザイン…アステモが示す次世代バイクの姿
二輪車用インホイールモーターを搭載した『Ninja e-1』(EICMA 2026)今回のEICMA 2026でアステモが披露した技術には、共通する方向性がある。それは、個々の部品の性能向上にとどまらず、バイク全体の走行性能や商品価値を高めようとしていることだ。
スプリングレート可変機構は、ライダーの好みや走行シーンに応じた乗り味の幅を広げる。インホイールモーターは、電動バイクの車体設計そのものを変える可能性を持つ。
また、ブレーキキャリパーの意匠カバーやMotoirisは、足回りの機能部品をデザインの重要な要素へと進化させる。そしてHarmonized Function Designは、サスペンションとブレーキを個別の部品ではなく、ひとつのシステムとして考える新たな設計思想を示している。
SHOWA、NISSIN、そして電動パワートレイン技術を持つアステモだからこそ実現できる、こうした技術の融合。EICMA 2026の展示は、次世代のバイクがどのように進化していくのかを示すものとなった。
アステモブース(EICMA 2026)



