「クルマ離れ」という言葉が、一般メディアを中心に使われるようになって久しい。
確かにこの数年、景況感の悪化や若年層を中心とした価値観の多様化、さらに環境意識・コスト意識の高まりを背景にした公共交通の復権などもあり、モビリティとしてのクルマの重要性は相対的に低下した。
依然として地方ではクルマは欠かせぬ移動手段であるが、増え続ける都市生活者にとって、クルマは数ある交通手段のひとつに過ぎない。また、環境と安全、合理性と協調性が重視される21世紀型の価値観においては、クルマに求められる価値や楽しさも、自ずと変化を余儀なくされるだろう。その点で、今世紀最初の10年間は、クルマというモビリティにとって20世紀と21世紀の狭間で、新たな価値への模索と転換が図られた期間ではないかと思う。
では、クルマは「次の10年」にどう向き合っていくのだろうか。
価値観や市場環境の変化と、自動車メーカーはどう対話していくのか。アンプラグド試乗編では、筆者が試乗したクルマを見ながら、そこにある可能性や課題について考えていきたいと思う。
◆ロングドライブの「基本装備」が足りない
「今までスバルにお乗りのお客様は、7人乗りのクルマが必要になると他社のミニバンに乗り換えることになっていました。スバルとして、そこに選択肢を用意したかった」(富士重工業・商品企画本部プロジェクトゼネラルマネージャーの大雲浩哉氏)
軽自動車ベースのワンボックス(『ドミンゴ』)やOEMモデル(オペルから供給された『トラヴィック』など)を除いて、スバル初の乗用7シーターカーとして今年6月に投入された『エクシーガ』。いわゆるミニバンセグメントのクルマだが、徹底して“乗用車感覚”にこだわり、スバルの開発陣はミニバンという名称を避けて「7シーター パノラマツーリング」と呼ぶ。水平対向エンジンやターボ、AWDといった“スバルのパッケージ”はもちろん健在で、他社のミニバンと一線を引く大きな要素になっている。
この開発コンセプトに照らし合わせると、エクシーガはそつなくまとまったできばえだ。運転感覚は『レガシィ』を意識したというだけに、乗用車ライクで「ちょっと大きなツーリングワゴン」といったところ。それでいて同車の特徴であるパノラマルーフと大きな窓は、エクシーガの車内をとても明るく清々しいものにしてくれる。スバルが、他社の物マネではなく、独自の“新たな7シーターの価値”を創造しようとしていることは、きちんと伝わってくる。レガシィオーナーを中心としたスバルのユーザーに、まじめに向き合い、新たなロングドライブの楽しみを提供しようという心意気を感じる。
だが、エクシーガがこのジャンルにおいて未来志向に徹し切れているかというと、肝心な部分で“基本装備への不満”が出てくる。これから10年の視座に立つと、「惜しい、あと一歩」と感じた部分が散見されたのも確かだ。
まず、エクシーガは横滑り防止装置「VDC(ESC)」が標準装備ではない。最上グレードである「2.0GT」にはオプション装着できるが、それ以外ではオプションとして選ぶことすらできない。これら明らかな失点である。VDCは事故抑止効果が高く、今後、北米を筆頭に世界的に装着義務化となっていく装備である。クルマの買い換えサイクルが長期化する中で、“これから買うクルマ”にVDCが装着できないのは消費者にとって大きな不利益だろう。スバルはAWDという走行安定性に寄与する武器があるのだから、エクシーガは「AWD + VDC」を標準装備し、“誰もが安心してドライブを楽しめるクルマ”を目指すべきだ。
そして、もうひとつ、筆者が残念だと思うのは先進安全システム「EyeSight」が用意されていないことだ。同システムは、2つのステレオカメラで前方の視界を捉えて、通常走行時は全速域で使えるアダプティブクルーズコントロールとして働き、衝突リスクがある場合はドライバーに警告する予防安全システムになる。
筆者はEyeSightになる前の「ADA」の時代から同システムを取材しているが、これはステレオカメラ型の先進安全システムとして、スバルが世界に誇れるものだ。エクシーガのように、多人数でロングドライブをするクルマとはとても相性がいいと思う。ここは是非、スバルの先進性を示す意味でも、オプション装備すべきだったのではなかろうか。エクシーガのように裾野の広いプロダクトにこそ、快適性と安全性に寄与するシステムを積極的に用意すべきだ。
また、これは必須ではないが、欲しいと思ったのが“景色のよさ”を積極的に楽しめる情報サービスである。
これはエクシーガに乗るとわかるのだが、このクルマはすべての席で、広々とした素晴らしい眺望が楽しめる。これは大きな窓とパノラマルーフというわかりやすい部分だけでなく、2列目・3列目に行くほど着座位置が高くなるレイアウトを採用するなど、見えない場所でもパッケージングの努力が随所に施されているからだ。このエクシーガ最大の魅力を引き出すには、「すばらしい景色」をオーナーに提供する仕組みを考えるべきだ。
例えば、ホンダでは「インターナビ」において、“クルマで走ると景色がよいルート”を提案する「シーニックルート」を用意しているが、このようなドライブ情報サービスをスバルでも検討してみてはどうだろうか。インターナビのようなテレマティクス型の情報提供が難しくても、カーナビへのプリセットやインターネットを通じた配信などを行うなど、エクシーガのオーナーに景色のよいルートを提供する手段はあると思う。
◆時代にあわせた「スバルの価値」提案がほしい
もうひとつエクシーガで残念だったのが、従来からのレガシィの価値観を意識するあまり、そのイメージに引きずられた部分が見られたことだ。マーケティング的な観点からいえば、“レガシィファンのための7人乗り”のエクシーガが、レガシィのコンセプトやイメージを踏襲するのは正しい。販売店も馴染みの客に売りやすいだろう。しかし、誤解を恐れずにいえば、それがエクシーガの可能性をも限定してしまっているのではないか。
特に筆者が不満に感じたのが、ターボ搭載の「2.0GT」である。2.0GTはレガシィのスポーティかつパワフルなイメージを踏襲し、エクステリアには大口径のエアインテークが用意され、エンジンや電子制御も“スポーティ”を強調する味付けがされている。だが、今の時代背景を鑑みれば、そういった“パワフルでマッチョ”なターボやスポーティの見せ方が、演出上のマイナスに働くことも考えられないか。エクシーガという新たなプラットフォームで臨むならば、「ターボ」というスバルの個性も、もっとスマートな新たなスポーティの価値観を提示してほしいと思う。
具体的にいえば、それは「ダウンサイジング」への挑戦だ。
ターボを環境技術として打ち出し、エンジンの排気量を縮小することで積極的なダウンサイジングを行う。さらにデザインもパワフルさを強調するものではなく、“クリーンターボ”を彷彿とさせる清潔感のあるものが好ましいだろう。スバルの持つ「水平対向+ターボ」の特徴的なイメージが、環境性能と合理性の高さという方向に向かえば、ハイブリッドやEVと同様に新時代のブランドになると思う。
総じて言えば、エクシーガは当初の開発コンセプトに忠実に、よくまとまったプロダクトだと思う。VDCへの姿勢など不満点はあるが、コストパフォーマンスは悪くない。既存のスバル車ユーザーのための7人乗りとしては、十分にニーズに応えられる。しかし、新たなプラットフォームで臨むからこそ、スバルならではの新たな時代への価値提案、次の10年のビジョンがもっと見たかったのも事実だ。ポテンシャルが高いクルマと感じるだけに、今後の進化に期待したい。