【アンプラグド試乗編】その提案力を育てきれるか…トヨタ iQ

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【アンプラグド試乗編】その提案力を育てきれるか…トヨタ iQ
【アンプラグド試乗編】その提案力を育てきれるか…トヨタ iQ 全 9 枚 拡大写真

時として、世界を変えるようなイノベーションは、“大胆な小型化”や、“ダウンサイジングの価値提案”によって誕生する。

例えば、1979年に発売されたソニーの『ウォークマン』は、人々をオーディオセットの前から解放。音楽を身近なものにして、市場の裾野を拡げた。1999年にスタートしたNTTドコモの「iモード」は、掌の中に収まる携帯電話に、インターネットの技術やサービスをダウンサイジングして構築。多くのビジネスを生みだし、人々のライフスタイルを変える「土台」になった。最近では、今年発売されたAppleの「iPhone 3G」が、フルインターネットとクラウドコンピューティングの世界を、携帯電話サイズで実現。新たな価値とビジネスの提案をしている。

そのような中で、自動車業界からも「ダウンサイジングによる提案」が行われた。トヨタ自動車が11月20日に発売する『iQ』だ。全長3m以下の2985mmのボディで4シーターを実現。ファーストカーとしても使える快適性と安全性を用意し、小型化によって低燃費や環境性能の高さも実現した。

iQは「革新性のあるダウンサイジングへの提案」になりうるか。都内で行われた発売直前の市販モデルへの試乗から、iQの商品性およびビジネス的なポテンシャルと波及効果について考えてみたい。

◆テストコースよりも街が似合うクルマ

iQの試乗会は東京・青山を起点に、都内を自由に走っていいというもの。決められたコースはなく、ドライバーが好きな場所に足を運べるものだった。

筆者はトヨタのテストコースで行われたプロトタイプの試乗会ですでにiQに乗っていたが、青山や表参道の街並みの中で乗ると、その印象はずいぶんと変わる。テストコースでは高速走行中心であったが、街乗りをするとiQの真骨頂はやはり「街でのお散歩」だと実感できる。小さいクルマなので、表参道や神宮界隈の細い路地裏にもグイグイと入り込める。狭いコインパーキングや、パーキングメーター前への縦列駐車も、気兼ねなくできる。特にクルマ好きではない一般人が、狭い都市部でクルマに乗るとストレスが貯まることが多いが、iQだとそれが大幅に軽減されるのだ。

「どこでも気兼ねなく運転できる」のは、iQの大きな魅力だ。特にクルマ離れの著しい都市部では、運転をすることに対する心理的ハードルを引き下げ、その上で、“街でクルマに乗る楽しさ”が伝えられれば市場の裾野を広げることができる。特に都市部の消費者は、デザイン性やプロダクトアイデンティティを重視し、同じコンパクトカーでも軽自動車は嫌忌する傾向がある。iQは走りやすさと合理的なパッケージによって、街を積極的に楽しむクルマ、という部分に大きな可能性がある。

◆トヨタは「街の開発」に乗り出すべき

しかし、その一方で、今のiQは、その価値を引き立たせる要素を欠いているのも事実だ。それは「街のインフラ」との連動性である。

iQの開発プロジェクトに関わったチーフエンジニアの中嶋裕樹氏は、iQの発想において、出張時にドイツで見た「スマート専用駐車場」があったと話す。クルマがコンパクトになれば、クルマ自体の燃費性能が向上するだけでなく、街における占有スペースも縮小できる。そこに大きな可能性を感じたのだという。

実際、イタリアやフランスの都市部でのスマート普及では、“駐車スペースが小さくてすむ”ことが、ユーザーの大きなベネフィットになった。彼の地では路上駐車が多く、コンパクトなスマートならば、今までならば駐められなかったスペースにクルマが駐められる。これはすなわち、使い勝手の向上や移動の自由につながるわけだ。

翻って日本で考えると、残念ながら、iQのようなマイクロコンパクトのユーザーメリットは、今のところ少ない。都心部では路上駐車禁止が基本であるし、パーキングメーター設置場所は、マイクロコンパクトだからといって優遇があるわけではない。コインパーキングや一般駐車場でも、「全長分が短くて、横幅は普通車並みの軽自動車枠になら駐められる」(中嶋氏)というのが、iQのささやかなメリットだ。しかし、iQに価値を見いだすオーナーにとって、大きく「軽」と漢字書きされた駐車スペースに駐められることが、プレミアムな体験にはならないだろう。

iQがクルマの在り方を変える存在になるには、街のインフラもまた変えていく必要がある。破天荒を承知で言えば、トヨタが率先して「iQ専用」の駐車場を開発・整備。さらに鉄道事業者や空港事業者、都市開発デベロッパーなどと連携して、“街作り”に乗り出すべきだ。また将来を見越して、iQなどマイクロコンパクトカーと、EVやハイブリッドカーを優遇する形での「ロードプライシング」や「トランジットモール」の実現に向けて行政に働きかけるのもいい手だろう。

iQのように環境や都市交通にかかる負荷を減らすプロダクトは、クルマを売るだけでなく、その周辺の利用環境の整備までメーカー自らも積極的に関わるべきだ。iQをきっかけとして、トヨタが“クルマ利用”の周辺ビジネスやサービスの世界にまで踏み込めれば、自動車ビジネスの新たな可能性が拓けるのではないかと思う。

むろん、自動車メーカーの従来のビジネス領域を超える取り組みを行うには、時間がかかるだろう。しかし、少なくとも最初のステップとして、「駐車場事業者と連携してiQ専用駐車場を作る」、「『軽』マークに変わる、マイクロコンパクトカー用のシンボリックなアイコンを制作・普及させる」取り組みは行ってほしい。これはiQを新たなモビリティとして提案する上で、最低限の必要なことだ。

◆iQは育てば、プリウス並みの革新になる

思い返すと、トヨタはガソリン価格が割安だった1997年に初代『プリウス』を市販した。原油高と環境意識の高まりから低燃費が求められるようになる以前に、新たな時代への提案を行ったのだ。

そしてiQも、プリウスに匹敵するだけの市場提案力があると、筆者は思う。今後10年で、日本をはじめ世界中の多くの国で都市化の傾向が強くなる。環境意識の高まりや、合理的なモビリティを求める機運も強くなるだろう。この分野の嚆矢はスマートであるが、iQはより一般ユーザー向けのプロダクトとして、その価値を広めるだけの潜在力がある。トヨタが、iQの価値を育てきれるか。それはクルマが都市の時代に適応して生まれ変われるかという点でも、注目のチャレンジと言えそうだ。

《神尾寿》

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