【デトロイト現地レポ】「GMをつぶせばパニックになる」…クライスラー元開発エンジニアに聞く

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【デトロイト現地レポ】「GMをつぶせばパニックになる」…クライスラー元開発エンジニアに聞く
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GMとともに経営危機に陥っているクライスラー。昨年大規模なリストラを実施して、デトロイトに住む多くの労働者が退職を強いられた。今回話を聞いたのはクライスラーでパワートレインのエンジニアリングを担当していたというPeteと、クライスラーの下請けで同じくエンジニアとして働いていたKevinの両氏。いずれもUAWには加盟していないが、昨年秋に勤め先を退職させられた。2人は、非UAW労働者としての立場からUAWをどう見ているのか、そしていまのデトロイトをどう見ているのか。

◆「いままでは毎年2、3日かけてデトロイトショーを見に行った。だが今年は…」

Pete:わたしは54歳で、故郷はニューヨーク州バッファロー。76年に地元の大学でエンジニアの学士を修め、77年にフォードに就職した。フォードには6年間勤め、そののちGMに5年間、ついでクライスラーに5年間契約社員として働いた後、正規採用されて13年間パワートレーンの開発に従事した。GM時代はATの開発・設計を、クライスラーに来てからは駆動系全体の開発に携わり、V8・HEMIエンジンの快適性、NVH(ノイズ・バイブレーション・ハーシュネス)のチェック・改良など担当していた。しかし、この不況で11月の終わりにクライスラーから早期退職を強いられてしまい、いまは求職中だ。

Kevin:3年間インターンで大学に在籍しながら働き、4年間サプライヤ関係の仕事でドライブトレイン関係の仕事に就いていたが、Peteと同様にいまは職を失っている。

----:それでは、今回のデトロイトショーについて。ふたりは今回のモーターショーでどういう部分に注目しているのか。

Pete:わたしはエンジンやホイールなどの設計も経験があるから、クルマのすべてに興味があるよ。インテリアからタイヤに至るまでね。

Kevin:わたしはGMのシボレー・ボルトを見たい。

----:注目しているメーカーは。

Pete:全部のメーカーに興味がある。ビッグ3だけでなく、ドイツ、韓国、中国、そしてもちろん日本もね。1日ではすべてのブースを見切れないので、2、3日会場に通うこともあるよ。

Kevin:私は中国メーカーを特に注目している。3年前は中国メーカーの出展はゼロだったので、その進化ぶりに興味があるね。

----:プレスデーではクライスラーやGMはEVの開発を強くアピールしていた。これらの新しいパワートレーンについてはどう思うか。

Pete:私はまだEVのブレイクにはまだ期を熟していないと思う。当面の間はメインストリームになることはないだろう。

----:EVのお披露目は、政府から新たな投資を得るための手段だという見方もある。

Pete:一般に向けたイメージとしてクリーン技術に取り組んでいるというアピールをして、投資を引きだそうという目的もあるだろう。だがEVがメインストリームになるにはバッテリー技術の革新を経なければならない。でなければカスタマーを失望させてしまい。いちど失望したカスタマーは再びそれに戻ってくることはないだろう。過去のGMのようにね(編集部注:GMが1996年より数年間発売していた電気自動車、サターン「EV1」のこと)。新しい技術への取り組みは注意深く進めていくべきだ。

◆「プリウスは偉大な成功をおさめた。」

----:市場が縮小していくなかで、今回のデトロイトショーでトヨタやホンダから新しいハイブリッドカーが登場した。ハイブリッドカーの人気は続くと思うか。

Kevin:ガソリンの値段は下がったので、去年ほどの人気はないかもしれない。だが、レクサスの小型ハイブリッド車というのは着眼点がいいと思う。

Pete:プリウスは偉大な成功をおさめた。ハイブリッド専用モデルとして、外観を他のクルマと差別化し、“私はハイブリッドを運転している、見ておくれ”という主張ができるクルマに仕立て上げた。シビックハイブリッドと比べた場合に性能や燃費の面でセールスのさほど違いがあるかというと、それほど差はないと考える。マーケティングの巧拙が両者の差を生んだと思う。

----:今回、トヨタは新型プリウスでドライバビリティや燃費性能を上げてきた。一方、ホンダは正面からプリウスとは勝負せず、価格レンジを下げてきた。この戦略についてはどう考えるか。

Pete:ホンダがうまくプロモーションして、認知をあげられれば、可能性はある。だがトヨタはプロモーションがうまく、感情に訴える術に長けている。一方ホンダは知性に訴えるタイプで、そのテクノロジーやメカニズムを理解して初めて共感を得る。ホンダは脳ではなくハートに訴えなければいけないと思う。プリウスの売れているイメージは実際の販売量よりも大きいのではないか。

----:ハイブリッドのシステムは非常に多様化している。エンジニアの見地から、どのシステムに注目しているか。

Pete:非常に難しい質問だね。GMはかつてサターンブランドで電気自動車を市販したが、ほとんど売れなかった。EVやハイブリッドといった新技術はコストと効率の双方の条件があるので、どの方式が優れているかの判断を下すには、10年の時間がかかるだろう。

----:ハイブリッドではトヨタが先行している感がある。次世代の自動車のパワートレーンいかんで他メーカーがこの状況を覆す形勢逆転(Game Change)はおこりうると考えているか。

Pete:ディーゼルと電気モーターとのハイブリッドはもっとも効率的なパッケージだ。これが本命のひとつかもしれない。だがディーゼルはエミッションコントロールが非常に難しく高いコストがかかる。せっかく効率が良くなってもコストがかさんでは意味がない。わたしが勤めていたクライスラーはディーゼルはやっていない。が、スバルが優れた電気自動車を発表したように、小さいからこそできることはあるだろう。GMに関して言えば蓄積された技術もあり、資金的な問題が解決されればトヨタ・ホンダと渡り合う競争力があるはずだ。

◆「UAW組合員の待遇はいい」

----:Peteの発言にもあるとおり、ビッグ3は資金的に厳しい状況に置かれている。ビッグ3の問題はコストあたりの生産性にあると言われており、日本系メーカーに比べて人的コストが高い。そのコストの低下圧力に抵抗しているのがUAW(United Auto Workers:全米自動車労働組合)であり、ビッグ3の経営を左右するのはUAWと言われているが、その見方は正しいと言えるか。

Pete:UAWが利益を圧迫しているという見方は正しいと思う。が、メディアの報道をみていると、健康保険などのベネフィット(福利厚生)の部分がクローズアップされすぎている。福利厚生はUAW組合員全員が恩恵をうけているわけではない。それよりも問題なのは、生産性だ。従業員が最大の効率を目指さないことが大きい。

Kevin:直接UAWがどういう状況がわからない。が、メディアを介してきいていると、UAWに対する意見は批判的なものが多いように感じる。どこまで正しいかはわからないが、そうした報道をみてUAWによからぬ意見を持つ人は出てくるだろう。

Pete:UAW組合員を部下に持った経験もあるが、非組合員と比較すると待遇はやはりいい。職能にかかわらず、UAWに加入している人が優れた人と同じ給料をもらっている。もちろんすべての職場でUAW組合員が優遇されているとは限らないが。

----:別のワーカーに聞いたところ、彼の祖父と父親がフォードのワーカーでUAWに加盟しており、前の世代のワーカーは別荘を持ったりと大変リッチだったと聞いた。

Pete:たとえUAWでもアッセンブリーのワーカーはそこまでリッチではない。ただ、生産設備のメンテや電気工事などといった専門職種など、スキルのある人は通常のホワイトカラーよりも待遇はいいように思われる。

◆「クライスラーの月給労働者は4人に1人が会社を離れた」

----:Peteは11月に早期退職を強いられたばかりだそうだが、職場など周囲の状況はどうか。

Pete:クライスラーの月給労働者は4人に1人が会社を離れた。自動車メーカーのどこが成功するかは予想困難だ。きちんとした生産/販売計画を立てていても必ずしも合理的に進むわけではないから。だがUAWのコストを切る、ということについては当然UAWは闘うだろう。私はUAWには加入していなかったが、UAWから妥協を引き出すことよりも政府による救済に期待したい。

----:クライスラーは生き残れると思うか。

Pete:イリノイやトレドの工場生産性は高い。ヒュンダイの子会社にサブアッセンブリーを委託することで、UAWの労働者が担当する部分を減らしてコストを圧縮している。

Kevin:救済のための政府投資は必要だ。それによって競争力が戻ればいい。ビッグ3が早く立ち直って救済なしで自立して欲しい。

Pete:経済状況は1年程度では好転しないと思う。サラリーや固定費、構造的・社会的な問題を解決しなければ。わたしは失業して金をほとんど使わなくなった。外で食べなくなったり。それがめぐりめぐってデトロイトの街の不況になっている。

◆「チャプター11導入でUAWを切ることはできるかもしれない。が、デトロイトはパニックになる」

----:チャプター11(アメリカ合衆国破産法11条:民事再生法に相当)を使って、UAWをビッグ3の元から引き離すという意見もある。

Pete:チャプター11を導入したらUAWを切ることはできるかもしれないが、もっと大きな問題がおこる。ユーザーは倒産するメーカーのクルマは買わない。ユーザー離れも起こる。つぶれるディーラーも数多く出てくるだろう。そうなるとパニックだ。チャプター11を導入することよりも救済した方が絶対いい。

GMもクライスラーも、いまのブリッジローンがなくなったら、さらに金が必要になる。だから救済して欲しい。いずれにせよ、いつかはクルマは買い換えなくてはならない。需要は戻ってくる。またそれが雇用につながり、経済状況は好転するだろう。民主党政権はUAWとの融和政策に転じるはず。妥協点を見つけて活路を見いだすべきだ。

Kevin:その通りだと思う。

Pete:いまのマーケットでは商品にたいする信頼の有無で売り上げが大きく変わってくる。たとえ商品に大きな変化がなくても。三菱自動車がいい例だ。不祥事で一時期は低迷したが、経営危機を脱すると再び車は売れだした。自動車産業はいま非常に厳しいときだが、Kevinのような能力のある失業者が働けるような状況に戻って欲しい。

《聞き手:三浦和也 通訳:大野慎也 Ono Shinya》

《まとめ・構成 北島友和》

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