16台の液晶ディスプレイで流通過程にある数万台の車両状態を一目で把握
広汽トヨタの本社事務室。事務系の従業員が働く大部屋の一角に、16枚の液晶ディスプレイを敷き詰めてつくられた1枚の巨大なディスプレイが置かれた一角がある。高さは2mを優に超える巨大サイズ。このディスプレイがSLIM(Sales Logistics Integrated Management)の表示端末だ。
PCによる操作でSLIMを表示させると、画面上には無数の赤、白、青のアイコンが表示された。これらアイコンのひとつひとつが1台のクルマである。
SLIMの各項目を指し示しながら、広汽トヨタ総経理助理の友山茂樹氏が説明する。「横軸は行程で、販売計画、資金計画、生産、保管場、輸送中、店頭在庫、納車待ちまでを示している」。
車両は全ての流通行程で固有のID(VINナンバー)で管理され、各工程を経る際にIDチェックされSLIMサーバーに送られ、集計される。
「縦軸は販売拠点。販売計画の欄には現在の達成台数が表示され、計画台数の半分以下しか売れていないときはアラートが出される。このほか、車両がある一定期間以上同じ行程に留まっていたり計画が未達だったりする場合にも、表示色を変化させて自動的にアラートを出すというしくみだ。例えば、着工予定から24時間以上経過していたり、店頭在庫30日以上経過していたり、といったようにアラートを出す基準を定めている」(友山氏)。
データは2時間おきに更新され、文字通りリアルタイムの流通行程の把握を可能としている。 SLIMでは、過去の情報を呼び出して比較することも可能だ。
◆リーマンショック直後の在庫数に絶句
中国では、北米などと同様に店頭在庫を客が買いにくる在庫販売が主流である。「ボストンバッグに現金を詰めて高級車を買いにくるお客様もいる」(友山氏)。よってディーラーがある程度の在庫を抱えることはやむを得ない。流通過程にある車両が少なすぎるとオーダー待ちが発生しビジネス機会の損失につながり、かといって在庫を抱えすぎるとキャッシュフローが滞り円滑な経営が成り立たなくなる。友山氏によれば、最適な流通過程在庫は月間販売台数と同程度が望ましいという。広汽トヨタの年間販売台数は17万台あまりなので、およそ1万5000台程度が理想だ。
「現在の流通在庫は約2万台。昨年秋の景気後退の影響をまともにうけた時期はピークで4万台近くの在庫があふれかえり、工場で作られたばかりのクルマがヤードにどんどん溜まって不良在庫と化していました。その頃に比べれば半分。まだ少し『ヤリス』の在庫がだぶついているが日々改善している」(友山氏)という。
このSLIMの稼働は2008年6月。この金融危機は、奇しくもSLIMの効果を証明する絶好のケースともなった。
「昨年11月のデータをロードしてください」と友山氏が指示すると、SLIMの画面は真っ赤に。無数の赤のアイコンで埋め尽くされており、大量の在庫が溢れかえっていたことが分かる。昨年秋にさんざん見て書きもした「流通在庫」という言葉が完全に視える化された姿がそこにあった。トヨタの経営幹部も広汽トヨタのSLIMを見て、「これがアメリカ市場で存在したら」と悔しがったという。
「一番ひどい時では8億人民元のキャッシュが滞っていた」と友山氏。日本円に換算すれば100億円以上に相当する。ディーラーからの未入金により工場のバックヤード在庫が溢れかえっていた。
このSLIMの画面を前に葛原徹総経理を初めとする広汽トヨタ役員と地区担当スタッフによるミーティングが毎週行われている。基準値を超えてアラートが表示された項目や販売店があれば、このミーティングの場で対策が速やかに決定される。
ミーティングでは、葛原徹総経理がディーラー移送中の車両が到着遅れのアラートを示していることに対して、担当者に対して「この地区は誰が見ているんだ!」と声を荒げることもあった。だが、ディーラーの販売状況やキャッシュフローをこうしてリアルタイムに監視できたからこそいち早く生産を絞り込むことができ、友山氏も「これ(SLIM)がなければ、おそれらく今でも在庫に苦しんでいただろう」とも語る 。
◆世界で唯一から世界の標準へ
友山氏は、「いままでは、生産現場だけの“ジャストインタイム”だった。通常、生産計画から納車までの過程にあるのは2万台弱だが、生産過程に入っているのはそのうちの1000台。つまり1000台だけのジャストインタイム。SLIMでは、計画から移送、在庫そして納車に至るまで、リアルタイムに流通在庫を管理・調整する。ジャストインタイムの徹底を目指した」と語る。
車種・仕様ごとのディーラーでの受注販売状況をリアルタイムに把握することで、生産計画時点からの柔軟なジャストインタイムが実現可能というわけだ。