【井元康一郎のビフォーアフター】三菱、PSAへ出資要請…条件はEVか

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i-MiEV
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三菱自動車(以下三菱自)がフランスの大手自動車メーカー、PSAプジョー・シトロエン(以下PSA)に出資を要請したと報じられた。

背景は三菱自の財務体質の弱さ。2004年にリコール隠しによる経営危機に陥った際、ダイムラークライスラー(現ダイムラー)から放り出され、三菱重工業、三菱電機、三菱商事の“三菱御三家”が支援していたが、「その御三家もそれぞれ内情は厳しく、いずれは国内外問わず、資本注入を受けなければならなくなる」(自動車業界事情通)とかねてからささやかれていた。

この出資が現実化するかどうかは予断を許さない。三菱グループとPSAの間で、出資の条件に大きな隔たりがあるとされているからだ。出資を要請されたPSAが尻込みしているのではない。反対に、三菱グループが出資によって議決権が5割以上になるよう要求しているという。

PSAと三菱自はこれまでも完成車のOEM供給を通じて関係を深めてきていたが、今回の出資打診を機会にPSAが三菱自の事実上の子会社化をもくろむターゲットは、言うまでもなくEV関連技術である。

三菱自は2009年7月、世界初の量産EVである『i-MiEV』(アイミーブ)のデリバリーを開始した。軽自動車サイズのコンパクトボディながら、エンジン車とはおよそ異なる気持ちの良いドライブフィールを持つ、走って楽しく、かつ快適なEVに仕上がっている。

市販軽自動車の『i』(アイ)の部品を可能な限り流用していることから、リチウムイオン電池がまだ発展途上でコストが高いなど、探せば粗もあるが、本格EV第1号として、メモリアル的なモデルであることは確かである。三菱自はそのアイミーブをPSAにOEM供給することが決定している。が、PSAはOEMだけでは十分とはせず、EV開発そのものを欲している。

長い年月がかかる見通しではあるが、EVは今後、じわじわと増加していくことは確実な情勢。フランスは原子力発電大国で、電力は比較的豊富であるうえ、国内や隣接するEU諸国では、再生可能エネルギーによる電力供給力も増加している。電圧も家庭用の単相が230V、三相は400Vが標準。日本と比べて、EV向きの風土ではあるのだ。

一方で、EVの開発は最近のマスコミ報道で言われているほど簡単なものではない。単にバッテリーに蓄えた電力で車を走らせるだけなら難しくはないのだが、今日のエンジン車と同等の耐久性、汎用性を持たせようとすると、いまだに課題が山のように残っているのが実情だ。

バッテリー開発の困難さはすでに良く知られているが、車体側もそれに負けていないという。電気モーターひとつとっても、熱損失は、一定条件下では理想的と言えるほど低いが、「たとえば低回転で連続して大トルクを出さなければいけないような状況だと、オーバーヒートするくらい熱が出る」(トヨタのエンジニア)という。出力制御のためのパワー半導体や制御ロジックについても、まだようやく一人歩きを始めたばかりなのである。

アイミーブ自体はコスト、性能ともにまだEVの第一世代という状況だが、開発や量産を通じて得られたノウハウは厚い。モーターや出力制御装置は明電舎、バッテリーはGSユアサと、ことEVに関しては三菱グループ以外の企業が開発に深く携わっており、三菱自を通じて技術力のある企業とのコネクションを深めることもできる。

さらにフランスには宇宙航空分野や原子力潜水艦などのリチウムイオン電池を手がけるSAFTや電装系部品のヴァレオなどがあり、EV開発を通じて部品メーカー間でもシナジー効果を期待できる。PSAにとって、三菱自の筆頭株主となることには大きな意義があるのだ。

三菱自は90年代後半、総会屋への利益供与事件、リコール隠しで業績が急降下し、ダイムラークライスラーに支援を仰ぎ、「先端技術についてはウチは一切やるなと言われた」(三菱自関係者)挙げ句、2度目のリコール隠しによる経営危機の際にはにべもなく放り出されたという苦い経験がある。

そのこともあって、三菱グループはPSAに対しても警戒感を持っている。PSAはダイムラークライスラーと異なり、三菱自のEVテクノロジーを高く評価している。その点ではむしろ日産とルノーとの関係に近いが、元々政府系企業であったルノーに比べて強権的な性格は薄い。実際、これまでもルノー、ボルボ、トヨタ、BMW、フォードなどと、幅広く共同開発を手がけるなど、企業間交流には慣れている。

アイミーブの開発に関わった幹部の一人は、正式納車が始まった当時、「EVを作ったからといって、ウチが単独で生きていけるとは考えていません。しかし、EVのような次世代技術を巡って、頭一つでも抜け出しているところを持てた今、大資本も単にウチを飲み込もうとするのではなく、有用な企業として話を聞きに来てくれています。EVをやっていてよかったと思います」と語っていた。

EVテクノロジーを引っさげての提携話は、生き残りに苦しむ三菱自にとっては願ったりでもある。距離感を図りながら、好条件での提携に持って行きたいところだ。

《井元康一郎》

井元康一郎

井元康一郎 鹿児島出身。大学卒業後、パイプオルガン奏者、高校教員、娯楽誌記者、経済誌記者などを経て独立。自動車、宇宙航空、電機、化学、映画、音楽、楽器などをフィールドに、取材・執筆活動を行っている。 著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。

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