【井元康一郎のビフォーアフター】多方面展開へ…ホンダ電池戦略に変化

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福井威夫ホンダ取締役社長(当時)、依田誠GSユアサ取締役社長(2008年12月)
福井威夫ホンダ取締役社長(当時)、依田誠GSユアサ取締役社長(2008年12月) 全 11 枚 拡大写真

ホンダ、二輪EVバッテリーのパートナーに東芝を選択

ホンダは13日、二輪EVの『EV-neo(イーブイ・ネオ)』を今年12月に発売すると発表した。昨年の東京モーターショーに参考出品していた同名のコンセプトカーの市販版で、本田技術研究所の関係者はその時点で今年発売を予告していたこともあり、ニュース自体に大きなサプライズはない。

意外だったのはむしろ、搭載されるバッテリーだ。選択されたのは最新のリチウムイオン電池。製造メーカーは提携相手のGSユアサではなく、東芝。EV向けをはじめ大型バッテリーにも使える技術として同社が看板としている、チタン酸リチウムを負極に使ったものだという。

筆者は昨年の東京モーターショー前に行われたコンセプトカーの取材会でEV-neoを見たとき、バッテリー搭載スペースが相当に大きかったことから、ニッケル水素電池を搭載するのではないかと推測していた。

ニッケル水素電池はサイズや重量などの面ではリチウムイオン電池に劣るが、コストが安く、信頼性も高いというメリットがある。また、バッテリーが過充電、過放電してしまうようなラフな使い方への耐性がリチウムイオン電池より高いのも特徴で、「ビジネス用途に特化した二輪EV」(伊東孝紳・ホンダ社長)という機種の性格付けに合致しているからだ。が、その推測は外れてしまった。

◆決め手は安全性と耐久性、法人ユーザー向けに徹底的に特化

ホンダは、東芝のチタン酸リチウムイオン電池を選択した。チタン酸リチウムは特殊な技術ではなく、バッテリーメーカー各社が研究を手がけているものだが、市販品に積極採用しているのは、大手メーカーでは東芝のみ。負極の主流である炭素系材料と比較すると、チタンを使うため価格が高く、エネルギー密度は小さいうえ、同じ正極材料と組み合わせた場合、電圧も1ボルト以上低くなってしまう。

こう書くと、まるでいいところがないように見えてしまうが、優れている部分もある。EV向けバッテリーで重要視される要素である安全性と耐久性の高さだ。バッテリー内部で異常が起こると爆発の危険性があるとされるリチウムイオン電池だが、チタン酸リチウムはそのリスクが非常に小さい。また、素材がスピネル構造という格子状の構造を持っているため、充放電を繰り返しても劣化しにくい。

ホンダの発表によれば、EV-neoの航続距離は30km/h 定地走行時で30km以上と、実用車としてはミニマムに近い。価格はというと、ホンダはまだ公表していないが、業界関係者の予想では50万円程度と決して安くはない。何千回も充放電を繰り返し、ハードに使い倒す郵便配達や宅配便の配送など、法人ユーザー向けに徹底的に特化したモデルなのだ。ホンダも一般ユーザーにこれを売ることは考えていないだろう。

このように、ホンダがEV-neoに東芝製のチタン酸リチウムイオン電池を搭組み合わせたのは、ビジネスバイクという性格に合わせた妥当な選択であることは確かだ。が、この選択の理由はそれだけではない。ホンダのバッテリー調達の方針が変化したことの表れと受け取ることもできる。

◆バッテリー調達方針に変化、他メーカーと協業の可能性も

ホンダは福井威夫前社長時代に、旧ユアサとF1用バッテリーなどで深く協業した経験などから、日本電池とユアサの合併会社であるGSユアサと提携した。当時、ホンダはトヨタ、日産に比べてバッテリーに関する知見、技術が立ち遅れていることに危機感を持っていた。08年にはトヨタと協業関係にあったパナソニックがリチウムイオン電池最大手の三洋電機の買収を決定するなど、バッテリー業界でも大きな合従連衡の動きが相次いだのを見て、ホンダはバッテリー技術を他社に握られたくないという心理に駆られたのも、GSユアサとの提携を急いだ理由でもあった。

が、伊東氏が社長に就任すると、その空気はかなり変わったという。関係者の一人は、「福井はあくまでGSユアサをベストパートナーと考えていましたが、伊東は就任当初から、相手はGSユアサに限る必要はないと言っていました」と明かす。

ホンダは『インサイト』の開発が佳境にあった07 - 08年頃、東芝や日立など、複数のバッテリーメーカーと協業を模索していたが、「ホンダと開発のスピード感を共有できるのはGSユアサだった」(福井社長)と、ホンダが出したオーダーにすぐに応えてくれるかどうかという基準で判断し、その結果提携に至らなかったという経緯がある。が、伊東政権の下でその東芝製のバッテリーがあらためて採用になったことで、さらに他のバッテリーメーカーとの協業の可能性も出てきたと考えることもできる。

トヨタと並び、技術の独自性を重視し、囲い込みを好む企業風土を持つホンダだが、技術開発のあり方はすでに、来るべきEV時代ならではのオープンソース志向へと徐々に舵を切ることを余儀なくされている。果たして今後、ホンダがその世界でも独自の個性を発揮し続けられるのかどうか。EV-neoを通して、様々な興味がわくところだ。

《井元康一郎》

井元康一郎

井元康一郎 鹿児島出身。大学卒業後、パイプオルガン奏者、高校教員、娯楽誌記者、経済誌記者などを経て独立。自動車、宇宙航空、電機、化学、映画、音楽、楽器などをフィールドに、取材・執筆活動を行っている。 著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。

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