【井元康一郎のビフォーアフター】高まるEV熱、「使う側」と「作る側」の温度差

エコカー EV
トヨタとテスラ提携により「EV普及は間近!?」という期待が過度に高まっている(写真はテスラロードスター)
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EVへの期待に火をつけた「トヨタ×テスラ」

EV(電気自動車)は果たしていつ、本格普及するのか---このところ、次世代エコカーに関する話題の中で、EVのロードマップに関する話が以前にも増してホットに取り上げられるようになっている。その流れに火をつけた感があるのが、アメリカのEVベンチャー、テスラとトヨタ自動車が提携を決めたというニュースだ。

日産自動車、三菱自動車がEV戦略に突き進むのに対し、トヨタはホンダとともに静観を決め込んでいた。マスメディアはこぞって、そのトヨタがテスラに出資したのはEV戦略を強化するためで、EVが道路交通のメインストリームになる日がより近づいたのではないかと報じた。

こうした論調が主流となるのには、無理からぬ理由がある。その背景にあるのはまさしく世論。このところ世界に広がっているEVへの、異常とも言える期待感の高さである。

◆各国政府とユーザーの皮算用

政府部門では、アメリカのオバマ大統領がグリーンニューディール(環境・エネルギー産業の振興による雇用創出)政策を打ち出し、石油主体のエネルギー政策を転換。欧州や中国でも風力、太陽光、バイオマスなど再生可能エネルギーの導入量を拡大している。クルマをEV化できれば、それらから得られた電力を道路交通部門で消費することができるようになるという皮算用を、各国が持っているのだ。

石油元売り大手幹部は、「クルマのEV化は“脱石油”を成功させるためのカギとなるため、各国政府はEV導入の促進策を必死に取っている。EVを作りたくなるような政策をしいていると言い換えてもいい」

「面白いのは、世界の石油資源開発や流通に関して高度な情報を持つスーパーメジャーを抱える国ほど、EV促進に力を入れていること。私見ですが、石油資源について、我々も知り得ない何らかの重大な懸念要素が生まれているという可能性もゼロではないように思う」という。

ユーザーサイドでもEVへの関心は高まっている。EVが急に脚光を浴びたのは、2008年にガソリンが高騰した時のこと。当時、三菱が次世代EV『i-MiEV(アイミーブ)』の実証実験車両を完成させていたのをはじめ、EVの試作車がぞろぞろ姿を現しはじめていたことから、多くのユーザーがEVを「近未来のもの」として捉えたのだ。価格はまだお話にならないほど高いが、ひょっとしたらそう遠くない将来、購入・運用が可能になるのではないかという期待感が芽生えた。

世界トップクラスの自動車メーカー、トヨタがテスラに出資することで、EVの低コスト化、高性能化がますます加速し、一般的な商品になる日がより近づくのではないか---こうした、いささか扇情的な報道は、政府、ユーザーの期待感を投影したものと言えよう。

◆「やればできる」トヨタ、テスラ提携はお付き合い?

だが、自動車工学に精通したエンジニアや科学者、自動車メーカー首脳、またバッテリーやパワーエレクトロニクスなど、EVをよく知る人はどうかというと、総じて今でも本格的なEV時代がやってくるのは相当先と考えている。ボトルネックとなるのは、やはりバッテリーの性能とコストだ。

「純EVが本当に力を持ち始めるのは、2020年代になると思う。それも、シティコミューター向けが主体で、長距離移動はやはり燃料電池車が有望です」

テスラと提携したトヨタの技術系幹部は、この見方を依然として変えていない。日本の自動車メーカーの中で、トヨタとホンダはEVに対して静観の構えを見せてきた。それはEV技術がないからではない。それどころかトヨタは電気利用技術では世界のトップランナーだ。EVの将来性を熟知しているがゆえに、EVと距離を置いているだけなのだ。

テスラと手を組まずとも、トヨタはEVを作ろうと思えばいつでも作ることができる。テスラとの提携は単に、GMとの合弁会社であったNUMMIを精算後も消滅しない形を取り、同時にオバマ大統領が肩入れするテスラに助け舟を出すという、お付き合いの部分がもっぱらであろう。

フォルクスワーゲンでエンジンのダウンサイジングを主導してきたヘルマン・ミッデンドルフ博士も、2018年には販売台数の3%をEV化するという社の目標を追認しながらも、「私が引退するまでは、エンジンの仕事はなくならないだろう」と、EVが主流になるのは相当先との見方を示す。

自動車開発に関わるエンジニアの大半は、EVは当面、レンジエクステンダーEV(E-REV。純EVに比べてバッテリー容量が小さく、電力残量が少なくなると発電用エンジンを用いて走行するEV)が主流になると考えている。レンジエクステンダーはハイブリッドと比べても大きなバッテリーパックと内燃機関の両方を持っていることから、どうしてもコストが高い。が、クルマの電動化と利便性とを両立させるためには、まだまだバッテリーだけにすべてを任せても大丈夫という状況には程遠いのだ。

◆EVへの過大な期待を危惧

EVで興味深かったのは、北京モーターショー2010である。2009年春の全国人民代表大会で、中国共産党は自動車産業の再編、国産技術の伸長とともに、クルマの電動化を大々的に打ち出した。そのためか、中国の自動車メーカーはどこも、EVのコンセプトカーをこれでもかとばかりに大量に出品していた。が、スモークフィルムが貼られた窓を通して車内をよく見ると、5速マニュアルのシフトノブがついていたり、タコメーターがついていたりといった“ハリボテ”がかなりの割合を占めていた。バッテリーを400 - 600kg分も積んでEVの可能性の高さを主張するBYDも、実際にEVビジネスをどう展開していくかという明確なロードマップを作ることはできていないのだ。

「EVは、期待感ばかりが高まってはいけない。クルマを作るメーカー、エネルギーインフラを構築する電力会社や機器メーカー、そして法人、個人のユーザーが、生まれたばかりのEVをどう使っていくか、皆で足並みを揃えて少しずつ前進していかないと、転んでしまう」

i-MiEVの開発に携わった三菱のエンジニアのひとりは、EVに対して過大な期待がかけられる今の風潮をむしろ危惧する。将来的にはEVがクルマの主役となる日が来る可能性は高い。が、ユーザーや政府のせっかちさで、せっかく出始めた芽を潰すようなことがあってはならない。

《井元康一郎》

井元康一郎

井元康一郎 鹿児島出身。大学卒業後、パイプオルガン奏者、高校教員、娯楽誌記者、経済誌記者などを経て独立。自動車、宇宙航空、電機、化学、映画、音楽、楽器などをフィールドに、取材・執筆活動を行っている。 著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。

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