【井元康一郎のビフォーアフター】内閣シフト、トップ変更で環境対策はどうなる?

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鳩山内閣から菅内閣へ、環境政策は継承か修正か

鳩山内閣から菅内閣へとバトンタッチした与党民主党。その環境政策が注目を集めている。与党民主党はこれまで一貫して、CO2(二酸化炭素)をはじめとする温室効果ガスの大幅削減を掲げてきた。

しかし、音頭を取っていた鳩山由紀夫前首相は退陣。代わって6月8日に総理大臣に就任した菅直人氏が、そのコンセプトを継承するか修正するかということは、環境関連の企業関係者や研究者にとっては一大関心事なのだ。

その菅氏は11日の所信表明演説で、「日本を成長させるためには、課題解決型の国家戦略を進めるべき。課題に正面から向き合い、解決策を提供することが、新たな需要と雇用を生む」と語り、その有望分野として真っ先に「グリーンイノベーション」、すなわち先進環境技術を挙げた。鳩山氏が掲げてきた2020年までに温暖化ガス25%削減という目標についても公式に政策の継承を表明した。

すでに菅内閣は、環境政策の強化に動き始めている。内閣が発足した8日にはさっそく、引き続き環境大臣を務める小沢鋭仁氏に、環境特区構想などをはじめ、地球温暖化対策をより具体的に推進するよう指示した。民主党は将来に向け、地球温暖化対策基本法を提出しているが、「菅内閣の政策はその法案を先取りする形を取る可能性が高い」(民主党の内情に詳しい事情通)という。

◆日本単独でCO2を25%削減、喜ぶ所と危ぶむ所

この菅氏の方針を歓迎しているのは金融業界だ。先進国陣営である日本が世界のCO2排出量削減のトレンドに積極的に乗ることは、すでに動き始めているものの、基盤が弱い温暖化ガスの排出権取引市場を活性化させることにつながるため、金融セクターではビジネスチャンスが広がるのだ。

それに対し、科学者や企業のエンジニアの中には、将来を危ぶむ向きが少なくない。あるスマートグリッド(次世代電力網)関連企業の首脳は語る。

「脱石油は日本として、早急に取り組んでいかなければならない課題であることは間違いない。しかし、25%削減案をはじめとする民主党の環境政策が、日本の競争力を強くするかどうかは疑問ですね。高い目標を掲げれば企業は努力するでしょうが、社会全体を効率化するシステムをどう作るかというビジョンが打ち出されなければ、個別の技術が良くても効果は期待できないんですよ。スマートグリッドだって、社会全体からみれば、単なる接続技術でしかないとも言える。何かの技術に神風のような期待をかけるのは、技術開発として間違っている」

もともと民主党の温暖化対策に対しては、現実を見ていないという批判が多かった。「2020年までの10年間で90年比25%減ということは、2005年と比べて32%前後減らさなければいけない計算になる。10年ではCO2対策に不可欠な原子力発電所の建設はおろか、用地の選定、収容すらおぼつかない。ベース電源を大きく変えずにCO2を大幅削減することなど、到底不可能である。

もちろん、達成不能な高い目標を掲げることが、飛躍的な発想に基づいた革新技術の誕生をうながすこともある。が、地球温暖化対策基本法は、そうした冷静な国家戦略というよりは、国際社会の場で賞賛されるための鳩山氏のパフォーマンスだったという性格が強い。25%削減という目標値にしても、当初は「世界主要国がCO2削減の枠組みに参加することが前提」(鳩山前首相)としていたが、現在国会に提出されている法案では、日本単独で25%削減を行うこととなっている。

◆菅内閣、味方につけるのは産業界?

石油業界や自動車業界では当初、地球温暖化対策基本法をポジティブに評価する向きもあった。大手石油元売会社で研究開発に携わる幹部は昨年、「世界の油井の状態が年々悪くなっているのは事実。民主党の目標は、将来のエネルギー危機を想定したものではないか」という見方を示していた。

が、普天間飛行場問題や高速道路無料化、子ども手当などの混乱を見て、「エネルギーの件も、本当に何も知らずに目標を掲げたのかも、とちょっと疑ってしまう。一国の首相ともあろう人が、そんな認識レベルであるはずがないんですが……」と、今では不信感をあらわにする。

石油資源の供給量や相場は今後も不安定に推移すると考えられており、動向によっては将来的に原油価格が急騰する恐れも少なくない。国の競争力を直接左右するエネルギーコストの変動を抑えるために、今のうちから原油価格の変動に耐えられるよう、石油エネルギーへの依存度を減らすこと自体はとても有意義だ。とりわけ、現時点ではエネルギーの大半を石油に頼っているクルマは、低燃費化やEV化を促進していくことが不可欠だ。

しかし、具体的な法律、行動指針を作る場合、技術を育て、国際競争力を維持、強化するという視点を欠いてはならない。その点、意見を求められた科学者が口々に「話を聞くだけでほとんど無視された」と危惧を表明した、いわくつきの地球温暖化対策基本法をベースに環境政策を進めることは、日本の成長戦略を考えるうえでリスキーである。

これまで科学界、産業界の意見聴取を軽視していた小沢一郎氏、鳩山元首相が表舞台から姿を隠している今は、科学界、産業界にとって、脱石油のあり方について民主党に意思を伝える絶好のチャンス。この機を生かせなければ、菅内閣は25%という数値目標ばかりが一人歩きする環境政策を継承してしまい、より有効性の高い技術開発、社会基盤設計の機会が失われてしまう。

提言する側にも冷静で有効性の高いビジョンを提言するための理性と工夫は求められる。環境技術の研究開発や環境ビジネスは科学者や企業によって思惑が大幅に異なることから、単に意見を述べても政治家にもユーザーにも利己的に映るだけだ。そのための仕組みもあわせて早急に考えるべきであろう。

《井元康一郎》

井元康一郎

井元康一郎 鹿児島出身。大学卒業後、パイプオルガン奏者、高校教員、娯楽誌記者、経済誌記者などを経て独立。自動車、宇宙航空、電機、化学、映画、音楽、楽器などをフィールドに、取材・執筆活動を行っている。 著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。

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