【井元康一郎のビフォーアフター】トヨタPHEV計画に立ちはだかる“EVフィーバー”

エコカー EV
プリウスプラグインハイブリッドの課題はCO2規制への適応と、ユーザーに対する満足度の提供だ
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■トヨタに重くのしかかる欧米CO2排出量規制

外部電源から車載バッテリーに充電し、短距離はEVとして走れるプラグインハイブリッドカー(PHEV:Plug-in Hybrid Electric Vehicle)を次世代エコカーの本命とするトヨタ自動車が、電気自動車やレンジエクステンダー(E-REV。発電用エンジン付きEV)ブームに気を揉んでいる。

トヨタは2011年末に『プリウスプラグインハイブリッド』を市販する予定で、現在は市販に向けて技術の煮詰めを行っている段階。本サイトで既報のように、6月に茨城で試乗会が行われたが、現時点で市販車としての完成度はすでに十分確保されており、運転していて不具合はまったく感じられない。

にもかかわらず、トヨタのエンジニア陣からは、とてもまんじりとしていられないという雰囲気が伝わってくる。その理由は、昨今のEVブームの盛り上がりであろう。単にマスコミや一部の気の早いユーザーがEVをもてはやし、PHEVの話題性が薄れてしまうというばかりではない。欧米を中心に、EVやE-REVにより有利なようにCO2排出量の規制が組まれるなど、社会環境が必ずしもPHEVにとって順風とはいえない状況になっているからだ。

「世の中はEVの話題が花盛りですが、バッテリーの性能が劇的に上がり、コストが下がり、急速充電インフラの整備状況や技術レベルが上がらないかぎり、今のクルマをEVで代替するのは無理。一般のお客様が気軽に使え、CO2排出量削減にも有用なのは、PHEVだと信じています」

トヨタのある幹部は、このように語る。トヨタは何も、EVやE-REVを作れず、イソップ物語のすっぱいぶどうのような意識でこのような意見を開陳しているわけではない。問題は、規制対応の部分である。

■次世代エコカーの最適解にトヨタと世論のすれ違い

プリウスプラグインハイブリッドのCO2排出量は65g/km以下と発表されている。現在の仕様で市販された場合、欧州混合モードで約61g/kmになる。が、欧州でEVに対する手厚い優遇措置、スーパークレジットを受けられるようにするには、CO2排出量50g/km以下を達成しなければならない。プリウスプラグインハイブリッドは今のところ、その規制を達成しているE-REVよりも一段下に置かれてしまっているのだ。

「確かに、短い距離であれば(バッテリー走行距離の割合が大きい)E-REVのほうがCO2排出量は少ないでしょう。しかし、バッテリーが切れた後のハイブリッド走行では、エンジンパワーを発電にしか使えないE-REVよりも、エンジンパワーを直接駆動と発電に自由に振り分けられるPHEVのほうが、燃料消費率はずっと低い。100kmも走れば、実際のCO2排出量は逆転するんですよ」

プリウスプラグインハイブリッドの開発責任者を務める田中義和氏は語る。プリウスの車載バッテリーの容量は5.2kWhだが、実際に使う領域はその半分の2.6kWh分。バッテリー走行が可能なのはJC08モード走行時で23.4km。車載バッテリーのSOC(ステート・オブ・チャージ。充電制御のこと)をもっとワイドに使えば航続距離を簡単に延ばせそうだが、バッテリーの劣化を抑えるため、それはやりたくないのだという。

「耐久性に優れるリチウムイオン電池とはいえ、ディープサイクル(バッテリーを残量ゼロから満充電までを使うこと)で日常的に運用した場合、本当に大丈夫なのか確信が持てない。E-REVやEVについても同様の問題があると思う」(田中氏)

世間ではEVやE-REVがもてはやされているが、現時点での工業技術レベルではプリウスプラグインハイブリッド程度のEV走行距離を持ち、その後はエンジンパワーを駆動と発電の両方に使えるPHEVが最適解なのだというのがトヨタの見解なのである。

オンロードでドライブすることを考えると、PHEVを是とするトヨタの主張にはもちろん正当性がある。が、クルマという商品は技術の正当性ですべてが決まるわけではない。社会的ニーズ、規制、環境、そしてコストなど、多くのパラメーターをなるべく高いレベルで満たすことが要求されるのだ。その社会が、EVやE-REVこそCO2削減の最適解という流れになってしまったことは、トヨタにとっては世論形成の面で痛恨の失点と言える。

■ユーザーの満足度は「価格」や「環境性能」だけで図れない

E-REVやEVに有利なCO2排出量の算出法の是非はともかく、規制があるのは厳然たる事実。そこでプリウスプラグインハイブリッドを成功させるためには、その規制に適合させるか、CO2の算出法をロビー活動によって変えさせるしかない。後者を自動車メーカー1社で実現させるのはほぼ不可能ゆえ、結局は現行規制の中でCO2排出量50g/kmを何とか実現させることになるだろう。

「航続距離を大きく延ばさなくても、50g/km達成は可能だと私は考えていますし、アイデアを練っているところです」(田中氏)

ところで、プリウスプラグインハイブリッドを長距離試乗してみて、もう一つ感想がある。エンジンがかからないEV走行中はきわめて快適なプリウスプラグインハイブリッドだが、それだけにバッテリー走行を終えてハイブリッドモードに切り替わり、エンジンがかかるようになった時の“ガッカリ感”も少なくないということだ。

価格さえ安ければ、プリウスプラグインハイブリッドは十分にコストパフォーマンスの高さと石油消費量の削減の両面で、とても良い商品になることは確実だ。が、環境だけでなく、ユーザーの商品に対する満足度という点で、もう少しEV走行距離を延ばしたほうがいいように思われた。

《井元康一郎》

井元康一郎

井元康一郎 鹿児島出身。大学卒業後、パイプオルガン奏者、高校教員、娯楽誌記者、経済誌記者などを経て独立。自動車、宇宙航空、電機、化学、映画、音楽、楽器などをフィールドに、取材・執筆活動を行っている。 著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。

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