マイバッハの歴史を紐解くと…

自動車 ビジネス 企業動向
MMエンブレム
MMエンブレム 全 15 枚 拡大写真

メルセデス・ベンツ日本は22日、東京コンクール・デレガンスの会場において『マイバッハ』のフェイスリフトと追加モデル『マイバッハ・ランドレー』を発表した。

[写真15点。グラーフ・ツェッペリンと工場]

「“エクセレンス・イン・ラグジュアリー”はマイバッハそのもの」と話すのはマイバッハ グローバルマネージャーのパトリック・マリノフ氏。その意味は、「最高のものの中から唯一無二の最高のものを作り出す、これこそがブランドの創設者、ウィルヘルム・マイバッハの心情であるからです」と話す。

「100年前に彼はこの心情を打ち出した。これだけの偉大な考え方があったからこそ、マイバッハは最高のものというだけでなく、ブランド名を超えたものになったのです」

マイバッハの歴史について、マリノフ氏は「ウィルヘルム・マイバッハはシュツットガルト近郊の孤児院で暮らしていた時、ゴットリーブ・ダイムラーに見出されました。ゴットリーブが自分の会社に連れて行きウィルヘルムのメンター(指導者、保護者)となり、やがてウィルヘルムをチーフエンジニアに据えたのが始まり」という。

その後、「ウィルヘルムはメルセデス『35 hp』レーシングカーを1901年に開発しました。これは現在の自動車の模範にもなっており、ウィルヘルム・マイバッハは自動車の天才だっただけでなく、エンジニアの王と呼ばれている所以です」という。

「ゴットリーブ・ダイムラーが亡くなった後、ウィルヘルム・マイバッハは1909年に自分の会社を設立。社名をマイバッハ・モトーレンバウといい、エンブレムのMMはそこから来ています。最初マイバッハ・モトーレンバウはツェッペリンの飛行船用のエンジンを提供していました。そしてウィルヘルムのあと、息子のカールが会社を継承。1921年に、MMのエンブレムの入った自動車を最初に製造し、マーケットに出しました」。

「1930年代、40年代と20年間に1800回におよぶ技術改良が行われ、最高水準の自動車が作られるようになったのです。最高級のものを求めるユーザーに自動車を提供していったのです。マイバッハというのは、エクセレンス・イン・ラクジュアリー、つまりは他にない大出力、極めて高い快適性、卓越した品質を当時から、そして現在も提供しているのです」

《内田俊一》

内田俊一

内田俊一(うちだしゅんいち) 日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員 1966年生まれ。自動車関連のマーケティングリサーチ会社に18年間在籍し、先行開発、ユーザー調査に携わる。その後独立し、これまでの経験を活かしデザイン、マーケティング等の視点を中心に執筆。また、クラシックカーの分野も得意としている。保有車は車検切れのルノー25バカラとルノー10。

+ 続きを読む

ピックアップ

レスポンス公式TikTok

教えて!はじめてEV

アクセスランキング

  1. トヨタ『アルファード』が2027年に大幅改良、新型エルグランドとのガチンコ対決の行方は
  2. トヨタ『シエンタ』の前席が回転、「スイベルシート」販売再開…ドア閉めたまま回転可能に改良
  3. BMW『3シリーズ』新型発表、EVと共通の「ノイエ・クラッセ」デザインに
  4. ヤマハ『XSR900』を「USインターカラー」に変身! ワイズギア、外装セットを限定発売 価格は29万9200円
  5. 日産の株価が反落…『キックス e-POWER』の北米投入と伝わるも不発
ランキングをもっと見る

ブックマークランキング

  1. 【全文PDFプレカン】日産自動車 長期ビジョン発表会
  2. セレンスAIの緊急車両検知技術、東大発「AS Mobi」の自動運転バスに導入…2027年商用化めざす
  3. 中国ヒューマノイドに自動車アフターマーケットの課題解決のヒントがあった…2026世界ロボット大会
  4. インド国産化の進め方、事業の核の築き方【インド・新自動車大国の素顔】
  5. 【セミナー見逃し配信】※プレミアム・法人会員限定 欧州自動車産業の次の一手、欧州の現場で何が起きているのか~EV減速局面・SDV/AIへの移行・中国勢の浸透~
ランキングをもっと見る