【井元康一郎のビフォーアフター】震災で注目、中国製電動スクーターの脅威

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10万円アンダーモデル、東京マルイ・電動スクーター・タイプC
10万円アンダーモデル、東京マルイ・電動スクーター・タイプC 全 15 枚 拡大写真

震災で存在感を示したパーソナルモビリティ

東北地方太平洋沖地震は、震源から遠く離れた首都圏の交通網にも多大な影響を与えた。JR、私鉄が数日にわたって停止、幹線道路は軒並み大渋滞でほとんど流れずといった状況の中で大いに存在感をアピールしたのが、クルマよりも規模の小さい、ライトなパーソナルモビリティだった。

一大ブームとなったのは自転車。ペダルを漕ぎさえすれば渋滞する都心の道路の流れと対して変わらない平均車速15km/h程度で移動できるとあって、混乱のさなかには帰宅の足にと自転車を購入しようとするユーザーが自転車販売店に殺到するという現象が起きた。その後も通勤に使い続けるケースも多く、クルマを運転していても路肩を走る自転車の数がいちだんと増えた感がある。震災から時間が経過するにつれて、その自転車ブームの陰でもうひとつ、静かなブームが芽生え始めている。ガソリンエンジンではなく、電気モーターを使って走る電動スクーターが注目を浴びているのだ。

◆10万円を切る電動スクーター

「我々が電動スクーターを売り出したのは昨年12月24日でした。最初に数百台を輸入したのですが、ガソリン不足で電動スクーターが注目されたこともあってか、震災以後に一気に全部売れました。今、第2弾の輸入を行っているところです」

中国メーカーと共同で日本での原付に区分される電動スクーターを企画し、輸入販売しているモデルガン世界最大手、東京マルイの関係者は語る。

「電動二輪車の企画が持ち上がったのは3年ほど前。最初は電動アシスト自転車を10万円以下で販売しようとしていたのですが、価格競争で日本メーカーの品の価格が下がったことで、いっそ10万円を切る価格で電動スクーターを売れないかと考えたのです」

東京マルイは航続距離の長いタイプと短いタイプの2種類の電動スクーターを販売しているが、10万円を切る税込み9万9750円で販売されるのは後者のモデル。足が短いと言っても、フル充電した場合の航続距離は30km/h定地走行で40km。ガソリン車に比べると短いが、一般的な原付の用途には十分使えるレベルだ。

実際に試走したフィーリングは、EVの特性そのもので、停止状態からの出足はとくに素晴らしい。加えて特徴的なのは静かさ。エンジン式原付の振動や騒音から丸ごと解放されるのは、商品力を大いに高めるポイントと言える。その半面、日本における法規では、原付EVのモーターの最高出力は600Wと、ガソリン車の4分の1程度に制限されているため、最高速はガソリン車に比べると劣勢で、長い登り坂も得意ではないという。

必要十分な性能を備え、ボディカラーや塗装品質も日本のユーザーのメガネにかなうものに改良。さらにシート後方のミニボックス、急速充電器などのグッズが標準装備で10万円アンダーという価格は、すでにエンジン原付と勝負可能な水準と言える。

◆低価格の理由はバッテリー

中国製とはいえ、これだけ低価格で電動スクーターを販売できるのにはワケがある。必要十分といえるレベルを超えたオーバークオリティを極力排除しているのだ。バッテリーは今日流行している小型高性能のリチウムイオン電池ではなく、古典的な鉛電池。電池パックは電圧12ボルト、容量12Ahのものを4つ直列につないで48ボルト化したものだ。

「リチウムイオン電池を使ったら、とても10万円以下にはできなかったと思います。何がなんでも10万円を切る価格という目標を達成するには鉛電池が最適解でした」(東京マルイ関係者)

バッテリーの耐久性は残量ゼロからフル充電までの深充電換算で300回ほど。鉛電池はリチウムイオン電池に比べて、過放電したときの耐久性や長期間使用しないときの電力量の維持といった面では負けるが、実用上のハンディは意外に小さい。ちなみに交換バッテリーの価格は1万5800円。リチウムイオン電池では到底太刀打ち出来ない安さである。

車体側も、デザインは洒落ているが、標準装備のボックスの内部はプラスチックむき出しで、日本的な感覚のクオリティにはほとんどこだわっていない。こうしたメリハリのきいた品質管理で格安価格を実現しているのだ。

実は、中国製の格安電動バイクはこれまでも、いろいろな業者の手で小規模に輸入されてきた。その多くは初期不良1週間のみ保証対象という売り方。加えて「メーカーによっては部品の精度が極端に低く、いったん分解すると、プロでも元通りに組み立てられないことも珍しくない」(業界関係者)という有様では、命を預ける乗り物としてメジャーになることは期待しがたい部分があった。

が、東京マルイやテラモーターズなどが輸入している最近の格安電動バイクは、日本企業サイドが品質管理に携わっており、少なくともそういった粗悪品とは別の、足として使えるレベルの商品に仕上がっている。

「安全性を確保するため相当の走行テストを重ねました。また、中国ではブレーキはふんわり効くほうがいいと考えられていますが、日本ではそれではとても公道を走れません。そこでブレーキフィールを日本の道路に合わせてしっかり効くようチューンするといった改良も行っています」(東京マルイ関係者)

さらに充電器はPSEマーク付き、本体の1年保証も付けられているなど、安心感は従来品に比べて格段に高いと言える。

◆日本製電動スクーターのアドバンテージとは

ここで関心がわくのは、ホンダ、ヤマハなど、日本の二輪車メーカーの電動スクーターとの比較である。ビジネスバイク『EV-neo(EVネオ)』、ヤマハは乗用タイプの『EC-03』を発売している。両モデルを試乗した経験と照らし合わせると、まず走行時の機構面のスムーズさでは、圧倒的に日本製品が優っている。また、スイッチ、ボックス、車体の樹脂類など、車体の仕上げについても日本車のアドバンテージは小さくない。また、EVネオのほうは配達をはじめ、過酷なヘビーユースに利用可能な仕様となっているのも特徴で、中国製車両がまだ追従できない部分だ。

問題は価格。EVネオは充電器付きで49万4550円、EC-03は内装式充電器を装備しており、価格は25万2000円である。中国製EV原付や既存のガソリン原付の数倍という価格差は、ユーザーの目にどのように映るのか。

まずはベーシックなトランスポーターに使う場合だが、乗用原付にとって車両価格の安さは絶対条件。その時点で日本製バイクは完全に落選である。静かさ、メンテナンスの容易さ、燃料代の安さなどをウリにしたところで、しょせんは原付なのだ。よほどお金が有り余っているユーザーなら面白がって買う可能性もあるが、そもそもお金持ちが原付に乗ること自体、考えにくいシチュエーションである。

ビジネスユースではどうだろうか。耐久性で圧倒的優位に立つ日本のEV原付のほうが、中国製EV原付に比べて適合性が高いのは言わずもがなだ。が、四輪の営業車がそうであるように、ビジネスユースにとってコストはまさに生命線。少しでもトータルコストが安いほうが生き残るのだ。ここでは中国製EV原付ではなく、ホンダ『スーパーカブ』など既存のビジネス向け原付に、EVはまだまだ到底太刀打ちできない。

二輪の世界ではこれまで、日本企業が圧倒的な世界シェアを握り続けてきた。が、高品質、高性能だが価格もべらぼうに高いというモノづくりを続けている限り、EVの世界では世界の中で逆に劣勢に立たされる危機に立たされていると言える。

◆中国の圧倒的な価格競争力に立ち向かうために

日本の技術自体が世界でもはや価値を認められないというわけではない。もしライディングするだけで感動を覚えるような超高性能のEVスーパーバイクを作ることができたら、価格が高くてもそれに見合う付加価値があるとユーザーに受け取ってもらえる可能性は十分にある。付加価値を付ける余地がほとんどない、原付というベーシックなコミューターに度外れた高価な技術を投入し、とてつもなく高い価格を付けるという企画自体が的外れなだけなのだ。

今後、日本の二輪車メーカー勢が取り得る方策はおおむね2つ。ひとつはミニマムなトランスポーターではなく、付加価値を付けやすい高級EVバイク作りに潔くシフトすること。もうひとつは高耐久性をはじめ、価格に見合う具体的な価値があることをユーザーに認めさせることだ。が、いずれも容易な道ではない。前者の場合は相当ハイレベルな商品を作らなければ通用しないであろうし、後者の場合はいくら素晴らしいものであっても、価格差が2倍もあるようでは売るのは無理。せいぜい中国勢の1.5倍程度に収めるためのコストダウンを行う必要がある。

もともと小型二輪車は、「走らせるためのエネルギーが小さくてすむため、四輪に比べてEV化が容易で、道路輸送の電動化の先兵となる」(福井威夫・ホンダ相談役)とみられていた。これは多分に事実なのだが、技術的なハードルが低いということは、中国など新興国にとってはキャッチアップが容易ということでもある。

ほんの数年前までは、中国産の電動スクーターが日本車にとってこれほどの潜在的な脅威になるようなことは考え難かった。が、今では日本に比べて技術は劣るが、それを補って余りある価格競争力を持つ商品を作れるようになった。最近の低価格電動スクーターの完成度の高さは、そのことを雄弁に物語っている。モノづくりの水準がある程度高まれば、その差は楽しいアイデアなど商品企画でも補えるようになる。電動スクーターの世界で日本勢が世界に存在感を示すための道は、決して平坦ではない。

《井元康一郎》

井元康一郎

井元康一郎 鹿児島出身。大学卒業後、パイプオルガン奏者、高校教員、娯楽誌記者、経済誌記者などを経て独立。自動車、宇宙航空、電機、化学、映画、音楽、楽器などをフィールドに、取材・執筆活動を行っている。 著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。

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