【特集クルマと震災】最優先は被災車両撤去、多賀城市の交渉とは

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宮城県内の中でもいち早く被災車両の撤去に取り組んだ多賀城市。日産やゼロが所有する広大な敷地が車両の保管場所として活用された
宮城県内の中でもいち早く被災車両の撤去に取り組んだ多賀城市。日産やゼロが所有する広大な敷地が車両の保管場所として活用された 全 30 枚 拡大写真

「街を復旧するためには、何より道路を確保することが最優先だった。そのためにはまずクルマを何としてでも処理する必要があった」

津波が直撃した宮城県多賀城市。仙台塩釜港のほど近くに位置する多賀城市内では、流された家や瓦礫、そしてクルマが生活インフラの要である道路を塞いだ。その道路を確保するため、県内でもいち早く被災車両の撤去に取り組んだ、多賀城市の建設部道路公園課長・鈴木弘章氏は語る。

◆自治体と企業が連携

3月11日の震災直後から市の職員たちは休日返上で復旧対策にあたった。宮城県内だけで15万台にものぼると見られる被災車両の撤去・処理に、いち早く対応したのが多賀城市だった。その取り組みは多くの報道機関でも取り上げられた。なぜ素早い対応が可能だったのか。

多賀城市の南部には仙台塩釜港がある。ここは2001年に特定重要港湾に指定された東北の輸出拠点の一つだ。多賀城市は物流拠点として機能してきた。

鈴木氏によると「多賀城市にはトヨタ、日産、スズキ、ダイハツの輸送拠点があった。ここに保管されていた新車数千台が市内に流れ込んでしまった。幹線道路が塞がれたことで、物資の輸送が滞るだけでなく、治安維持、消防、救急作業にも支障が出る。復旧には道路の確保が最優先だった。そのためにもクルマの撤去を素早くおこなう必要があった」。

自衛隊や、直接津波の被害を受けなかった業者などと協力し、まずは道路上の瓦礫や被災車両の撤去にあたった。作業に必要な重機は手配できたが、問題は燃料不足だった。しばらくは自衛隊から1日約4000リットルもの燃料の供給を受けていたが、人力とドラム缶による輸送では限界が見えていた。そこへある企業から瓦礫の撤去依頼が飛び込んできた。

「市としては通常、一企業の協力をするわけにはいかない。しかしその企業さんはタンクローリーを所有する運送業者だった。ローリーを稼働していただけるという申し出をして頂けたため、お互いに協力することができた。まさに油田を掘り当てたような出会いだった」と、鈴木氏は当時を振り返る。これにより燃料供給の問題は大幅に改善し、撤去作業を進めることができた。

次に課題となったのが、撤去した被災車両の保管場所だった。当初、仮置き場として予定していた学校の建設予定地やグラウンドは、震災の影響や降り続いた雨でフォークリフトが入る事ができず使用できなかった。そこへ仮置き場を無償で提供してくれる企業があらわれた。

「モータープールを所有している日産さんから市に対し、津波で流された車両の処理に協力してほしいという依頼があった。そこで協力する代わりに、モータープールを被災車両の仮置き場として無償で提供して頂けることになった。隣接する運送業者のゼロさんからも同様の申し出があった。舗装された広大な土地を無償で提供頂けたことが何より大きかった。車両撤去を行う重機の燃料問題、撤去車両の保管場所の問題ともに、奇跡のような出会いがあった。自治体と企業の利害が一致し、互いに協力した結果、素早い対応が可能になった。我々はラッキーだった」(鈴木氏)

震災から11日後、3月22日に車両の処理を開始し、市の管轄する道路、公園、水路から約2500台、民地から約1200台を撤去した。すでに道路、公園、水路についてはほぼ全ての撤去を完了したという。このほか、各自動車メーカーやディーラーなどが独自で約2000台、国交省が管轄する国道45号線上から約300台、宮城県が管轄する県道全体で1000台以上の被災車両の撤去が完了している。

◆国道、県道、市道、管轄の違いが混乱を生む

いち早く被災車両の撤去に取り組んだ多賀城市。被災車両の処分費用の捻出などが課題となっている。撤去にあたっては専門の業者に委託しており、ダンプ、ショベル、レッカーなどの重機のほか、260~270人の作業員が対応している。これに1日あたり600~700万円の費用が発生しているという。これを補填するため市は当初、1律1万5000円で車両撤去を請け負うことを市のウェブサイト上で告知した。

「基本的にクルマは個人の資産なので、個人で処理して頂くのが原則。なので作業開始当初は有償とした。積極的にお手伝いする方向で、撤去費用を設定した」という。しかし、これを発表した2日後後、「政府が被災地における瓦礫や被災車両の撤去について無償で対応することを発表」したとマスコミが報じた。それを受け多賀城市は政府からの正式なルートの通達を待たずに市民の車両撤去については無償でおこなうことを発表した。「混乱を防ぐため、独自の判断で迅速に対応するしかなかった」(鈴木氏)

車両撤去の無償化は決まったが、その後の政府の対応について、鈴木氏は不安があるという。「いつ補助金が県や市に支給されるのかはアナウンスされていない。こうしている間にも作業は進んでいるし業者への費用負担も発生している。政府の決定を待っている時間はないので我々は独自に取り組んで行くしかない。一方、個人で車両の撤去を民間業者に委託した方達からは、毎日『補助金はいつ出るのか。役所は何をやっているんだ』というお叱りを受ける。末端行政まで情報が降りてこない。早急に対応を示して欲しい」と訴える。

次に廃車手続きの問題だ。市では、災害対策基本法64条に基づき、所有者に代わり車両を移動、一時保管をおこなうという措置を取っている。車両番号から所有者が確認できたものは通知をおこない、引取りまたは処分を促している。しかし、所有者が既に亡くなっている場合や、所有者が他県、他市町村に存在する場合、事実上多賀城市として対応することができないのだという。

また、市民から「自車がどこにあるか」という問い合わせも多く入るが、市内でも国道上や、県道上から撤去された場合は、それぞれ国交省、宮城県の管轄となるため把握することができない。県が一括して対応する、という旨が市にも通達されてきたというが、実際には徹底されていない状況だ。

鈴木氏は、「6か月所有者が見つからない場合、車両そのものは処分できることになっている。しかし、所有権の抹消手続きまでは勝手にすることはできない。所有権があるばかりに、いつまでも税金がかかかるような事態は避けなければ。どうすれば良いのか、いつまで対応を待てば良いのか、我々も市民の皆さんに具体的な説明ができない状況がもどかしい」と語る。

◆復興作業にも徹底した経費節減

車両の処理にあたる道路公園課の職員は15名。撤去費用や、街の再生に対し国からの補助がどれだけあるのか全く見えない状態で、税金からの負担は避けなければという思いから、徹底した経費節減の目標を掲げながらの懸命な作業がおこなわれてきた。撤去作業にともなう事前調査や、交通誘導は全て職員がおこなった。

「道路は確保できた。あとは民地に入り込んだ車両の撤去、そして道路の復旧だ。まだまだ課題は多い」と鈴木氏は語る。

道路についても、瓦礫などはないものの、未だにクルマが通るたびに砂埃が舞う状態。高圧洗浄車などにより洗浄作業がおこなわれているが、歩道や細い私道などには入り込めず、手作業が必要とされる。時間をかけてやっていくしかない、と鈴木氏は語る。

民地については、まず私道に残った瓦礫の処理が課題だ。そして民家にクルマが突き刺さっているような場合の処理について考えなければいけない。二次災害の可能性もある。また家屋についても、倒壊している場合を除き、外装が残ったまま流されているような場合、市の判断で取り壊すわけにはいかず、処理が難航している要因となっている。「個人の所有物は道路のように、はい退けました、というわけにはいかない」と懸念点を挙げる。

また道路そのものへの被害についても今後は復旧作業を順次開始して行く。津波の被害がなかった地域でも、地震による路面のひび割れや隆起、陥没などが広範囲にわたって発生している。公用地の復旧について国に補助金を申請するのだが、1か所につき60万円以上の損害と認められない場合は補助の対象とならず、市の負担となってしまう。

「今回の震災では規模の小さな被害も無数にある。また街路樹などはもともと対象にならないほか、住宅地に多数設けている小さな児童遊園なども自治体の負担になるのではないか。市民への負担を避けるため、地道に掛け合っていくしかない」(鈴木氏)。

震災当日から約2週間は24時間体制で不眠不休の活動を続けてきた市の職員たち。「建設業者さんなども含め、休みなくやってきた。ようやく5月の連休中に3日間だけお休みを頂戴した。復興作業は長丁場になる。多賀城市が災害復興のモデルケースになれば、という気持ちでじっくりとベストを尽くしていきたい」と鈴木氏は語った。

《宮崎壮人》

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