iPhoneをめぐるネットワーク戦略

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 先月末以来、携帯電話関連の話題の中で、というよりもむしろIT・デジタル家電業界全体の中で最大のトピックとなっているのがiPhoneの新製品である。KDDIからの発売が正式発表より前に噂されたり、「iPhone 5」でなく「iPhone 4S」であったことへの株式市場の反応であったり、旧機種の分割支払金を棒引きにするソフトバンクモバイルの対抗策であったりと、ここ半月あまりの間iPhoneの新機種が話題に上らない日はなかったほどだ。
 端末自体や、KDDIとソフトバンクの販売戦略などについては既に多くの分析が行われているので改めて触れるまでもないが、iPhone 4Sや両社の年末商戦向けの新製品に関してはインフラの観点から見ても興味深いので、ここで整理しておきたい。

 フィーチャーフォンからスマートフォンへのシフトとは、端的に言えばiモード/EZweb/Yahoo!ケータイといった従来のコンテンツサービスからPCのようなオープンなインターネットのサービスへの移行であるが、通信事業者が端末とコンテンツの仕様の大部分を決めていた時代の終了、すなわちトラフィックの量をコントロールできない時代へ突入したと言い換えることもできる。

 スマートフォンの急速な普及に伴うネットワーク容量の逼迫により、海外ではスマートフォン向けのパケット定額制を廃止する動きも見られる。3Gの混雑対策として国内の携帯電話各社は多数のWi-Fiスポットを設置し、スマートフォンでは3GでなくWi-Fiネットワークを優先的に使用するよう整備を進めているが、これは文字通りあくまで“スポット”的な対策であり、アクセスポイントのごく近くのトラフィックしか吸収できない。

 また、現状では3GとWi-Fiの切り替えは必ずしもスムーズではなく、外出先で電波の弱いWi-Fiスポットに接続されてしまった場合など、アクセスポイントにはつながっているがデータが流れないといった不都合が発生するケースもある。自分のノートPCで日常的に無線LANを使いこなしているようなハイリテラシー層を別とすれば、「Wi-Fiをオンにしていると勝手に変なところにつながって、ネットが不安定になる」という感覚を持ち、Wi-Fiをオフにしているユーザーも少なくないだろう。Wi-Fiスポットによってどの程度のオフロード効果が得られるかは未知数というのが現状だ。やはり、スマートフォンのデータ通信の快適性は、メインとなるモバイルネットワークがどれだけ使い物になるかに大きく左右される。

■iPhone 4Sを通じて見るKDDIのネットワーク構築

 一般に、ソフトバンクに比べつながりやすいというイメージを持たれているKDDIだが、iPhone導入にあたっては懸念事項もあった。同社は主に800MHz帯を使用しながら、ユーザーの多い場所では2.1GHz帯の基地局を追加する形で3Gのサービスエリアを構築してきた。しかし、800MHz帯の中でKDDIに割り当てられている15MHzの周波数のうち、iPhoneと互換性のある通称「新800MHz帯」は、現状5MHzに限られる。来年の周波数再編作業が完了すれば新800MHz帯も15MHzすべてが利用可能となるが、KDDIでは来年新たに使用可能となる10MHz分はLTEに使用する計画であり、現在の3G端末を収容することはできない。また、従来米国でVerizon Wireless向けに販売されていたCDMA(CDMA2000)版iPhone 4は2.1GHz帯に対応していなかったため、このままの仕様では、高トラフィックを発生させるiPhoneがわずか5MHzの帯域に突入してくる格好だった。

 しかし、iPhone 4Sでは2.1GHz帯のCDMA網もサポートしたことで、その懸念は払拭された。これには、iPhone 4SがUMTS(W-CDMA)とCDMAの両対応仕様となったことが有利に働いたと考えられる。米国でiPhone 4Sを販売するCDMA事業者のVerizonとSprintは800MHz帯および1.9GHz帯でサービスエリアを構築しており、KDDIの2.1GHz帯とは互換性がない。Appleが日本市場のためだけに2.1GHz帯にも対応したカスタムバージョンのiPhoneを用意する可能性は低いが、iPhone 4SはUMTS/CDMA両対応のためアンテナなど無線部分の部材が共用可能となり、KDDIのネットワークにも大きな追加コストなく対応することができたと考えられる。

 これにより、基本的には帯域の広い2.1GHz帯を使用し、電波の届きにくいところでは伝搬特性が良いとされる800MHzの電波をつかみに行くという運用が行えるため、高トラフィックをさばきながら、KDDIのサービスエリアの広さを享受することが可能となった。

 しかも、KDDIはAndroidスマートフォンで本格的にモバイルWiMAXの導入を開始している。従来、WiMAXが利用できるスマートフォンは今年春発売された「htc EVO WiMAX ISW11HT」のみだったが、今回発表の新製品では、おサイフケータイをはじめとする国内向け機能にフル対応した「ARROWS Z ISW11F」をはじめとする4機種でWiMAXをサポートした。

 WiMAXのサービスエリアはまだまだ都市部が中心であるものの、点でしかカバーできないWi-Fiスポットとは異なり面的な広がりを持っており、利用可能なエリアは段違いに広い。月々525円という公衆Wi-Fiサービス並みの安価な価格設定でテザリング機能まで使える、データ通信のヘビーユーザーならぜひとも使ってみたくなるサービスになっている。それをEVO WiMAXのようなアーリーアダプター向けの機種だけでなく、広く人気を集めるだろう“全部入り”の機種にも搭載してきたことで、Wi-Fiスポットに比べて顕著なトラフィックオフロード効果が得られると考えられる。

 iPhoneや従来のフィーチャーフォンを2.1GHz帯へ、スマートフォンのヘビーユーザーをWiMAXへと逃がすことで、現在のメインバンドである800MHzが5MHzに減っても当面は持ちこたえることができる。そうしてLTE網の整備を進めている間にスマートフォンのLTE対応が進むので、その先にはスマートフォンのトラフィックはLTEで収容すれば良い。この段階になると、800MHzを3Gの補強でなくLTE網の構築に割いたことが有利に働くだろう。KDDIのiPhone導入がいつから検討されていたかは不明だが、結果的には絶妙の戦略で次世代のネットワーク整備を進めてきたように思える。

■ソフトバンクは次世代方式に向け準備の手を広げる

 一方のソフトバンクだが、iPhone 4Sの世代に入っても利用できるネットワークは変わらないため、iPhoneのトラフィック対策としては従来の「電波改善宣言」を粛々と進めていくことになる。iPhone 4Sでは下り最大通信速度が14.4Mbpsと従来に比べ倍増しているが、これは周波数あたりの通信効率を上げるものではなく、あくまで無線ネットワーク部分が空いていればより高速な通信が可能になるという性質のアップデートであるため、高トラフィックエリアで速度向上を体感できる可能性は低い。

 また、同社の主力端末であり大量のトラフィックを発生させているiPhoneだが、これがLTEをサポートする時期も不透明だ。当面、LTE対応端末は3G端末に比べ消費電力と本体サイズのアップが避けられない。ユーザーエクスペリエンスを最重視するAppleが、極端に駆動時間が短くなったり、本体が分厚くなったりといったことを許すはずがない。これらの問題が解決されるまでLTE版のiPhoneは登場しないとすると、トラフィックを逃がす先はWi-Fiしかないというのが現状だ。なお、iPhone以外の新端末に関しては、従来のPDC方式を終了した跡地である1.5GHz帯を利用し、高トラフィックエリアにおいてはできるだけ2.1GHz帯を空けるようとする運用が始まっている。

 ソフトバンクの次世代ネットワークとして話題となったのは、同社グループのWireless City Planningがウィルコムから継承したXGP事業免許を利用する形で開始する、TD-LTE互換の高速通信サービス「SoftBank 4G」だ。XGP(かつての呼称は「次世代PHS」)は、PHSとの互換性を高めるため上り/下りの通信速度が対称であったが、SoftBank 4GのAXGP(AdvancedXGP)方式は下りにより多くの時間を割り当てるとともに、周波数幅を従来の倍となる20MHzとすることで、下り最大110Mbps(規格上の理論値)という高速通信を実現するとしている。

 上りと下りに別々の周波数を使用するFDD方式に対して、同じ周波数で上下を高速に切り替えることで双方向の通信を実現するのがTDD方式であり、このTDD版LTEがTD-LTEである。世界最大の加入者数を擁する携帯電話事業者のChina Mobile(中国移動)が来年にも導入する通信方式であり、技術開発や標準化においても同社が大きな役割を果たしている。また今年春には、中国の4G方式に対応したiPhoneの供給に関してChina MobileとAppleが合意に至った、というニュースが海外の一部メディアによって報道された(Appleからのコメントはなし)こともあり、SoftBank 4Gの提供はTD-LTE版iPhone獲得への布石ではないかという見方も浮上している。

 現時点ではTD-LTE対応iPhoneが本当に登場するかどうか不明で、仮に登場した場合もSoftBank 4Gの周波数に対応するか定かではない。また、世界で先行してスタートしているLTEサービスのほとんどはTDDではなくFDDであり、普通に考えればiPhoneのLTE対応もTDDよりFDDが優先されると考えられる。ソフトバンクでも、新たに割り当てが行われる900MHz帯を獲得してFDD方式のLTEを投入するシナリオを理想と考えていることだろう。

 ただ、TD-LTEは中国とインドという2つの巨大な新興市場で有望視されているほか、海外では同じTDD技術であるモバイルWiMAX陣営の通信事業者が、WiMAXからTD-LTEへの乗り換えに関心を示すという動きもあり、仮に将来のiPhoneが対応しなかったとしても、端末調達や設備投資の面では一定の規模の利益を得られる。現時点では通信方式のトレンドや将来のiPhoneがどちらへ流れても良いように、状況を注視しながら準備を行っているというところと見られる。また、最近の3G基地局は比較的軽微な投資でLTEへのアップデートが可能となっているものが主流であり、ソフトバンクでは現在の2.1GHz帯をLTEへ一部転用することも技術的には可能となっている。

 いずれにしても、各社とも加入者を獲得するためにiPhoneのような人気端末を必要としながら、ネットワークへの投資戦略では、そのような人気端末にある意味で振り回されている格好だ。通信事業者が構築したネットワークを「いかに使わせるか」のために携帯端末が存在していたかつとの時代と比べると、業界の構造が180度変化していることがわかる。

【連載・日高彰のスマートフォン事情】iPhoneとソフトバンク/KDDIのネットワーク戦略

《日高彰@RBB TODAY》

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