【中田徹の沸騰アジア】新興国向け廉価製品・ブランドを考える

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タタ・ナノ
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アジアの新興諸国では、富裕層や中間層が旺盛な消費意欲を見せるなかで、自動車各社はシェア獲得に向けて新車投入を相次いで進めている。新興国の消費者を主なターゲットとして開発された戦略モデルでは特にコスト競争力が重視されており、2009年にはインドのタタモーターズが30万円前後の『ナノ』を投入して世界を驚かせたほか、インドやインドネシアなどでは日米欧の主要各社が70万〜100万円の廉価小型車などを市場開拓の主役として投入する動きが進む。

また、様々な思惑を背景に廉価ブランドを投入する動きも広がっている。インドでは、ダイムラーが2012年から現地専用ブランド、バラット・ベンツ(Bharat Benz)を冠した廉価トラックを販売開始する。日産は12年3月、「ダットサン」ブランドを新興国専用ブランドとして復活させ14年からインド、インドネシア、ロシアなどに低価格車を投入すると発表。また、中国では政策主導で自主ブランドの投入を目指す動きが加速している。


◆タタ・ナノのマーケティングの失敗

2012年1月にインド・ニューデリーで開催された自動車ショー、第11回オートエキスポで(デリーモーターショー12)現地自動車大手タタ・モーターズのラタン・タタ会長が発した超低価格車『ナノ』に関するコメントに注目が集まった。

「我々(タタ)はナノを“貧しい人のためのクルマ(a poor man's car)”として売り出したつもりはなく、お買い求めやすい全天候型ファミリーカーとして位置づけていた」

「ナノは失敗作(a flop)ではないが、マーケティングおよびポジショニングについては失敗した部分があり、初期段階で機会損失があった」

08年1月の第9回オートエキスポで最低価格10万ルピーのワンラックカー(One Lakh Car、ワンラック=10万)のプロトタイプが世界初公開され、ナノとして販売される計画が明らかにされた。タタは09年4月にナノの予約受付を開始し、7月から納車を始めた。ナノの当初の生産計画は年間25万台(月2万台程度)とされていたが、工場移転問題もあり09年のインド国内での販売台数は1万8000台弱にとどまった。また、ステアリング部分からの発火する問題が数件確認されたことも重なり、10年に6万台弱、11年も7万1000台と低空飛行を続けてきた。

タタ会長は、「1台の二輪車に4人家族全員が乗る」状況から低価格車のコンセプトに着想し、こうしたユーザーにより安全で快適なナノを提供したいと考えたが、実際には二輪車からの買い替えはほとんどなく、顧客の多くは中間層や富裕層となっている。世界の自動車メーカーはタタとナノのコスト競争力に驚愕したが、インドの消費者に「貧しい人のためのクルマ」と言うイメージを敬遠され、タタモーターズが期待したほどナノ販売台数は伸びなかった。そして今年1月にタタ会長がマーケティング戦略の失敗を認める結果となった。

インドでは、ナノ以外にも新興国戦略車の失敗例がある。ルノーと現地大手SUVメーカーのマヒンドラ&マヒンドラの合弁会社が07年に新興国戦略車『ロガン』を生産・販売開始。販売台数は07年に1万8000台、08年に1万9000台へ拡大したが、09〜10年は数千台にとどまった。ロガンの低迷の理由はナノの失策とは異なる。デザインなどの製品的魅力に対する評価が低かったことに加えて、部品の多くを欧州から輸入していたためコスト競争力が発揮されず、生産計画5万台の半数にも満たなかった。このため10年4月にはルノーとマヒンドラは合弁を解消し、マヒンドラがこの乗用車事業を引き継ぐことになった。11年4月にはマヒンドラ『ヴェリト』(Verito)としてモデルチェンジを行っており、販売回復を目指している。


◆自主ブランド育成を目指す中国

世界最大の自動車市場を擁する中国では、コスト競争力で優位性のある中国系メーカーの自動車販売が最近伸び悩んでいる一方で、外資系がシェアを伸ばしている。こうしたなかで中国政府は自主ブランドの育成・発展に政策の軸を移しており、市場競争はカオスの様相となっている。

中国政府は、これまで外資メーカーの進出を奨励してきたが、最近になって自主開発能力の獲得を目指して自主ブランドの育成・発展に政策の軸を変更。自主開発能力の獲得し技術水準の向上を図りたい考えだが、プレゼンス低下の懸念が増大している中国現地系メーカーの後方支援の思惑も見て取れる。これらを受けて中国一汽や上海汽車、東風汽車などが2010年頃から独自ブランドを投入しているほか、東風日産の「啓辰(ヴェヌーシア)」、広汽ホンダの「理念」などの合弁自主ブランドの製品投入も進んでいる。

一方で、11年の中国乗用車市場をみると、中国系ブランドと外資系ブランドの間で明暗が分かれ、中国系の不振が目立つ結果となった。乗用車市場全体(出荷ベース)が前年比5.2%増の1447万台に拡大するなかで、欧州系、韓国系、米系が13〜19%増と伸ばし、東日本大震災の影響を受けた日系も4.6%増となったが、中国系は2.7%減となりブランドの国籍別では唯一マイナスとなった。価格競争力などで優位性を持つ中国ブランドを横目に、製品力やブランド力に勝ると考えられる外資系が販売シェアを伸ばしている。


◆廉価ブランドに問われること

新興市場を狙う廉価製品について、「性能(デザインを含む)・品質」と「価格」をどうバランスさせ両立させるのかが最大の課題のひとつであり、難題だ。また、ブランドイメージをどう構築するのかも重要な問題となっている。新興国市場において、消費者の手の届く価格を実現するためには過剰な装備・性能の削減、品質の「最適化」などが問われるが、一方で高額商品であるクルマは依然として憧れの対象でもあり、またインターネットなどを通じて先進国市場で販売されている世界最新モデルを知るユーザーも少なくないため、魅力的な製品力・ブランドイメージを提供でなければ消費者から選ばれることはない。

では、実際に性能、品質、価格をどうバランスさせれば良いのか? 廉価製品が成功するための鍵のひとつが、低価格であることを全面に押し出しすぎないことかもしれない。例えば、日産が2014年に導入する予定の「ダットサン」について考えてみると、「日産より下(日産ブランドと比較して安かろう悪かろう)」というブランドイメージが強くなれば、その製品やブランドに対する魅力が低減するかもしれないが、「新興国の若年層のお客さんのために特別に開発した製品です(そして価格はリーズナブルです)」となれば顧客満足は上るかもしれない。「廉価・低コスト」と「ブランド」、2つの矛盾する(ようにみえる)考えを両立させることは容易でない。

《中田徹》

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