【インタビュー】iPadと“改善魂”を販売現場に持ち込むと何が起きるのか…トヨタ友山茂樹常務

自動車 ビジネス 企業動向
トヨタ自動車 常務役員 友山茂樹氏
トヨタ自動車 常務役員 友山茂樹氏 全 12 枚 拡大写真

トヨタにおけるITの活用はテレマティクス分野にとどまらない。同社はITをクルマのビジネスとサービスを進化させる重要なツールと位置づけ、ドライバーが日常的に使うテレマティクス以外にも様々な形でITの活用を行ってきた。

その中でも最も野心的で革新的なのが、中国市場から始まった「e-CRB」だ。これは販売現場の効率化・生産性の拡大を行いつつ良好な顧客との関係性を構築するというもの。求める方向性は「CRM(Customer Relationship Management)」の一種であるが、トヨタではより高度で包括的な「e-CRB(「Evolutionaly Customer Relationship Building)」と呼んでいる。

筆者と編集部では中国でのe-CRBの導入・活用について2007年から継続的にレポートしているが、それが今年、トヨタ自身が「次世代e-CRB」と呼ぶ大きな進化を遂げた。次世代e-CRBでは何が進化し、どのような方向を目指すのか。e-CRBの中心人物であり、トヨタにおけるIT戦略のキーパーソンであるトヨタ自動車 常務役員の友山茂樹氏に話を聞いた。(聞き手 : 神尾寿)

◆「カイゼン後は次のカイゼン前」

----:次世代e-CRBは以前取材したものから大きく進化し、iPadの活用を軸に販売現場でのオペレーションの大半が刷新されました。かなり大規模なリニューアルが行われたわけですが、これはいつ頃から計画されていたのでしょうか。

友山茂樹氏:約2年前ですね。次第に普及してきたタブレット利用を前提にe-CRBの仕組みを大幅に刷新したいと考えて、(業務改善に)前向きなディーラーを集めて簡単なデモンストレーションを行いました。その後、開発に一緒に取り組む販売店を募ってともに開発をすすめました。

-----:従来のe-CRBも画期的で完成度が高いものでした。それが問題なく稼働し活用されていた中で、なぜシステムからオペレーションまで大きく変わる次世代の開発を行ったのでしょうか。

友山氏: 我々にとってのカイゼンは、「カイゼン後は次のカイゼン前」なのです。システムを作っているわけではなく高度なオペレーションを作っているのです。では、高度なオペレーションを作る目的は何かというと、お客様の満足度を上げるということ。そして、お客様の求めることは変わっていきます。また、技術の面でも環境は変わっていきますから、それらを積極的に取り入れて継続的な進化・刷新をしていかなければなりません。

実際のところ、システムは投資回収さえできればいつ捨ててもいいんですよ(笑)。重要なのは、お客様も技術も変わっていく中で、常に最良のものを作り続けるということなのです。

◆iPadをスタッフ全員に配布

----- 次世代e-CRBで重視されたポイントはどのようなものでしょうか。

友山氏:従来のe-CRBは、販売現場の「見える化」と、販売スキーム全体を効率化するための「管理」に重きが置かれたものでした。それが実際の販売現場で導入・稼働して、(当初に見込んだ)一定の効果を上げてきました。しかし、その反面、販売現場に足を運んでみると、来店したお客様の初期対応がすぐにできていなかったり、セールススタッフの数に対して商談ブースのPCが足りないなど、お客様満足度の観点で様々な課題・問題が顕在化してしまったのです。

これは我々の反省点なのですが、ディーラーの生産性が上がることが、そのままお客様の満足度につながるものと考えていました。ところがe-CRBは販売店ビジネスの可視化・効率化による収益拡大には大きく寄与しましたが、それがお客様満足度の向上にはきちんと結びついていない部分があった。接客をはじめお客様との接点のクオリティを高めて、効率化をお客様満足度向上に直結させるように変えなくてはならない。これが次世代e-CRBで重視したポイントです。

------:次世代e-CRBは、CS (顧客満足度)向上に注力して開発されたわけですね。

友山氏:そのとおりです。そこで具体的にどのような取り組みをしたかというと、まずはスタッフを端末や場所に縛られないようにすること。ここでiPadを活用することにしました。これで、見積もりや装備のシミュレーションを出すために数少ないPCや商談スペースを取り合う必要がなくなり、実質的な接客時間を増やせるようになりました。また値引き交渉もマネージャーを探したり電話を呼ぶ必要もなく、e-CRBから上司へ値引き交渉の問い合わせ・承認が可能になっています。いつでもどこでも全員がe-CRBにアクセスし、情報共有ができるようになったことは大きいですね。

-----:ただ、従来のe-CRBが稼働する中での大規模なシステム刷新とオペレーションの変更には、現場からの反発や再教育の難しさなどなかったのでしょうか。

友山氏:もちろんありましたよ。うまくいっている販売現場のオペレーションであればあるほど変えるのは難しい。そこで我々は、次世代e-CRBの開発において販売店側にも協力してもらい、新システムの暫定版を導入してみて現場の声を聞くという作業を繰り返しながら開発していきました。新車販売向けのシステム開発に約半年、サービス部門向けで約1年ほどかかっています。この期間は販売店のスタッフに開発陣が張りついていました。ただ振り返ってみますと、そうやって販売店で二人三脚の姿勢だったからこそ、販売店側のスタッフにも参加意識が芽生えて、今までとまるで違う次世代e-CRBが受け入れられたのだと思っています。

----- iPadを用いて販売店のオペレーションそのものが一新されたけれども、それは「販売店の中で培われたもの」だったから受け入れられやすかったわけですね。

友山氏:ええ。すでに導入済みの店舗での実績を見ますと、4日間の教育と3日間の現場フォローで8割以上の利用率になっている。これは開発段階から販売現場に密着してきた効果が大きかったですね。

◆イメージが現実になると新たなイメージが沸いてくる

-----:広汽トヨタでは次世代e-CRBはどのようなスケジュールで導入・展開されてきているのでしょうか。

友山氏:先行導入店舗では新車販売向けが昨年8月、サービス部門向けは昨年12月に導入しました。広汽トヨタの販売店全体として、新車販売向けは2013年中に展開します。サービス部門向けは展開計画を組んでいるところですね。もちろん、この展開中もシステムの小改良は続けていきます。しかし、すべてクラウドサービスという形を取っていますので、バージョン違いが発生することはなく常に最新"走りながらカイゼンを続けていく"という感じですね。

-----:次世代と言えども今のバージョンでひとまず終了ではないのですね(苦笑)

友山氏:もちろんです。多くの店舗に広げながら顕在化した課題をフィードバックしながら、よりよいものにしていきます。重要なのはシステムではなく、オペレーションの部分ですからね。

-----:友山さんが理想とするe-CRBの理想型から見て、今は何合目くらいまで完成したという評価なのでしょうか。

友山氏:まだまだですね。初期のe-CRBを導入した時は、実際に現場での稼働を見る前でしたので(理想型から)8合目くらいの完成度までできているじゃないかと思っていました。ところが実際に稼働してみたら、それが7合目に下がり、6合目に下がりと、なんだ全然できてないじゃないかと(笑)

-----:ゴールが遠のいてしまった(笑)

友山氏:e-CRBのようなものは実際に実店舗に配備してみると、新たなイメージがわいてくるのですよ。また、(店舗の)スタッフが使いこなしてくると、「だったら、これもできるじゃないか」と次なるカイゼンのポイントも見えてくる。理想がさらに高くなり、現在(稼働中のバージョン)の完成度が落ちていく。

もちろん、現場の活用を見て感心したことも多々あります。例えば、点検整備などのサービス部門のピットでも、iPadを用いてe-CRBをきっちりと使いこなしていたこと。セールススタッフは当初からe-CRBを使っていましたから、(たとえ再教育が必要でも)次世代e-CRBも受け入れられると考えていました。しかし、以前はダイレクトにe-CRBの端末を使っていなかったサービス部門のエンジニアまで、きちんと受け入れてくれたことには感動しました。

-----:次世代e-CRBになり、広汽トヨタの販売店では販売部門からサービス部門まですべてのスタッフがiPadを持って、より先進的で効率的なワークスタイルを実現できるようになった。中国市場でここまで大きな変革ができるのだとすると、今後の他国展開についても期待したいところですが、いかがでしょうか。

友山氏:まずは中国での水平展開が先になります。広汽トヨタだけでなく一汽トヨタとレクサス販売網。その後にはタイとインドにも次世代e-CRBを広げていきます。新興国には着実に入ってくる。一方、日本は多くの販売店の方々に、まずは(広汽トヨタでの)次世代e-CRB活用の現場を見てもらい、その効果を知っていただきたいと考えています。その中でもいくつかの販売店は、導入に積極的な姿勢になっていただけるでしょう。しかし日本全体として見ると、(e-CRB導入は)やはり大きな変革になりますので、理解していただくのに少し時間がかかるでしょう。

------:今回の次世代e-CRBで、スタッフ側の端末がiPadになって柔軟性や運用性が上がっています。それによって導入されやすくなる、という効果はあるのでしょうか。

友山氏:それはありますね。まず、確実に投資コストが下がります。先行導入店での実績では、従来より初期投資コストが3割ほど下がっています。また、PCを使わないことで固定席を廃して店舗の施設利用効率が上がりますし、細かなところではWi-Fi利用で配線などもいらなくなる。ですから、導入のハードルはかなり下がることになります。

------:教育コストの部分ではどうでしょうか。

友山氏:導入時にはe-CRBそのものの教育が必要になりますが、その後のオペレーションでは低コスト化の効果があります。例えば、これまで新車種が投入されると紙の販売マニュアルや映像資料などを用いて要点を学習しなければならなかった。しかし、次世代e-CRBではiPad上でeラーニングのシステムが利用できますし、商談をしながらそれぞれのお客様にあった仕様・オプションなどがリコメンドされる機能もある。車種ごとに細かな教育・学習をしなければならないという負担が減ります。こういった点を踏まえれば、トータルでの教育コスト低減効果はかなりあるでしょう。

------:iPadを組み合わせたことで、次世代e-CRBの導入効果と可能性はかなり大きくなったと言えそうですね。

友山氏:スティーブ・ジョブズに大いに感謝していますよ。e-CRBのようなBtoBのクラウドサービスにとって、iPadのような使いやすいタブレット端末の組み合わせはとても大きな効果を生んでいます。

◆データによって「お客様を知る」ことの重要性

-----:次世代e-CRBによってスタッフ全員が「1人1台の情報端末を持つ」という状態になりました。いわば、すべてのスタッフがプローブ化された状態になります。今後はあらゆる業務情報がiPadを通じてクラウド側に収集される形になるわけですが、ここで蓄積されたデータはどのように活用されていくのでしょうか。

友山氏:まず基本的なところでは、来店状況から見込み客や成約者の情報などは貴重なマーケティングデータとして活用されています。これらのデータはすぐに集計・可視化されますから、キャンペーンを実施したら、リアルタイムにその効果がわかる。これはディストリビューターのビジネスにとって、とても重要なことです。例えば、AとBという販売店があった場合、キャンペーン実施時の来店者数がほぼ同じでも、試乗者数が少なくて結果として成約率も悪い。そういう状況が手に取るようにわかりますから、地区担当者が各販売店に適切な指示が出せるわけです。

-----:次世代e-CRBでは顧客の属性情報も細かくなっています。プロファイルごとの傾向分析などもできそうです。

友山氏:今は情報の蓄積と可視化が主ですが、今後は(ビックデータの)科学的な傾向分析などを行っていきます。e-CRBではお客様の家族構成や趣味、来店してから購入に至るまでの経緯、その後のアフターサービスの利用状況、そして代替えで次のクルマを購入されるまでの情報をすべて収集し、分析していきます。これはマーケティング的に見ても、今後の商品開発として見ても、とても重要な資産になっていきます。

-----:自動車販売のビジネスだけでなく、トヨタの本業である自動車開発でも、ビッグデータが活用される可能性は大きいわけですね。

友山氏:そのとおりです。また、こういったビジネス的な視点だけでなく、今後はお客様向けのテレマティクスでも蓄積されたビックデータは有用になっていきます。お客様が求める適切なサービスやコンテンツを提供する上で、ビッグデータによって「お客様を知る」「お客様を理解する」ことはとても重要になっていきます。

-----:その場合に気になるのが、ユーザーアカウントの管理についてです。現在、G-BOOKなどクルマ向けのテレマティクスでは「1車両 = 1アカウント」で管理されています。一方、e-CRBでは「購入者 = 1アカウント」です。他方で、クルマの場合は同じクルマを家族で使うなど、複数のユーザーが使うケースがある。今後のクルマとスマートフォン連携などを考えた場合、いま運転しているのは誰かという「1ユーザー = 1アカウント」という認証が必要になるのではと思うのですが、いかがでしょうか。

友山氏:そこはスマートフォンを使う形になるのではないでしょうか。我々は将来的にクルマにワイヤレスの充電器を用意し、クルマに乗ったらスマートフォンを充電しつつ、クルマと連携させるというビジョンを持っています。ここでスマートフォン側での認証を使えば、実質的に「1ユーザー = 1アカウント」という形になります。

-----:なるほど。スマートフォン連携をうまく使うことで、アカウントの問題を解決するわけですね。

友山氏:我々は緊急通報サービスの提供や車両情報の収集などを鑑みて、将来的にはすべてのクルマにDCMを搭載したいと考えています。他方で、スマートフォンはどう活用するのかというと、大容量データ通信のテザリングや(スマートフォン向けサービスの)ミラーリングといった使い方が考えられる。このスマートフォン活用のひとつとして、ユーザー認証というのも考えられます。

-----:クルマとスマートフォンを連携させることで、「誰が乗ってきたのか」を判別するわけですね。

友山氏:個人判別をどこまでやるのか、という点では、まだ検討中な部分も多々ありますが、仕組みとしてはそういったことは可能だと思います。

◆トヨタ生産方式は進化してトヨタ販売方式になっていく

-----:e-CRBは広汽トヨタが母体となって、中国市場の拡大とともに進化してきました。一方で、中国における日本車のビジネスは昨年の反日運動で逆風にもさらされた。そういった中で、e-CRBが果たした役割などありますでしょうか。

友山氏:自動車ビジネスというのは社会的な影響を受けますから、常に順風満帆というわけにはいきません。昨年の反日運動で広汽トヨタの販売が厳しい局面に立たされたのも事実です。しかし、そこではe-CRBの存在が大きく役立ちました。新車販売が落ち込んでもサービス部門の収益が経営の下支えをし、さらに既存顧客のトヨタ離れを防ぐことにも貢献した。ディーラーも自信を失っていない。e-CRBが顧客との関係をしっかりと構築していたからこそ、広汽トヨタはいちはやく厳しい局面から回復することができました。

販売店によっては半分のセールスマンが辞めていったところもありますが、e-CRBで標準化されたディーラーオペレーションは新しい社員の即戦力化が行えました。

中国でビジネスをするならば、最高の技術と最高のサービスを投入し、顧客と最良の関係を築かなければなりません。e-CRBがこの中国で進化し続けている意義は、そこにあると思います。

----:e-CRBはさらに進化していく、と。

友山氏:e-CRBのそもそもの始まりは、現社長の豊田章男が1996に「トヨタ生産方式(TPS)のノウハウを販売現場にもいれたい」という業務改善活動です。TPSはリードタイムをどんどん短くするものですから、究極は生産現場と販売現場との距離がなくなり本当の意味でのリアルタイムになる。そう考えると、トヨタ生産方式は進化することでトヨタ販売方式と一体化してゆく。それを求めて現場とともにカイゼン進化していくのが、e-CRBと言えるでしょう。

《神尾寿》

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