コメ買い取り制度が致命傷? タイ首相、弾劾・失職の危機

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ウォラウィット社長の辞任を要求するGSBの行員(18日)
ウォラウィット社長の辞任を要求するGSBの行員(18日) 全 8 枚 拡大写真

【タイ】タイのタクシン元首相派インラク政権による事実上のコメ買い取り制度「コメ担保融資制度」が弱体化した政権の致命傷になりかねない見通しとなってきた。

 タイ汚職取締委員会は18日、インラク首相がコメ担保融資制度による汚職、巨額の損失について知りながら無視したとして、職務怠慢、権力乱用で告発することを決めた。27日に首相を召喚して容疑を伝え、その後、議会上院での弾劾を請求するか、また、刑事裁判を求め検察庁に書類送検するかどうかを正式に決める。検察が起訴したとしても、刑事裁判は時間がかかる見通しだが、上院での弾劾は成立すれば首相失職となる。

 一方、コメ担保融資制度でコメ農家への支払いを担当するタイの国営金融機関、農業協同組合銀行(BAAC)に50億バーツを融資したタイ政府貯蓄銀行(GSB)は、この政策に反対する反タクシン派の野党民主党の支持者らによる取り付け騒ぎで、17、18日に預金数百億バーツが流出した。同行のウォラウィット社長は18日、責任を取り辞表を提出し、BAACに対する追加融資150億バーツは中止された。

 取り付け騒ぎが起きたのは、民主党の地盤であるバンコクと南部で、預金の流出額は17日1日で約300億バーツに達した。預金流出は18日も続き、一部の支店では用意していた現金がなくなった。また、GSBの行員の一部は融資に抗議して黒い服を着用して出勤し、ウォラウィット社長の辞任を要求した。

 テレビ報道によると、バンコクでは18日、「農家を支援したい」、「取り付け騒ぎを沈静化させたい」といった理由でGSBに口座を開き、1人で数千万―数億バーツを預金した実業家のグループもあった。ソムチャーイ元首相らタクシン派与党プアタイの幹部もGSBで預金口座を開設した。

 インラク政権は昨年12月、民主党が主導する反政府デモに屈して議会下院を解散、総選挙に踏み切った。これにより、政府の機能が選挙管理に限定され、コメ担保融資制度に必要な資金約1300億バーツの手当てができなくなった。政府はコメ買い取りの資金を在庫米の販売や銀行融資で工面しようとしているが、政府間取引で中国に輸出するはずだったタイ産米120万トンについて、中国側の国営企業が契約破棄の意向を伝えてきたことが2月に入り明らかになるなど、在庫米の売却は難航している。銀行からの融資獲得も、GSBの取り付け騒ぎでさらに困難になったとみられている。融資がうわさされたサイアムコマーシャル銀行は18日にうわさを否定。コメ買い取り資金のための国債を購入するといううわさが立った国営空港運営会社エアポーツ・オブ・タイランド(AOT)では18日、社員による抗議集会が行われた。

 コメの買い上げが滞ったことで、コメ農家によるデモが地方や商務省本省などで発生。16日午後にはバンコク郊外のスワンナプーム空港の旅客ターミナル前でコメ農家十数人が外国人らにコメを渡し、窮状を訴える騒ぎがあった。17日にはインラク首相が臨時オフィスを置いているバンコク郊外の国防次官事務所にコメ農家のデモ隊が侵入し、首相との直接対話を要求した。

 インラク首相は18日、テレビ演説を行い、反政府勢力の妨害でコメ農家への支払いができなくなったと主張。政権を転覆し、非民主的な政府を打ち立てることを狙った政治ゲームの人質にコメ農家がなっているとして、反政府勢力を非難した。また、汚職取締委に対し、政治目的のために捜査を行わないよう求めた。

 コメ担保融資制度はインラク政権の目玉政策の一つで、政権発足直後の2011年10月に導入された。政府が市価の約4割高でコメを買い取ったため、コメ農家には好評だが、タイ産米は価格上昇で輸出量が激減し、2012年には1981年以来初めてコメ輸出世界一の座から転落した。

 買い上げたコメの転売はほとんど進まず、膨大な在庫を抱え、最終的に数千億バーツの損失を出す見込みだ。財政負担が重い割に政策効果が低いとして、国際通貨基金(IMF)やタイ国内のエコノミストから、早急に制度を打ち切るべきという意見が相次いだ。コメ買い取り資金の大半が精米業者、輸出業者、政治家、大規模農家にわたり、汚職の温床になっているという指摘もある。

 今年1月には、この制度をめぐり不正が行われたとして、汚職取締委がブンソン前商務相、プーム前副商務相ら15人を刑事告発した。汚職取締委によると、ブンソン商務相らは農家から買い取ったコメの一部を政府間取引で中国に輸出したとしていたが、実際にはコメは輸出されず、タイ国内の業者に販売された。取引は帳簿に掲載されず、脱税の疑いも強いという。

 コメ担保融資制度に関する汚職防止委の調査は微妙なタイミングで進んでいる。インラク首相の弾劾が行われる可能性があるタイの議会上院は定数150で、タイの全77都県から各1人を選挙で選び、残る73人を憲法裁判所長官、最高裁判事、選挙委員長らからなる反タクシン派色の強い委員会が選出する。任期は6年。3月2日に任期満了となり、3月30日に選挙が行われる。

 現在の上院で強硬な反タクシン派は40人程度とみられる。しかし、次の上院は選出制議員のほぼ全員が反タクシン派になるとみられ、反タクシン派は選挙である程度の議席を抑えれば、容易に過半数を抑えられる見通しだ。こうした状況になれば、インラク首相の弾劾が成立する可能性は高まると予想される。

 首相が失職した場合、問題になるのは後任選びだ。憲法の規定で、首相は下院議員から選ばれるが、下院は現在解散した状態で、今年2月2日に行われた下院選では、民主党が選挙をボイコットした上、反政府デモ隊が投票を妨害し、下院議員の数が下院開会に必要な定足数に達していない。選挙委は投票が行えなかった選挙区での選挙を4月下旬に行う方針だが、憲法では下院選の投票日から30日以内に下院を開会すると規定されており、2月2日の下院選はこの規定に違反したとして、無効となる可能性がある。こうした状況で首相が失職すれば、タイは政府が存在しないまま漂流することになりかねない。

《編集部》

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