トヨタ自動車がトヨタ生産方式の哲学を農業にも活かそうと米生産農業法人向けに開発した農業IT管理ツール「豊作計画」。農林水産省の「先端モデル農業確立実証実験」に採択され、愛知県、石川県の米生産農業法人9社に対して4月から提供された。
トヨタ自動車でIT情報事業を統括する友山茂樹常務役員に、「豊作計画」の狙いとその想いを聞く機会を得た。
◆2009年からトヨタ生産管理手法の稲作への活用を検討
----:これは、ディーラー業務をITクラウドによって最適管理するe-CRB(evolutionally-Customer Relationship Building)の農業分野への応用か。
友山茂樹常務(以下敬称略):まさにそのとおり。トヨタ生産方式の工程管理の思想をクラウド技術で見える化して管理する考え方は同じだ。テレマティクスやe-CRBで培ったクラウド構築のノウハウを投入している。
----:G-BOOKやe-CRBと同じクラウドシステムを使っているのか
友山:今回はテレマティクスとは違い小規模なのでセールスフォースを使っている。クラウドの使い分けも経験値からくる。
----:なぜ、ディーラー業務改善の次が農業分野だったのか。
友山:トヨタの経営陣、たとえば張名誉会長も農業には個人的に非常に関心が高く、2006年から茨城県の農家とトヨタ生産方式による改善活動に取り組んだり、愛知県の農業法人などが集まる稲作研究会などにトヨタとして関わっていた。トヨタ社員の行動規範を定める豊田綱領にも「産業報国」という言葉があるように、自らの技術で国や地域に役立ちたいという気持ちがある。縁あって鍋八農産さんと知り合って、2009年から稲作とトヨタの生産管理手法を結び付けられないか検討してきた。
◆「稲作Bigデータ」で競争力強化を
----:トヨタと農業とクラウドの関連は。
友山:今回、ITクラウドを利用するのが良いと判断した理由として、先にも述べたようにe-CRBやテレマティクスでクラウドでのトヨタ式工程管理構築のノウハウを得ていたことがまずある。つぎに農業法人の規模はディーラーよりも非常に小さく、個別のシステム導入は困難でありクラウドでのサービス導入が最適であること。さらに、これは豊作計画をつくる過程でわかったことだが、稲作のやり方は各地域、各農業法人、各農家でさまざまあり、みなさん美味しいお米のために試行錯誤を繰り返している。しかし、稲は1年に1回しか育たないのでカイゼンは年単位になってしまう。複数の水田、複数の農業法人で行い情報共有することでカイゼンのスピードは何倍にもなる。「稲作Bigデータ」としてクラウドに集まったデータを様々な指標をもとに分析すれば、日本の農作物はもっと美味しくもっと効率よくつくれるようになり、結果として競争力も増す。
----:TPPを見据えた日本の農業強化が産業報国に繋がると。
友山:トヨタの農業への取り組みはTPPが話題になる以前からだ。豊作計画の開発も2009年から取り組んでいる。TPPの自動車輸出と農業への取り組みをセットと考えるのは事実と反する。
----:豊作計画の提供が農業法人である理由は。
友山:例えば鍋八農産さんは800の農家から委託された2000枚の水田約170ヘクタールの農作業をこなしている。これまでは書類や紙地図を使って作業割り振りを行っていたが、間違いも多く効果的な作業ができていなかった。日本にはこのような農業法人が2万社ほどある。実際に働くスタッフは30代が中心でスマホも扱える。
◆農業ではなく、情報事業による農業支援
----:3年間の実証実験の後には事業化を視野に入れているのか。
友山:9法人と取り組む2014年の稲作はすでに始まっている。希望があれば2015年以降により多くの農業法人に利用してもらいたいが、事業化に値するほど多くの法人に使ってもらえるかは未知数だ。事業体制を取る必要があるかどうかは今後見定めたい。
----:もし、規模が大きくなった場合、豊田佐吉が自動織機を、豊田喜一郎が自動車を、豊田章一郎の代に住宅事業に取り組んだように、トヨタは新しい事業領域として農業を考えることもあるのか。
友山:豊作計画はまだ事業というよりも社会に対する貢献活動のひとつと捉えて欲しい。またこれは農業ではなく、情報事業による農業支援。そういう意味では情報事業は新たな事業領域として真剣に取り組んでいる。ただ情報事業は自動車の領域とも密接に関わってきている。他業種との情報事業を通じた交流は本業にも生きてくる。
----:巨大なトヨタが利益度外視で参入することで、本来育たなければならないこの分野のビジネスが育たなくなる危険性は。
友山:クラウドサービスといえども、トヨタの人間も一緒に水田に入り現地現物でサービスを開発してきた。新法人への導入に際しても直接現場に入っての導入支援は欠かせない。知れば知るほど農業はそんなに甘いモノではないと感じている。