大阪市住吉区長峡町。大正2年生まれの1435mmゲージ、阪堺電軌上町線の住吉と住吉公園の間が廃止されて2日がたった。現場に立ってみると、その200mの線路の周辺は、黄色い柵で囲われた意外は“普段どおりの駅前”だった。36枚の写真とともに見ていこう。
「うーん。そりゃ寂しいけど、客が増えるとか減るとかっちゅう話になっと、変わらんね。もともとおととしにガクって減ったからな」
そう話すのは、駅前で飲食店を営む店主。阿倍野区に2014年、全面開業した新ランドマーク「あべのハルカス」への客の流れにあわせ、 阪堺電軌は南北方向の輸送需要にこたえるように、“支線”のような存在の住吉~住吉公園間の運行本数を7割以上も減らした。その“ハルカスシフト”から1年半後の2015年8月、この区間の営業運転をやめることを決め、1月31日からわずかに残っていた電車の往来が消えた。
2月1日、南海の住吉公園駅で電車を降り、役目を終えた軌道のまわりを歩いてみると、紀州街道や汐掛道のにぎわいは普段どおりだった。午後、上町線と阪堺線が交差する“ひし形”部分は、阪堺線方面も上町線方面も線路が鈍く光っていた。
また、住吉電停付近にある職員詰所のまわりに保線作業員の姿があった。レールに油をさす彼らは、電車が通らなくなった住吉公園電停方向のレールにも黒い油をなでるように塗っていた。
住吉区に住む24歳のフリーター女性は、「廃止になってもそうでなくても、変わらないところが微妙。でも、集中するところと切り捨てるところがあるっていうのを、地元の人たちはリアルに感じてるかも」と話していた。また、わずか200mの“電車消滅”に「新しいチャンスかも」と語る30代もいた。
「阿倍野のほうがにぎやかになって、住吉で乗り換える人も増えてくると、このあたりの“寄り道価値”もあがるかんちゃうかなと。居酒屋とかはちょっと客が増えたっていうし」