【トヨタ ヴェルファイア 800km試乗】顧客の思いを先回りした成功例…井元康一郎

試乗記 国産車
トヨタ ヴェルファイア ハイブリッド ZR Gエディション
トヨタ ヴェルファイア ハイブリッド ZR Gエディション 全 25 枚 拡大写真

トヨタ自動車のラグジュアリーミニバン『ヴェルファイア』で800kmあまりツーリングする機会があったのでリポートする。

ヴェルファイアは高級ミニバン屈指の成功作となった『アルファード』が第2世代モデルに切り替わった2008年、その兄弟モデルとしてデビューした。現行モデルである2代目は2015年1月に登場した第3世代アルファードと兄弟関係にある。大半の部品は両モデル共通だが、フロントとリアのデザインは明瞭に差別化されている。アルファードが古典的な価値観にもとづく高級感の演出がなされているのに対し、ヴェルファイアは相当に“ワル”なイメージでデザインされている。

試乗車は最上位から2番目の「ハイブリッド ZR Gエディション」。豪華なレザーインテリアを持ち、1列目から3列目まで快適性は十分。とくに2列目は車両価格700万円超という最も高価な「エグゼクティブラウンジ」に比べるとやや小ぶりなものの、十分以上にたっぷりとしたサイズのキャプテンシート。また、前後席液晶モニター、カーナビ、JBLサウンドシステムなどオプションが多数つけられており、試乗車の参考価格は650万円に達していた。

試乗ルートは東京・葛飾と愛知・安城市の往復で、総走行距離は815.0km。道路の比率は市街地2、郊外路および山岳路5、高速道路3。走行条件は全区間ドライ、1名ないし2名乗車、エアコンAUTO。

乗り心地の良さ、遮音性はレクサスLSをしのぐ

まずはトータルのインプレッションから。現行ヴェルファイアは、威圧的な外観や豪華さてんこ盛りのインテリアといった見かけこそ成功作となった旧型をリファインした程度の変化だが、シャシーが新設計された効果は絶大で、クルマの中身は長足の進化を遂げていた。全備重量2.2トンという重量級ボディにモノを言わせた圧倒的なクルーズ感、中低速域での驚異的な乗り心地の良さ、遮音性の高さなどは、トヨタの高級車ディビジョン、レクサスのトップモデル『LS600h』をしのぐほどだった。

クルマとしてのバランスは良くなく、ドライビングも退屈だが、クルマの楽しみはドライビングだけで成り立っているわけではない。クルマで友人、客人、家族をもてなしたい、ひたすら安楽な移動を楽しみたい、豪華なクルマを他人に見せびらかしたいといった顧客層にとっては、このクルマを所有、運用すること自体がプレジャーになることだろう。

では、細部についてみていこう。現行ヴェルファイアの最大の美点は“動く応接室”と表現すべき安楽さ。単に内装が豪華というだけでなく、防振、防音が徹底されているうえ、重量級ボディと柔らかめのサスペンションセッティングの組み合わせにより、ローリング、ピッチングとも非常に穏やか。剛性やサスペンションの容量が大幅に引き上げられた効果はてきめんだった。

旧型ヴェルファイアは押しの強い外観や豪華な内装で顧客の心をつかむことに成功したが、実際に運転してみると、静粛性は大したことがなく、乗り心地もちょっと路面が荒れると途端に低質さが顔を出してがっかりさせられたりした。新型ではそのような旧型のネガは全部解消されていた。市街地では道路の補修跡や段差、アンジュレーション(うねり)などの不整をほとんど全部タイヤ、サスペンション、ラバーマウントで吸収するようなイメージ。また、ボディの遮音材やガラスも良いスペックのものを使っているようで、室内はまるで外界と隔絶されたように静かだった。

高速道路やバイパスなど、速度レンジが上がっても基本的には快適そのものだ。現行ヴェルファイアはボディの揺れ方のコントロールがとても上手い。この種の大型ミニバンやSUVのようなロールセンターと乗員の上体の距離が長いクルマの場合、クルマがちょっと揺れただけでも身体の移動量が大きくなる。その条件で乗り心地を良くするカギとなるのは、揺れの加速度を小さくすることだ。

現行ヴェルファイアはアンジュレーションを通過したりワダチを踏んだりしても、ロール方向への車体の揺れも、そこから水平への戻りもゆったりしており、身体へのストレスは非常に小さいものだった。このあたりの味付けのポリシーは、スポーティさを無理矢理出そうとして揺すられ感が強く出てしまっていたレクサスのクロスオーバーSUV『RX』よりよほど優れていた。

一点豪華主義的な味付け

乗り心地については弱点もある。速度が上がってくると路面コンディションによっては、動きそのものは悪くはないものの、滑らかさが大きく失われる傾向があった。たとえば新東名高速のような良路では水の上を滑るような乗り心地が保たれるものの、旧東名高速道路のように路面の荒れがきついところではブルブルという振動が発生するのが気になった。中低速域での壮絶な乗り心地の良さはアッパーマウントラバーの柔らかさに相当依存しているようで、そのぶんホイールの上下動のスピードが上がったり、幅が大きくなったりするシーンではラバーの変形とサスペンション本体の上下動との調和が崩れ気味になる。

もっとも、これは運転席&助手席での話。ツーリング中、一部区間で人を乗せる機会があり、2列目のキャプテンシートに座ってもらったのだが、運転席でフィールが大きく落ちるようなシーンでもホイールベース中央に近い2列目では乗り心地の悪化は最小限にとどまるようだった。

ラバーの柔らかさの弊害が出るもうひとつのシーンは山岳路。帰路、海沿いで写真を撮ろうと考え、沼津から伊豆半島の戸田温泉に向かった。伊豆西岸は東岸と異なり、ワインディングロードが多い。そういうところを走るのは、現行ヴェルファイアの一番の苦手科目だった。重量級でロールセンターも高いクルマだからというのではなく、クルマが今どういう状況であるかという情報がシートやステアリングにほとんど伝わってこないため、体感でクルマを走らせることができないのだ。

本来なら、もう少しサスペンションをバランスよくセッティングして、道路環境の変化への適応力を高めるところなのだが、現行ヴェルファイアの開発陣は苦手な道路は苦手と割り切り、得意な道路でのパフォーマンスを高めるという道を選んだものと推察された。筆者個人としては、そういうセッティングは邪道と考えるクチなのだが、中低速における驚異的な乗り心地の良さとタフネスを両立させるとすれば、600万円台になど到底収まらないであろうことを考えると、こういう一点豪華主義的な味付けもありかとも思われた。

速さが欲しければ3.5リットルV6か

次に動力性能。試乗車のパワーユニットはエンジン出力112kW(152ps)、ハイブリッド合成出力は145kW(197ps)、パワーウェイトレシオは11.2kg/ps。登り急勾配や高速道路の流入路など、全開ないしそれに近い加速度が要求されるシーンでは、パワー不足で困りはしないが余裕しゃくしゃくというわけでもないという印象だった。

ただし、トヨタのハイブリッドシステムは幅広い速度域でフルパワーを簡単に出せることから、いったん速度が乗ってしまえば十分パワフルに走ることができた。高速道路で優速な流れに乗ってクルーズしたり、短い区間で追い越しを完了することも朝飯前。それ以上の速さが欲しい場合は、燃費は悪いが3.5リットルV6を選ぶべきであろう。

ツーリング通算の満タン法燃費は13.1km/リットルであった。絶対値としてみれば良いとは言えないが、全備重量2200kgのモデルとしてみれば十分に納得のいく数値だろう。ちなみにこの数値は、現行『プリウス』で24km/リットル程度になるくらいのドライブパターンでのリザルト。途中、富士~沼津市街の一般道でちょっとだけエコランを試してみたところ、頑張りすぎなくてもひと工夫で15km/リットルは普通に超えられそうな感触であった。また、混雑した都内での燃費は推定12km/リットル程度。

ロングドライブ耐性は基本的には高い。フロントシートは見かけの立派さとは裏腹に、長時間の連続ドライブにはあまり向いていない印象だったが、2列目シートに着座していた同乗者は「これならどれだけ走っても大丈夫」と語っていた。フロントシートもウレタンのスペックが高くないだけで、姿勢が崩れるような設計ではなかったので、定期的に休息を取れば疲れはたまらないだろう。

JBLオーディオと前後席の大型モニターからなるアミューズメントシステムはサウンドチューニングがなかなか良く、ドライブ中に迫力のサラウンドで映画を鑑賞することも可能。静粛性が非常に高いので、2列目、3列目のパッセンジャーは上等なハイウェイバスに乗っているような気分に浸れることうけあいである。

顧客の思いを先回りした成功例

まとめに入る。現行ヴェルファイアは操縦性が悪い、運転行為自体は退屈といった欠点もあるものの、オプションてんこ盛りで650万円という価格帯としては限界に近い豪華さ、乗り心地の良さ、静かさを持つクルマであった。内外装のデザインは有体に言えばあらゆる部分が露悪的にすぎるが、そういう仕立てをすることに対する照れがまったくなく、徹底的に露悪を貫いているあたり、いっそすがすがしく感じられる。

現行モデルがデビューしたとき、開発担当者のひとりはセンターコンソールやダッシュボード、シートなど各部をどうデザインすればより力強く感じられるかということを徹底的に考え抜いたと語っていた。が、それは開発陣のこだわりのほんの一部分でしかない。ロングドライブ中、ナイトクルージングの時間帯にはインパネや運転席まわりの透過スイッチ類が都会の夜景を思わせるような表情で光ったり、七色に変わるインテリアイルミネーションが装備されたりと、まさに満艦飾である。

見逃してはならないことは、これらの演出をただ漫然と盛り込むだけでは、顧客の心をつかむものには到底ならないということだ。アルファード/ヴェルファイアの開発陣には、初代アルファードから連綿と関わってきたというスタッフが少なからずいたのだという。長年、こういうクルマが好きな顧客は何を望んでいるのかを懸命に考えているうちに、顧客が皆まで言わずとも彼らを喜ばせることは何かということを考え、顧客の思いを上回るようなクルマを先回りして実現させることができるようになったのであろう。

ヴェルファイアはモデルの性格付けとしては決して趣味のいいものではない。それを露悪的と断ずるのは簡単だが、筆者はそうは思わなかった。むしろ、顧客の心を知るという段階を突き抜け、顧客の心と同調するというレベルでクルマを作りおおせたという点で、きわめて意義深いモデルだと感じられた。トヨタはこういうクルマづくりの精神を水平展開するといい。たとえばレクサスクラスのモデルを買う顧客が本当の本当に望んでいるものなのは何なのか。その心を知れば、果たしてレクサスの各モデルは今のような仕立てになっただろうか。スポーツカーしかり、エコカーしかりである。

トヨタに限らず、自動車業界は今、世界戦略に振り回されて、顧客のニーズの汲み取りがきわめて表面的、おざなりになっている。何を買っても大同小異という白物家電路線を目指すというのなら良品廉価を極めさえすればいいのでそれで構わないであろう。が、先進国メーカーとして高付加価値を目指すのであれば、顧客の心になってみるということを今一度じっくり考えてみるべきだ。ヴェルファイアというアジアンローカルモデルを見て、そう思うことしきりであった。

《井元康一郎》

井元康一郎

井元康一郎 鹿児島出身。大学卒業後、パイプオルガン奏者、高校教員、娯楽誌記者、経済誌記者などを経て独立。自動車、宇宙航空、電機、化学、映画、音楽、楽器などをフィールドに、取材・執筆活動を行っている。 著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。

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