アウディが実用化した自動運転「レベル3」、レベル2との決定的な違いとは

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自動運転「レベル3」を実現したアウディのプロトタイプ車“JACK”に試乗する大谷達也氏。高速走行中ならハンドルを握っている必要がない
自動運転「レベル3」を実現したアウディのプロトタイプ車“JACK”に試乗する大谷達也氏。高速走行中ならハンドルを握っている必要がない 全 23 枚 拡大写真

7月11日にスペイン・バルセロナで開催されたアウディ・サミットでついにベールを脱いだ新型アウディ『A8』。シャシー系を中心に様々な新機軸が盛り込まれたこの次世代ラグジュアリー・サルーンに世界初の自動運転技術「レベル3」(ただし条件付き)が搭載されることは既報のとおり。

もっとも「レベル3は高速道路で主にハンドル、アクセル、ブレーキをコントロールする自動化システム」と聞けば、すでに量産化されているレベル2といったい何が違うのかという疑問を抱く読者も少なくないだろう。しかし、レベル3には自動車と人間の関わりを根本的に変えてしまう命題が含まれており、これを実用化するには技術面だけでなく、法学や哲学的な見地からの検討さえ必要となる。ここでは、レベル3の難しさと、レベル3を実現したアウディA8が登場した価値と意義について考えてみよう。
アウディサミットで発表されたアウディA8新型
◆自動運転の“レベル付け”
まずは自動運転の“レベル付け”に関して整理しておきたい。現在、日本を含む多くの国々で採用されているのはSAEが2016年に制定した定義で、これにはレベル0からレベル5までの6段階がある。それらをごくごく端的に説明すれば、レベル0は運転支援がなにもない車両、レベル1はアダプティブクルーズコントロール(ACC)が装着された車両、レベル2はACCにアクティブレーンキーピング(ALK)を組み合わせた車両となり、現時点で製品化されているのはここまで。

ただし、レベル2ですでに速度制御と進行方向制御の両方を行なっているので、レベル3以上になってもクルマの操作に関して自動制御される項目がさらに増えるわけではない。では、レベル3とレベル4の違いはなにかといえば「対応できる環境や条件が異なる」となる。たとえば、レベル3では「高速道路のみ」といった具合に交通環境が限定され、「システムの作動継続が困難になった場合はドライバーに運転タスクの義務が委譲される」という条件が付与される。したがって、ドライバーはいつでもシステムから運転を引き継げるようにスタンバイしていなければいけない。

レベル4ではシステムが作動できる環境の制約がなくなり、システムが作動できない状況に陥ってもドライバーが運転タスクを引き継がないケースがあらかじめ想定されている。つまり、自動運転でどこでも走れるし、仮に走れなくなったとしてもドライバーが手を貸す必要なない、というわけだ。

レベル5とレベル4以下の決定的な違いは、ドライバーが車両に乗っている必要があるか、ないか、にある。つまり、どこでも走れるし、いざというときでもドライバーが手を貸す必要がない点はレベル4もレベル5も同じ。ただし、レベル5ではドライバーがクルマに乗っている必要さえなくなる。裏を返せば乗員は免許を持っている必要もなく、酒を呑んでいても寝ていても構わない。まさに究極の自動運転である。

この説明ではレベル2とレベル3の違いがまだわかりにくいかもしれない。では、このふたつを分け隔てるものはなにか?それは責任の所在だ。前述のとおり、どちらもステアリング、アクセル、ブレーキなどをシステムがコントロールすることには変わりない。ただし、レベル2はあくまでも運転支援装置なので運転の主体はドライバーとなる。いっぽうのレベル3は、対応できる条件が定められているとはいえ、システムが作動中はドライバーではなくクルマが運転の主体となる。

では、レベル3作動中に事故が起きた際の責任は?これは法学的にも哲学的にも簡単には答えが出ない難問だが、アウディで自動運転技術開発を統括するアレハンドロ・ヴコティヒは「自動運転機能が正常に作動しているときに万一事故が起きたら、その責任はアウディが負います。これは一般的な製造者責任と同じことです」と明言する。ただし、この場合はシステムの作動状態を確認する必要があるので、レベル3装着車では飛行機のフライトレコーダーのようなデータレコーダーが必須になると考えられている。

もっとも、自動車メーカーが事故の責任を負うといっても、それですべてが解決するわけではない。ご存じのとおり、日本では自動車事故の責任として刑事、民事、行政の3つが存在するが、従来はいずれも人間が運転していることを前提に法律が制定されたため、自動運転の実用化に際しては法体系そのものを見直す必要性が指摘されている。このうち自動運転に関する対応が比較的早く固まりつつあるのは民事責任で、自賠責保険はたとえクルマに欠陥があることが証明されても免責とはならないので、レベル3作動中でも保険会社は被害者に保険金を支払う義務があるという。ただし、これはもともと自賠責保険に“被害者保護”としての役割が課せられているからで、自動車メーカーが事故の責任を負うべき合理的な理由がある場合には、保険会社があとでメーカーに賠償請求を行なうこともありうるそうだ(明治大学法科大学院 中山幸二教授による)。

いずれにせよ、国内法整備については関係各省庁などによって精力的に作業が進められているところ。しかも、自動運転が否定されるのではなく、いかにして円滑に、そして迅速に受け入れられるかを前提に検討が行なわれている模様なので、今後の推移を見守りたい。

アウディA8新型(アウディサミット)
◆アウディA8新型の挑戦
話を新型A8に戻そう。ドイツでは2017年晩秋に発売されるA8だが、自動運転技術が導入されるのは2018年以降となる。この時点で搭載されるレベル3自動運転機能は「中央分離帯のある比較的混雑した高速道路を60km/h以下で走行しているとき」に作動条件が限定されている。レベル3で高速道路に作動条件を限定するのは一般的といえるが、アウディはここにさらに60km/hという速度の上限を設けた。なぜか?前出のアレハンドロ・ヴコティヒに質問したところ「全車速に対応するには、ステアリング系にトラブルが起きた場合のフェールオペレーション(故障時の対処)を想定しなければならず、これには電動パワーステアリングに冗長性(言い換えればバックアップ機能)が必要になります。ただし、A8はステアリング系に冗長性を持たせていないので、60km/hを上限としました」との回答が得られた。

新型A8でもうひとつ限定されている条件が「同一車線内に留まる」というもの。つまり、A8のレベル3にはシステムが能動的に判断して車線変更を行なう機能を備えていないことになる。これに関してヴコティヒは次のように語った。「もしも後方から高速で接近してくる車両があった場合、A8に搭載されているセンサーではこれを検知できず、最悪の場合は追突される恐れがあります。そこでA8は車線変更を行わず、同一車線内に留まることにしました」 。同じ理由から、ドライバーが運転タスクを引き継がないなどの異常時であっても、クルマが路肩まで自動的に車線変更してそこで停止するという機能をA8は有していない。非常時にもやはり同一車線内で停止するのみ(ハザードは点滅させる)という。

斜め後方から迫る車両を確実に検知するのは実にやっかいな問題だ。というのも、直後に大型車が追随しているケースでは、この大型車が死角を生み出して斜め後方を検知できない可能性が生じる。実は、BMWはアウディのような制限条件のないレベル3自動運転を2021年に製品化すると宣言しているが、現時点で発表されている資料を見ると、どうやら後方はレーダーで検知するらしい。これで十分な検知能力が得られるのかどうか、今後の検証を待ちたいところだ。

自動運転に対してやや否定的とも受け取れる問題を提起したが、部分的にせよレベル3自動運転を実用化したのは新型A8が史上初。しかも、事故の責任を自動車メーカーが負うとなれば、慎重のうえにも慎重を期すのは当然といえる。そうした困難な命題にいち早くチャレンジしようとするアウディには心から拍手を贈りたいと思う。
アウディの自動運転プロトタイプ“JACK”
◆自動車線変更・追い越し技術はすでに確立
アウディがここに辿り着くまでには様々な研究開発を行なってきた。『RS7』に自動運転技術を搭載したプロトタイプカーの通称「ロビー」ならびに「ボビー」では、電子制御で限界的コーナーリングを行なう際のノウハウを学んだ。実は、私は2015年にアメリカのソノマ・サーキットで行なわれた実験に参加。ロビーが記録したタイムを、私が操る“手動運転”のRS7で辛くも打ち破るという経験をしている。

また、アウディ・サミットの直後には『A7』にレベル3自動運転技術を搭載したプロトタイプの「ジャック」にドイツで試乗し、その高度な“知性”に打ちのめされたばかりだった。というのも、このジャックにはすでに自動車線変更機能が盛り込まれていて、もしも自分の前方に設定速度よりも低い車速で走行する車両があり、隣接する追い越し車線を走行する車両がないと判断された場合、ジャックは「追い越し可能」であると自ら判断。“ドライバー”である私が何もしなくても、ジャックは自分でウィンカーを点滅させ、スムーズに車線変更を行い、追い越し後はもとの走行車線に自動で戻ってみせたのである。つまり、実用化するかどうかは別にして、アウディは自動車線変更や自動追い越しを行なう技術をすでに有しているのだ。

さらに驚いたのは、ジャックが見せたこんな“行動”だった。私を乗せたジャックが走行車線を走行中、インターチェンジの合流部分に差し掛かった。このとき、ジャックの斜めやや前方に決してペースが速くないキャンピングカーが1台走っていた。ここでジャックはこのキャンピングカーが自分と同じ走行車線に入ってくると予測したのか、ややペースを落として合流に必要なスペースを与えようとした。ところが、予想に反してキャンピングカーは合流せず、路肩側にもうひとつ追加された車線をそのまま直進していった。これを見届けたジャックは設定車速までおだやかに加速し、巡航を再開したのである。

ここまで周囲に溶け込んだ知的な交通マナーをジャックが見せたことに、私は軽い感動さえ覚えた。

ジャックと同じ自動運転技術を搭載したプロトタイプのA7は、2015年に開発されて以来、これまで3つの大陸で実験を重ねてきており、2017年7月からは一般ユーザーがジャックに試乗できるキャンペーンも実施されているという。そのうえで、アウディは安全が実証された機能に限って新型A8に搭載し、製品化しようとしているのだ。その姿勢は実に堅実といえる。

最後に、私がジャックに試乗した際、助手席に腰掛けて万一の場合に備えていた女性エンジニアのサンドラと交わした会話を紹介しておきたい。なお、ジャックの自動運転機能は高速道路限定のため、高速道路に入るまでの一般道は私が手動で運転した。サンドラと会話したのは、その後のことである。

私:「(冗談めかして)私の運転とジャックの運転、どちらが安心できる?」
サンドラ:「(真顔で)それはジャックよ。私はジャックに全幅の信頼を置いているの」
私:「……(無言)」
サンドラ:「ああ、でも、アナタの運転も悪くなかったわよ。ジャックほどじゃなかったけれど……」

これが世界初の自動運転を製品化しようとしているアウディの実力なのである。

大谷達也|モータージャーナリスト/AJAJ会員/日本モータースポーツ記者会会員
1961年生まれ、神奈川県出身。大学卒業後、電機メーカーの研究所にエンジニアとして勤務。1990年に、二玄社に入社し、CAR GRAPHIC編集部に配属。2002年、副編集長に就任。2010年よりフリーランスのライターとして活動を開始。現在は自動車雑誌、ウェブサイト、新聞、一般誌などに記事を寄稿。

《大谷達也》

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