【子ども記者】JAXA宇宙飛行士に直撃取材「宇宙ってどんなところ?」

宇宙 科学
宇宙飛行士になりたいマサヒロ君が大西卓哉宇宙飛行士にインタビュー
宇宙飛行士になりたいマサヒロ君が大西卓哉宇宙飛行士にインタビュー 全 5 枚 拡大写真

 「宇宙でおならをしたらどうなるの?」「宇宙ステーションで一番大変だったミッションは?」など、宇宙飛行士を夢見る少年が抱く素朴な疑問から、親が気になる、夢を実現した人の子ども時代の過ごし方や進路選択まで、JAXAの大西卓哉宇宙飛行士にインタビュー。

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 憧れの人や夢の職業に就いている人に子どもがインタビューする「子ども記者」シリーズ。今回は、宇宙飛行士になりたい小学2年生のマサヒロ君(7歳)が子ども記者としてJAXAの大西卓哉宇宙飛行士へ直撃取材した。

大西宇宙飛行士の実体験

マサヒロ君:はじめまして、よろしくお願いします。最初の質問です。宇宙でおならするとどうなりますか?

大西さん:よくマンガだと飛んで行ったりするのだけど、実際は全然体が動きません。体のほうが重いから、おならをしても全然動かないのです。地上は空気がぐるぐる回っています。宇宙ステーションも空気を回しているのだけど、地上ほど入れ替わらないので臭いは留まりやすいです。なので、人がいるところではあまりおならをしないように気を付けました。

マサヒロ君:宇宙に行くとき緊張しましたか?

大西さん:宇宙へ行く前は緊張していましたね。やはり危険なことなので、「もしロケットに何かあったらどうしよう」などと考えました。怖いというよりは、何かあったらどうしようかと。でも実際の打上げのとき、宇宙船の中に座って秒読みが始まったときにはとても落ち着いていました。何年もの間、準備をしてきたので、あれだけ大変なことをやってきたのだから「自分は大丈夫だ」という自信があったからです。

マサヒロ君:宇宙食で一番おいしいと思うものは何ですか?

大西さん:日本食はどれもおいしかったです。特にサバの味噌煮とカレーライスがおいしかったです。カレーライスは、牛肉・豚肉・鶏肉の3種がありましたがどれもおいしいですよ。外国の人たちにも人気があって、一緒に行ったロシアの人たちにあげたりしていました。

マサヒロ君:宇宙ステーションのミッションの中で一番好きなミッション、一番大変だったミッションを教えてください。

大西さん:たくさんの実験や研究をしたのですが、僕は子どものころから実験をするのが好きだったので、実験が一番楽しかったです。

 あるとき、宇宙ステーションの外に新しい装置を取り付ける仕事を、仲間の2人の宇宙飛行士が行いました。僕はその手助けとして、宇宙服を着せてあげたり、いろいろな準備をしたりしたのですが、とても緊張感のある仕事で、一番大変だった思い出です。

マサヒロ君:宇宙で一番心に残ったことは何ですか?

大西さん:宇宙でネズミを育てる研究をしていたのですが、12匹のネズミを35日間育て、一通り研究が終わっていよいよ地球に帰すときに、地上の人たちから歓声が上がったのを宇宙ステーションで聞いたときが一番うれしかったです。

子どもの素朴な疑問にもわかりやすく丁寧に答えてくれた大西宇宙飛行士
マサヒロ君:大西さんは、飛行機のパイロットだったと本で読みました。飛行機と宇宙船の操縦は似ていますか?

大西さん:いい質問ですね。似ています。車を運転するときはハンドルを握るでしょう。飛行機も一緒で、ちょっと形は違うけど両手で持って操縦します。宇宙船も同じような「操縦かん」というものを使うので、すごく似ています。でもひとつだけ大きな違いがあります。飛行機はずっと前に飛び続けていて、そこにとどまることはできないけれど、宇宙船はそこにとどまることができることです。

マサヒロ君:訓練で宇宙船操縦のシミュレーションはしていましたか?

大西さん:たくさんしました。宇宙船の中とそっくりな場所で、本番と同じような訓練を何十回もしました。

マサヒロ君:宇宙を目指したきっかけは、映画「アポロ13」だそうですが、何歳のときに観たのですか?

大西さん:19歳の大学生のときでした。でも一番最初に宇宙を好きになったきっかけは、7歳のころに観た映画「スターウォーズ」です。

マサヒロ君:映画「アポロ13」のどんなシーンが印象に残っていますか?

大西さん:あのころ、宇宙船は月に行こうとしていて、その途中で酸素を入れておく容器が爆発してしまうなどいろいろな問題が起きたんです。もう帰ってこられないかもしれないという危ない状況を、宇宙飛行士たちと、地上で宇宙飛行士をサポートする人たちが一生懸命考えて、ひとつひとつの問題をクリアして無事に宇宙飛行士たちが地上に帰ってきたところに感動しました。

マサヒロ君:最後の質問です。地球ではどんなお仕事をしていますか?

大西さん:いろいろな仕事をしています。宇宙ステーションに滞在している宇宙飛行士たちと言葉をやりとりをする仕事もしています。具体的には、宇宙ステーションにいる宇宙飛行士たちに「こういうことをしてください」と伝えたり、彼らから「ここはどうなっているのですか」という質問があったときに答えたりする仕事をしています。また、僕はもう1度宇宙に行きたいので、英語やロシア語の勉強は続けています。

マサヒロ君:僕ももっと本を読んで、宇宙飛行士になれるように頑張ります。今日はどうもありがとうございました。

 キラキラした少年の目をしっかりと見つめ、丁寧に実体験を話してくれた大西宇宙飛行士。宇宙飛行士への道を大西宇宙飛行士はどのように歩んできたのか。そして、どのように夢を叶えたのか。マサヒロ君と同じように「宇宙飛行士になりたい」「宇宙へ行きたい」という夢を持つお子さまの保護者が気になることについて、編集部から質問した。

宇宙飛行士への歩み~転勤族の小学生時代に身に付いた新しい環境に溶け込むテクニック

編集部:どんな幼少時代を過ごしましたか? 小学生のころのことを教えてください。

大西さん:父親が転勤族だったので、小学生のころは何度も引っ越しをして、小学校は4校通いました。そのころの経験が今も生きています。新しい環境にポンと放り込まれても、自分なりに工夫して新しい環境に溶け込むテクニックを、子どものころに自然に身に付けました。今もいろいろな国の人たちと仕事をしたり、いろいろな場所に行って急に仕事をしなければならなかったりすることがあるので、子どものころにいい訓練ができたかなと思います。

 でも、特別目立つような子どもではありませんでした。運動は苦手ですし、目立ったり、クラスでリーダーをやったりするタイプでもなかったので、たぶん同級生に聞いても印象に残っていないと思います。普通の子どもでした。

編集部:得意な教科・苦手な教科は何でしたか?

大西さん:好きなのは算数や理科、日本の歴史でした。父親がよく「○○のひみつ」シリーズを買ってくれて、それをとても楽しみに読んでいました。子どものころに本を読むことは大事だと思います。それで興味が絞られたりしてきますね。

 逆に体育は苦手でした。かけっこは遅いので、クラスでも後ろから数えたほうが早いくらい。今も運動は苦手です。宇宙飛行士といってもアスリートのような運動神経は求められません。

大西卓哉宇宙飛行士
中高生時代の物理の先生との出会い、そして東大へ

編集部:中学生から大学生のころはどのような勉強をしていましたか?

大西さん:中学受験をして、中高一貫校に通っていました。それからは引っ越しせず、父親は単身赴任でした。中高生のころは、とてもいい先生に恵まれたということもあって、物理が好きでした。とても熱心に教えてくれる先生で、放課後に質問に行くと何十分でも付き合ってくれるような先生でした。小さいころから科学者になりたかったので、宇宙関連の研究者や科学者になりたいと思い、そういう勉強ができる大学を選びました。そのときは宇宙飛行士になろうと思っていませんでしたね。

 東京大学に入り、周りのレベルが一気に上がったので、「自分なんて中の下くらい」という挫折感がありました。それまで勉強は得意で、人に遅れはとらないという自信はあったのですが、周りがハイレベルの人たちばかりになってしまい、落ちこぼれみたいな感じになったときに「研究者って大変だな」「この先、研究者としてやっていけるのかな」と感じました。当時、航空宇宙工学科は大学のテストの平均点が良くないと進めない人気のある学科でしたので、正直これは厳しいと思っていた時期がありました。ちょうどそのころに映画「アポロ13」を見て、やっぱりこの世界がいいなと思って猛勉強して、航空宇宙工学科に滑り込むことができました。そういう意味でも映画の影響は大きかったです。

 航空宇宙工学科のメンバーで人力飛行機を作るサークルがあり、僕はそこに入って鳥人間コンテストを目指していました。1年間アルバイトで貯めたお金を全部そこにつぎ込み、自由な時間もそこで費やしていました。僕は機体を作るほうでしたが、「パイロットという仕事はおもしろいな」と感じたのです。そこでパイロットを志願し、全日空に採用されました。

飛行機のパイロットから転身、10年に1度のチャンスをつかみ宇宙へ

編集部:パイロットから宇宙飛行士になったのですね。

大西さん:パイロットも宇宙飛行士と同じく訓練が長いです。訓練を待つ間にたとえば羽田空港でチェックイン業務や改札業務をしたり、車椅子のお客さまを案内したりという仕事も2年間くらいしていました。全日空に入ってから副操縦士になるまで5年くらいかかっています。実際にパイロットとして働いていたのは6年くらいです。

 パイロットは泊りが多く、宿泊先のホテルでたまたま朝刊を見ていたら「JAXAが10年ぶりに宇宙飛行士候補生を募集します」という記事を見つけて、昔の夢を思い出したのです。読んだ瞬間には「自分はこれを受ける」と決めていました。当時32歳で、肉体的にも精神的にも充実している時期に10年に1度のチャンスが巡ってきたのも運が良かったと思います。宇宙飛行士の選抜試験で一番自分を助けてくれたのがパイロットとして学んだ経験や技術でした。

編集部:最後に子どもたちへのメッセージをお願いします。

大西さん:英語は一生懸命勉強しておいたほうがいいです。どんな仕事をするにしても、将来それで世界に出ていこうとしたら、英語が喋れるかどうかでその壁を越えられるかどうかが変わってきます。英語はどれだけ時間をかけて勉強しても無駄にはなりません。僕は学生時代、英語に苦手意識があり、宇宙飛行士になってから英語を身に付けました。夢や好きなことのために必要な努力はしました。

 好きなことや得意なことは誰でも頑張れます。でも、どちらかというと自分が嫌いなことや苦手なことを一生懸命やってきた経験のほうがはるかに自分を成長させてくれました。今自分がやらなくてはならないこと、たとえば学生だったら勉強、社会人だったら仕事がありますよね。それを一生懸命やることがすごく大事だと思います。一見、自分の夢とは関係ないことでも、実はそこから学ぶことはとても多いです。

 たとえば僕の場合は、パイロットという仕事を一生懸命やっていた経験が、宇宙飛行士を目指すときに自分を助けてくれました。今やらなくてはならないことを一生懸命頑張れば、いつか自分が本当にやりたいことをやるときに繋がってきます。嫌いなことや苦手なことでもぜひ頑張ってください。

編集部:本日はありがとうございました。

インタビュー後には大西宇宙飛行士からサイン贈呈のサプライズ
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 「自分を助けてくれたのは、苦手なことでも自分が一生懸命にやってきた経験」…宇宙への旅を実現した数少ない日本人・大西宇宙飛行士の言葉は力強く、子どもたちだけでなく保護者にとっても励みとなるのではないだろうか。春は進級進学など新生活の始まりに胸をときめかせ、そして不安を抱く季節。大西宇宙飛行士のメッセージを心に刻み、未知の世界への道を一歩ずつ進む子どもたちを応援したい。

憧れの大西宇宙飛行士と宇宙飛行士になりたいマサヒロ君
<取材協力:JAXA>

【子ども記者】JAXA宇宙飛行士・大西卓哉さんに小学生が夢の直撃取材「宇宙ってどんなところ?」

《編集部》

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