中国ITビッグ3がねらうファブレスEV…日本総研程塚正史マネジャー【インタビュー】

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日本総研程塚正史マネジャー
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中国政府の打ち出したNEV規制の発効まで、あと1年。EVによる自動車産業の確立を目指す中国において、マーケットは今後どのように動くのか。中国自動車産業分析の第一人者である日本総合研究所創発戦略センターの程塚正史(ほどつかまさし)マネジャーに聞いた。

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”アメ”から”ムチ”へ方向転換


---:中国のNEV規制(新エネ車=NEVの製造販売比率を10%とする規制)の発効が2019年に迫っています。

日本総研程塚氏(以下敬称略):そうですね。中国市場の新エネ車政策といえば、アメとムチで言えばこれまではアメ一辺倒で来ていましたが、NEV規制というところでムチのほうに入ったかなという理解でいます。

---:これまでは、メーカーへの研究開発支援や購入補助金などの施策がありましたね。

程塚:研究開発支援はかなりの規模で、大手自動車メーカーに限らず大学や研究機関、あるいは電池技術のあるところなどにおこなわれてきました。

---:「BYD」のような企業ということですか。

程塚:BYDはまさにそうですね。政府支援を受けて飛躍した企業の典型です。そのようにしてまずはEVという“モノ”を創ろうとしたのが2000年代の政策でした。

その後、いきなりEVを一般の消費者向けに出しても売れないので、次に中央政府の方針として、地方政府にEVを使えという指令を出しました。まずはバスやタクシー、公用車です。それが2009年から始まった“十城千両”という施策です。

---:そうやって市場の下地を作っておいて、次に補助金制度ですか。

程塚:はい、2013年から補助金制度が始まりました。「十城千両」の時点では、おそらく市場で売れるような品質ではなかったものが、2013年頃になると、売り出しても問題ないレベルになった。特にBYDのPHVなどです。そこで、そのタイミングで政府から一般消費者向けの補助金を大きく出すという施策が取られました。れが2013年から2017年まで、若干減額されつつも続いてといきたというのがこの5年です。

---:補助金制度は、環境対策として行われたのでしょうか。

程塚:最初は環境対策の意味合いもあったけれども、やってみたら自国企業を育てる効果が絶大で、これはぜひ自動車産業のためにやっていくべきだ、というのが今の中国政府のスタンスだと思います。

---:最初から産業育成を狙っていたわけではない、ということですか。

程塚:どこまで本当に実現できるか、2000年代の頃はまだ見えなかったんだと思うんです。ただ実際にやってみて、これは使えるんじゃないか、というのが見えてきたということでしょう。

一帯一路を追い風に、EV輸出国へ


---:中国のEVは、いまは中国市場の中で消費されていますが、中国産EVを世界で売っていくという狙いはあるのでしょうか。

程塚:今年、来年ぐらいでその動きは顕著になると思います。もうその兆候は見え始めています。特にタイやか中央アジアに対して、一帯一路政策と合わせて中国のEVを輸出していく動きが強化されるのではないでしょうか。

---:自国産業として、いよいよ国策の中心になっていくんですね。

程塚:そうですね。その急先鋒が「上海汽車」と「吉利(ジーリー)汽車」です。特に上海汽車はタイで2020年にシェア10%を獲得するという目標を掲げています。本当に実現できるのか、というような非常に高い目標ではありますが。

---:吉利はいかがでしょうか。

程塚:吉利は中央アジアを狙っているようです。陝西省に工場を作り、そのままシルクロードを西に行ってキルギス、カザフスタン向けに出荷するという狙いではないでしょうか。

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古参の超巨大合併というシナリオ


程塚:いっぽうで、「長安汽車」「東風汽車」「第一汽車」はNEVで出遅れています。中国政府としても、この3社は守らなくちゃいけないという意向はあるはずなので、NEV規制がどうなるかという動向を見極めるためにも、この3社がちゃんとNEVのマーケットに乗れるかどうかが重要です。

---:いずれも古参の大手メーカーですよね。

程塚:そうですね。重慶が本拠地の長安汽車がEVで出遅れているのは、政府としては放ってはおけないでしょう。その3社は提携したのですが、これはNEV規制対応を考えてのことだと思います。対応いかんによっては、この3社が合併するという噂もあります。

---:この3社がですか? 生産1000万台を超えますね……。それだけ本気だということですね、中国政府は。

IT巨人がもくろむ新しい概念、ファブレスEV


---:NEV対策が進んでいるのは吉利、BYD、北京、上海あたりですか。

程塚:そうですね。

---:吉利とBYD以外にも、最近はEV系のブランドが立ち上がっています。

程塚:1つは従来のガソリン車メーカーがEVに参入してくるパターンですね。長城汽車はカッコいいSUVを作るということで中国の中間所得層的な人達に大人気ですが、去年からぐっとEVにシフトし始めました。従来のガソリン車メーカーがEVに参入する動きという意味で長城汽車は注目ですね。

---:新興ブランドではいかがでしょうか。

程塚:名前をあげると「小鵬(シャオペン)」や「威力(ウェイマー)」。小鵬はアリババ、威力はバイドゥと関係があります。あるいは「NIO」はテンセント系です。新興EVメーカーはIT企業の子会社であるケースが目立ちます。

こういった新興のEVメーカーでは、自分たちでは製造せず、設計だけをやるというような動きが見られます。製造は「JAC(安徽江淮汽車)」や長安汽車に任せるという図式です。

---:工場を持っていて、製造のマネジメントができる会社に任せるんですね。

程塚:自動車でファブレスという形態がなかったのは、完成車メーカーが全部ノウハウを持っていて、トップダウンで設計から製造までするというのが当然だったからです。

それが、EVになって製造工程がシンプルになってきて、かつIT企業がユーザーニーズを掴むのが上手い、ということになると、設計はIT企業がやって、製造は従来の伝統的な産業に投げる、ということが可能になる。業界構造の大きな変化だと感じます。

NEV規制にむけた中国の動向を占う


---:補助金の5年間が終わり、NEV規制という”ムチ”を入れて市場を形成していくという流れになります。

程塚:そうですね。2018から19年にかけてというのがその転換期です。この転換をマーケット側がうまく乗り切れるかどうかというのが注目です。

---:NEV規制は、メーカーに対して製造販売の10%をEVにするという規制です。

程塚:そうです。大まかに言うと、中国国内で3万台以上製造しているメーカーに対して、2019年は10%程度のNEVの製造を義務付けるというものです。

---:実現不可能にも思えるハードルですが……。

程塚:そうですね。おそらく大多数のメーカーはクレジットを買うことになります。ただ10%という数字は、製造する新エネルギー車の航続距離によっても変わってきます。航続距離が長いクルマを作っているメーカーだと、単なる生産台数ベースで10%、というところまでは必要なくなる計算です。

---:これは外資合弁メーカーも同じ規制なんですか。

程塚:そうなんです。

---:それで最近世界中の自働車メーカーが慌てだしたんですね。

程塚:はい。ただこれも市場と政府のせめぎ合い、という部分があります。政府にとっても、自国企業が全然ついてきてくれなかったら規制を緩める、という話になりますし、ついてこないのが1社だけならその会社を何とかしよう、となります。そこは、ライバル企業を横目で見ながら、みんなどこまでやるのかな、という感じで様子を見ながらだと思います。今のところ中国政府は、2019年、20年にNEV規制をしっかりやると言っていますが、ふたを開けてみたらこの先、少しづつ規制が変わっていくこともあるんじゃないかということですね。

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《佐藤耕一》

日本自動車ジャーナリスト協会会員 佐藤耕一

自動車メディアの副編集長として活動したのち、IT企業にて自動車メーカー・サプライヤー向けのビジネス開発を経験し、のち独立。EV・電動車やCASE領域を中心に活動中。日本自動車ジャーナリスト協会会員

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