配車アプリ「グラブ」躍進で浮き彫りになる、日本の「聖域」【藤井真治のフォーカス・オン】

シンガポールの「グラブ」タクシー
シンガポールの「グラブ」タクシー全 3 枚

「モビリティサービス」や「MaaS」が流行の言葉のようになっている。新しいビジネスが生まれ人々の移動がより便利で快適で低コストになっていく。モビリティに大きな変革が来る。自動車業界を超えた大きな夢と期待が膨らんでいるようだ。

マスコミや産業界のフィーバーぶりとは裏腹に、日本に住む一般庶民としては実感がわかない世界ではないだろうか?特に公共機関の発達している大都市では、通勤をはじめとする移動は電車やバス、タクシーと徒歩で十分足りている。何が変わるのかピンと来ないのではないだろうか?

一方日本から数時間で行ける東南アジアの各国。ここ数年でモビリティーサービスの形が劇的に変化し、今も進化し続けている。その核になっているのが配車アプリの「Grab(グラブ)」である。

東南アジアで加熱する新興ビジネス

マレーシア華僑がアメリカのUber(ウーバー)にヒントを得、東南アジでベンチャー企業として始めたグラブ。スマホからの申請でドライバー登録したクルマの保有者は、空いている時間を使いスマホから入ってくるリアルタイムの予約情報を元に乗客を拾い、目的地まで運び対価を得る。ドライバーと乗車客両方の利便性と透明性、スピード感によってグラブは従来型のタクシーのお客を奪いながら各国のモビリティ・サービスの主役となっていった。昨年は本家であるウーバーの東南アジア事業をも買収し各国で名実ともに配車アプリの巨人となった。

その事業先進性や発展性、スピード感が評価されソフトバンク、トヨタ、ヤマハといった日本のモビリティのメジャー企業も数百億、千億単位、小さな工場が建つような規模で出資を行っているのである。

そのグラブに対し、各国で果敢に挑戦しようとしている振興のベンチャー企業が出現しているのは大変興味深い。
グラブのドライバーになるには特別な保険加入を条件に政府認定が必要グラブのドライバーになるには特別な保険加入を条件に政府認定が必要
グラブの本社のあるシンガポールでは、国内から新規参入が相次いでおり、それぞれ独自のサービスで巨人グラブに挑戦している。地場系のライド、インド系ジュグノー、本年に入ってインドネシアのシェアバイクの先駆者であるGo-jekも上陸し事業をスタートさせている。タイやベトナムでもグラブへの挑戦者が出現している。

シェアリング経済の主戦場ともいえるクルマのモビリティサービス領域において、各国で変革を起こし巨人となったグラブとチャレンジャーによる新たな競争。新興国らしいエネルギーあふれる活動にワクワクしてしまう。

タクシーとの競合をどう解決するか

都市部での公共交通機関が不十分で、かつタクシーのサービスもよくないマレーシア、タイ、インドネシアでグラブの魅力が劣悪なタクシー業者を駆逐していくのは理解できる。市場の原理である。ところが、シンガポールは地下鉄やバスなどの公共交通機関が発達しており、タクシーの質も悪くない。配車アプリビジネスがこんなに進んでいるのなぜだろうか?

その理由はシンガポール政府が自由経済と規制をうまく使い分けているからといえよう。

シンガポールは新規のベンチャービジネスをまず自由にやらせてみて市場の反応をみてから規制をかけるという方式をとっている。配車アプリ会社は既に運輸局の認可性となっており、利用するドライバーも専用の保険への加入が義務付けられている。現在はグラブとタクシー会社でシンガポールのドアツードアのモビリティサービスを上手に棲み分けているのである。
既存の大手タクシー会社も EVの導入などでグラブに対抗既存の大手タクシー会社も EVの導入などでグラブに対抗
足元の日本を見てみると、「人を運んでお金を取る仕事」は諸官庁の管理下にあるため、認可されたタクシー会社以外のモビリティサービスは「白タク」とみなされ違法である。グラブは「犯罪や事故を助長する」という理由からである。日本でウーバーは法規制にかからないフードデリバリー事業でほそぼそと事業を継続し生き残っているのが実態だ。

IT技術の進歩でいろいろな諸問題が解決でき、新しいビジネスが生まれ、人々が安価で便利なモビリティサービスを受けることが可能な東南アジア各国。日本より一人あたりのGDPが高いお金持ちの国シンガポールは、地下鉄やバスなど公共交通だけでなくタクシー料金も日本より格段に安く、グラブの料金はもっと安い。移動の効率化に対する政府の考え方が大変しっかりしている。

そろそろ日本の官公庁の「聖域」も見直す時期に来ていないだろうか?

<藤井真治 プロフィール>
(株)APスターコンサルティング代表。アジア戦略コンサルタント&アセアンビジネス・プロデューサー。自動車メーカーの広報部門、海外部門、ITSなど新規事業部門経験30年。内インドネシアや香港の現地法人トップとして海外の企業マネージメント経験12年。その経験と人脈を生かしインドネシアをはじめとするアセアン&アジアへの進出企業や事業拡大企業をご支援中。自動車の製造、販売、アフター、中古車関係から IT業界まで幅広いお客様のご相談に応える。『現地現物現実』を重視しクライアント様と一緒に汗をかくことがポリシー。

《藤井真治》

藤井真治

株式会社APスターコンサルティング CEO。35年間自動車メーカーでアジア地域の事業企画やマーケティング業務に従事。インドネシアや香港の現地法人トップの経験も活かし、2013年よりアジア進出企業や事業拡大を目指す日系企業の戦略コンサルティング活動を展開。守備範囲は自動車産業とモビリティの川上から川下まで全ての領域。著書に『アセアンにおける日系企業のダイナミズム』(共著)。現在インドネシアジャカルタ在住で、趣味はスキューバダイビングと山登り。仕事のスタイルは自動車メーカーのカルチャーである「現地現物現実」主義がベース。プライベートライフは 「シン・やんちゃジジイ」を標榜。

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