サステナビリティとモータースポーツは共存できるか?…サーキットにも押し寄せる電動化の波

DTM ホッケンハイム
DTM ホッケンハイム全 12 枚

10月最初の週末。日本のモータースポーツにとっては、大きな一歩と言える出来事がドイツであった。過去にはマレーシア、現在ではタイでも開催され、アジアで最も人気のあるシリーズの一つに成長したSUPER GT。そのマシンが海を越え、DTM(ドイツツーリングカー選手権)のマシンと勝負したのである。場所はDTMの最終戦が行われたホッケンハイムリンクだ(「リンク」はこの場合ドイツ語でサーキットを意味する)。

およそ7年の歳月を経て昨年完成した「クラス1」技術規定。今後、DTMとGT500のマシンは同じテクニカルレギュレーションに合わせて造られるためコストも下がり、それぞれのシリーズのさらなる発展が期待されている。

一方、モータースポーツに限らず自動車産業は今、大きな変革の時代を迎えている。同じドイツで約1か月前に行われたフランクフルトモーターショー2019では、会場周辺で環境団体によるデモが行われていた。また、地元ドイツ勢を含む自動車メーカーやサプライヤーのほとんどが、CO2排出量削減のための電動化車両・技術のアピールに力を入れていた。

スピードに加え、エンジンの奏でる「サウンド」に酔いしれるファンの多いモータースポーツだが、そこにも確実に変革の波が押し寄せている。モータースポーツの最高峰フォーミュラ・ワン(F1)では、すでに2009年からブレーキエネルギー回生システム(KERS)が使用され、いわばハイブリッド化が始まった。

ホッケンハイムと同じ週末、日本では世界耐久選手権(WEC)の「富士6時間」レースが行われていた。ルマン24時間を含め、WECに参戦する最高峰クラスのマシン(現在はトヨタのみ)も、内燃機関(ICE = エンジン)とモーターにより駆動されている。過去に参戦していたアウディやポルシェを含め、ハイブリッドのマシンはピットレーンではモーターで走行するため、無音のレーシングカーが走る新鮮な光景を見ることができる。

そんな中、モータースポーツからICEを排して完全電動化にチャレンジしたシリーズが生まれた。フォーミュラE(FE)である。タイヤがむき出しで、前後にウイングを装着した単座の、いわゆる「フォーミュラカー」に、ICEとガソリンではなくバッテリーとモーターを搭載したマシンで行うレース。2014年に始まった頃は、ある種「きわもの」的な見られ方をしていたのは否定できない。「来年も続くのかね?」とささやく声があちこちで聞かれた。「トラディショナル」な業界人やレースファンにとって、音のしないレースが受け入れづらいという声をよく聞いた。確かに、FE独特の金属音は「大きなラジコン」と感じる人が多いようではある。

そのFE、周囲の否定的な声とは裏腹に、時を経るごとに盛り上がりを見せている。今年の11月にサウジアラビアで開幕する第6シーズンからは、メルセデスとポルシェがワークス体制でデビューする。日産、アウディ、BMW、DS、ジャガー、そして、日本にはあまりなじみがないがインドのマヒンドラ。全12チームのうち、実に8チームが自動車メーカー直営という盛況ぶりだ。

DTMとSUPER GT初の交流戦を翌日に控えた金曜の夜、会場となるホッケンハイムリンクでもFEに関するイベントが行われていた。「ザックス」ブランドのショックアブソーバーやポルシェなどにも搭載されているトランスミッションなど、駆動系やサスペンション関連で有名なドイツのZF。その技術を搭載してFEの第6シーズンを戦うマヒンドラのマシンとドライバーが初披露されたのだ。ZFは、ショックアブソーバーを含むサスペンション技術を提供。シーズン7からはモーター、インバーター、トランスミッションとソフトウェアを統合開発したパワートレインを供給するとのことだ。

つい数時間前には、目の前のサーキットで500馬力を超える直列4気筒2リットルターボエンジンの爆音を聞いたばかり。その日の夜には、同じ場所に、ほぼ音のしないレーシングカーのFEがある。過渡期においては、新しい勢力に抵抗感を抱く人々も多い。FEは、そうした初期の段階を経て、発展のフェーズに入った印象が強い。

2017年(第4シーズン)に香港で行われた2レースに参戦した小林可夢偉はFEの魅力を、「レベルの高いドライバーとガチで勝負ができること」と語っていた。パワートレイン以外は「ほぼ」ワンメイクのマシンで抜きどころの少ない市街地コースで争うFEには、ドライバーを惹き付ける魅力があるようだ。

また、2016年のF1チャンピオン、ニコ・ロズベルグはFEの株式も所有しその経営にも関わっている。その理由を聞くと、「自動車産業が今考えるべきは、サステナビリティ。環境問題が最優先課題であるべき」と非常に歯切れよく、(元)レーシングドライバーらしからぬ答えをくれた。彼は、1982年のF1王者で父親でもあるケケ・ロズベルグのチームでDTMにも関わっているが、DTMのハイブリッド化を強く主張しているとの話も聞こえてくる。

間もなく2年に一度の東京モーターショーも始まる。ここでも恐らく話題の中心は(自動運転と)電動化だろう。もちろん、クルマの電動化による「局所的」ゼロエミッションが全てを解決するほど簡単な話ではない。電気自動車が増加すれば、必要な電力も増える。原子力が遠い昔に言われた「夢のエネルギー」でないことは明らかな現代。原油の採掘・精製から発電時の燃焼。水力発電用ダムの建設に関わる工事。トータルでCO2排出量の削減を考えて行かなければならない時代ではあるが、クルマの電動化技術は確実にその一翼を担っていく。スピードこそ正義、と思われがちなサーキットでも、クルマの電動化は確実に進んでいるようだ。

《石川徹》

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