ルノーが4工場閉鎖との報道、なぜ今?そしてスポーツカー『アルピーヌ』は生き残れるか

アルピーヌ A110 カラーエディション
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先週からフランス国内で不穏なる空気、新たな労働争議というか社会紛争の種が漂い出した。ルノーがフランス国内の4工場を閉鎖する経営改革を検討中と、報じられたのだ。しかもそこには、3年前に3500万ユーロ(約42億円)を投じて生産ラインや設備を一新したばかりで、アルピーヌ『A110』を担当するディエップ工場も含まれているのだ。

他に閉鎖対象として挙げられているのは、同じくノルマンディ地方でルノー『クリオ(ルーテシア)』や電気自動車で日本未導入の『ゾエ』、日産『マイクラ』を生産するフラン工場と、ブルターニュ地方でサスペンションアームやハブキャリアなど精密パーツの鋳造加工を受け持つFDB(Fonderie de Bretagne)、パリ近郊の小工場でガソリンV6エンジン組立を担当するショワジー・ル・ロワ工場だ。

分かりやすく、象徴的ではある。今どきの産業構造において財政部門に、いかにも劣等生として忌み嫌われやすい利益の小さいアクティヴィティが、単独プラットフォームのスポーツカーや薄利多売を余儀なくされる大衆車、そして目につかないところで安全性や動的性能の質を担保する精密部品、多気筒エンジンだった、という風に見えるからだ。

フランスで騒ぎが拡大した理由

アルピーヌ A110 を生産するフランス・ディエップ工場。2017年の落成時には当時のトップ、カルロス・ゴーン氏もアルピーヌ A110 を生産するフランス・ディエップ工場。2017年の落成時には当時のトップ、カルロス・ゴーン氏も
最初に報じたのはル・カナール・アンシェネ。週刊の大衆向け風刺新聞で日本でいう文春砲ほどではないが、お金のスキャンダルに目敏く、近年では2017年大統領選の有力候補だったフランソワ・フィヨンの家族と政治資金問題をスクープしてもいる。その後、レ・ゼコー、チャレンジズといった、わりとシリアスな経済紙やビジネス誌が続報したため、騒ぎが拡大した。

というのもアルピーヌがメイド・イン・フランスの華として復活した3年前の落成セレモニーに、ブリュノ・ルメール財務相は主賓でディエップ工場に赴き、今や元会長とはいえカルロス・ゴーンという元日産ルノー・アライアンスのトップとテープカットの記念写真に収まっていた。さらに政権を担うエドゥアール・フィリップ首相は、同じノルマンディ地方のル・アーヴル市長であり、ディエップ工場は400人、フラン工場は2600人の従業員を抱えている。

大量の失業者を首相の足元で生むことは現内閣としては絶対に避けたいはずだが、ルノーは昨今のコロナ禍の影響で、15%の大株主であるフランス政府の保証を受けるカタチで銀行から50億ユーロの融資を引き出す予定だ。つまりフランス政府にとっては、後ろ足で砂をかけられる話で、ルメール財相は「この融資に、私はまだ(必要書類に)署名していない」と吐き捨てるようにコメントしている。

ディエップとフラン以外にも、ルノーの生産拠点を多々抱えているノルマンディ地方では、自治体の議員や市長、労働組合の代表らが、唐突とか、理解に苦しむといった調子で、不快感を隠さない。ディエップとフランはそれぞれ、スポーツカーの少量生産と大衆車の大量生産(2018年の生産台数は約5000台と約16万台)という、規模の点では対照的な組立工場だが、それだけに質量ともにフランスの自動車産業を体現する存在で、メディアやSNSの場でシンボリックに目立つ扱いになっている。

なぜこのタイミングで工場閉鎖の可能性が

クロチルド・デルボス暫定CEOクロチルド・デルボス暫定CEO
なぜ「コロナ復興」が始まったばかりの今、このタイミングで、工場閉鎖の可能性が喧伝されているのか? グループではなく、ルノーの現・代表取締役は、財務部門の最高責任者でもあり一時的に社長代理を務めるクロチルド・デルボスだ。彼女は2月の決算発表の時点でルノーが1億4100万ユーロ(170億円弱)の赤字を計上した時、2022年までに20億ユーロ(約2400億円)規模に及ぶ、聖域なき改革とコスト削減を進めると宣言していた。リヨン出身でカリフォルニアのプライスウォーターハウスでキャリアをスタートさせた、この財務エキスパートを悪役とみなすのは、単純な筋書きに過ぎる。

彼女は、日産ルノー三菱・アライアンスの現会長で数度の来日でもお馴染み、ジャン=ドミニク・スナールとは、国際的な鉄鋼グループにいた頃から旧知の同僚だった。先にルノー入りしていた彼女が一時的とはいえ社長職にあるうちに、プロとして経理上で指摘すべきことを指摘し、結果的にスナールに援護射撃をしている、そう解釈する方が妥当だ。

というのも、7月から就任が内定しているルノーの新代表取締役、ルカ・デ・メオに対しては最低で130万ユーロ、出来高次第では600万ユーロ以上の年棒が約束されている。これは日産の分を含まずルノー単体としての分で最高年棒470万ユーロだった、カルロス・ゴーンを上回る額だ。イタリア人のルカ・デ・メオはフォード、トヨタの後にVWグループにおいてセアトでの手腕が評価されているイタリア人経営者で、カー・ガイであるとの呼び声が高い。

ちなみに日産の2019年度の通年決算発表は、5月28日、翌29日にルノーは今後の改革についての公式発表を予定している。2月に行われた日産の第3四半期の決算発表は、純利益ベースで前年比87.6%減だったが、28日にはそれを越える惨状が明らかになるだろう。

グループ的にはそうしたタイミングで、コロナ復興が始まって早々の難しい時期。親会社ルノーとして財務肌のデルボス女史が、地合いの荒れまくっている最中に、一応プランは練っておいたけど後はクルマ好きでやれるだけやって、稼ぎたいんならメシ種は自分で作ったら? そんなキツいメッセージを込めて、警告めいて送った、新社長としてはどうトラップしたらいいのか難儀するほどのスルーパスだと解釈すれば、腑に落ちるだろう。この筋書きから外され、観衆の手前、いちいち大袈裟に反応することを余儀なくされているのが、ルメール財相という構図だ。

A110がスポーツカーとしての寿命と価値を保てるか

アルピーヌ A110 を生産するフランス・ディエップ工場
当のアルピーヌやルノー本体も、手をこまねいている訳ではない。昨年9月には、メルセデスAMGの営業ディレクターだったパトリック・マリノフがCEOとして移籍しており、A110S以降のモデル展開は彼が指揮を執っている。年初にディエップ工場の生産台数は一日辺り最大の25台から7台にまで落ち込み、コロナの影響もあって野心的な手腕が十分に発揮されているとはいい難い。

それでも徐々に販売ペースは回復し、9月までディエップの生産予定スケジュールは埋まっているという。内訳の半分以上はA110Sで、ジュネーブで発表されるはずだったイエローの年間限定カラーのモデルと、薄いゴールドのホイールを与えられたGTモデルも、まだ伸びる余地はあるはずだ。

とはいえ800万円強×年産マックス5000台ゆえ、アルピーヌの年間売上は今のところ、最大400億円のビジネスでしかない。35億ユーロ(約4200億円)の投資をいつ回収できるのか、売上額の10.5倍もの投資を何年で賄うか、その期間ずっと、A110がスポーツカーとしての寿命と価値を保てるかどうか、以上はすべて未知数のところがある。

アルピーヌのバッジによるSUVがウワサされるのもそのためだ。あれだけ世界中で高評価を集めて数々の賞を得たスポーツカーであるにも関わらず、そのビジネスは未だ、かくも冒険的で脆いものなのだ。

一方のルノーには、デルボス社長付けの技術部門最高責任者のポストに、PSAグループから大型補強がなされていた。プジョー『308』や『5008』などが用いるEMP2、次いで『DS 3クロスバック』や『208』が用いるCMPプラットフォームを設計したエンジニア、ジル・ル=ボルニュが、今年の年初から移ってきたのだ。

とはいえプラットフォーム開発は、数十車種を跨いでの市販プロジェクトの根幹を設計する以上、その効果がプロダクトに表れてくるのは数年先だろう。現在57歳の彼にとっては、限りなく最後の大型ミッションで集大成という見方もできる。

とどのつまり、アルピーヌやルノーのエンスージャストやスポーツカー好きができることは、キャッシュフローが途切れないように祈り見守ること、より具体的に行動を起こせるなら最寄りのディーラーに駆け込んでオーダーを入れること、それしかない。もし「新生アルピーヌは3年ちょっとしか存続しなかった」と後世で語られることになるなら、800万円そこそこの最後のフランス製の純粋なスポーツカーは、それこそ大バーゲンだったと伝説になっているだろう。そして当然、まさか800万円では買えるべくもない代物になっているはずだ。

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《南陽一浩》

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