【マツダ MX-30】心理学を通じて元気で心地よい状態に…開発者[インタビュー]

マツダ MX-30
マツダ MX-30全 13 枚

近年マツダは車両開発にあたり、心理学者を採用し人間の感情を利用したクルマ作りをしているという。そこでマツダ『MX-30』をもとに、その担当者に話を聞いてみた。

【画像全13枚】

内装もマツダっぽいねといわれるように

----:久保さんは、もともと心理学者なのですか。

マツダ車両開発本部車両実研部クラフトマンシップ開発グループ主幹エンジニアの久保賢太さん(以下敬称略):はい、心理学者です。大学で准教授として教えていました。

マツダが本気で人間中心開発をやるということで、『マツダ3』から内外装の質感を人間の感情を利用しながら作るというやり方を提供しています。もともと外観は魂動デザインを表現しすごく自信を持っています。しかし内装の質感はまだまだだという声もちょっとあったのですね。

そこで我々が魂動で目指したいことや、人間をどういう状態にしたいのかということを定義して、その場合にはこう作るということを、人間の感情の測り方や、それを作り出すための物理特性の設定の仕方だとかを提供して、マツダ3、『CX-30』、『MX-30』につなげているのです。

----:久保さんがマツダに入って、一番やらなければいけないと思ったことは何ですか。

久保:これはマツダの人からも反発をたまに受けるのですが(笑)、我々はマツダですから、走る楽しさを持っている会社です。それが内外装の質感に織り込めているかというと、足りていないと思っていました。

内外装の美しさは素晴らしいデザインを誇っているので、我々にとって走る楽しさや運転の楽しさにつなげるための一貫性を高めなければならないと感じていたのです。そうすることで、マツダはこういうブランドだよねと明確になるのです。

もう少し簡単な話にしますと、例えばメルセデスではドアトリムにシートを動かすスイッチがありますよね。また、シフトレバーがステアリングコラムから生えている。これこそがメルセデスというブランド、これがメルセデスっぽいと思うでしょう。

一方、マツダを見ると、走りの面や運転のしやすさはかなり高いレベルにあります。外装の見た目もおそらくマツダっぽいねといってもらえるでしょう。ただし、内装の様々なものを触ったり、さすったり、動かしたり、スイッチ操作をすると、これこそがマツダのフィーリングだというものがなかったのです。

それを僕は人間の感情を利用して作り、やってもらえるかどうかはわからないのですが、これからのマツダのレガシーとして決めて一貫してやっていく。ですからマツダ3のスイッチはどこを触っても同じような印象が得られるように、目が覚めて元気で心地良い状態になるように設定しています。それはもちろんMX-30でも同じです。

ただし我々は自動車会社ですからクルマが違うと、部品メーカーが違ってきてしまいます。しかし部品メーカーが違ったとしても同じように作れるような作り方も提供しなければなりません。現実的にどうやって作るか、そういうというところまで全部整えていきました。

目指すマツダのフィーリングとは

----:そうはいってもクルマが違うとターゲットユーザーも変わって来ます。そうすると触感やレイアウトも変わってくることもあり得ると思うのですが、その辺りはどのように考えていくのでしょうか。

久保:人に合わせて使いやすさや使いにくさがありますので、それぞれのクルマに乗るような人を想像してやっていく、と僕も思っていました。ところがちょっと面白いと思ったのは、人にとって気持ちの良いものを突き詰めると、どんな人でも気持ち良くなるんだということ。

例えば僕が、これが良いものだと思って提案すると、まず上の決定者からいわれるのは、それはお前が良いといって決めたのだろう、皆が本当に気持ち良いのか、ということなのです。それを第一段階として、誰にとっても使いやすい位置や、誰にとっても使いやすい重さ、誰にとっても掴みやすい素材と考えるようにしていきました。

そうして、誰にとってもやりやすいものが出来てきたのですが、結果的にどうなったかというと普通になってしまうのですね。それに個性をつけようと考えると、クルマごとに個性をつけるべきか、それともマツダはこうなんだ、マツダとしてはこういう味付けだということを全部に展開すべきか、という話になっていきます。

そして、我々は後者を選択しました。どんなクルマでももちろんターゲットユーザーはあります。例えば『ロードスター』は家族全員が乗れるクルマではありませんし、『CX-8』や『CX-9』は一人で乗るということはあまりないでしょう。そういったターゲットに大きく影響する部分ではここで勝つというところはもちろんあり、そこに沿うようにするのですが、マツダはこうだよねとか、マツダのフィーリングはこうだよねというところは全部ぶれずにひとつにしていくことがいまの考えになっています。

----:そのマツダとはこうだよねとはどういうことですか。

久保:我々の質感領域ではどこの質感を味わってもらってもただ心地良いのではなく、目が覚める心地良さ。例えばスイッチなどのクリッキーなものや、ステアリングの革も、ふかふかなものよりはちょっと張りのある形など、やわらかというよりもしっとりに近いような目の覚めるような要素を含ませ、その上で心地良いというのがマツダらしさに持って行きたいと思っています。

一貫性を持たせてマツダらしさを

----:どれに乗ってもマツダに乗っていると感じさせるということですね。しかしその統一感をもたらすには、相当厳しい世界が待っていると思います。

久保:マツダは車種割りではなく機能割りという考え方を持っています。自分もそうなのですが、MX-30の担当ということではなく、質感の担当ということです。従って自分が全車種を見ることになるわけです。しかもマツダは人が少ないので、とんでもなく一人の作業量が増えていく(笑)。しかしそうしないとぶれるだろうという考えで、一人の担当が全車種を見る、一人の人間がこのスイッチのこのレイアウト、フィーリングに責任を持って作るので、どのクルマも同じようになっていくのです。“統一”というとすごく強制的な感じになってしまいますので、“一貫性”という言葉を使っています。

また誤解を恐れずにいうと、人間は難しいことを難しく書かれている内容と、簡単に書かれている内容とでは、同じ内容であっても、簡単に書かれている方が正しいと信じてしまいます。これは処理流暢性バイアスというのですが、要はシンプルでわかりやすい文章にした方が正しいことが書いてあるように思えるということです。これをあてはめると、マツダだからこうだよね、だからこうなっていると流れるような流暢性が高まれば高まるほど、我々のクルマに対しての心地良さを肯定的に捉えてもらえることにつながるわけです。

コルクを作るにはどうするかから始まって

----:MX-30では久保さんの目指した質感を突き詰めていると思いますが、このクルマでこだわったところはどういったところでしょうか。

久保:このクルマは非常に苦戦しました。普段と違う流儀、ドアやインパネやコンソールなどこれまでと違う様々な要素がたくさんあります。もちろん目指すところは共通で人間を心地良く元気な状態にすることですが、それをコルクや、観音開きのドア、シートなどの人工合皮でやるわけですね。そこで苦労したのは実現手段です。例えばコルクを例に挙げると、イメージ的にコルクはそれほど頑丈なものはありません。触ったらボロボロになるとか。ですので、触り心地が良くてかつ壊れないコルクをどう作るのかという実現手段を考えていきました。

僕は心理学者ですから文系出身で、そもそもコルクはどのように作るのかといったところから始め、色々勉強していきました。コルク会社と連携しながら、壊れないコルクにするには何重もコーティングすれば出来ることがわかりました。

しかし昔我々が犯した失敗を例に出すと、本木を使っていたクルマがありましたが、誰もそれを本当の本木とは思わなかったのです。なぜなら傷ついてはいけないと思って色々なコーティングをしまくった結果、どう見ても作り物のようなツヤツヤなものになってしまったからです。そうなってはいけないと、コルクの風合いを残しながらも壊れないような実現手段でそれを実現していく。その辺りが正直かなり大変でした。

----:その辺りはカラーデザインチームのお仕事かと思っていました。

久保:我々の中での棲み分けは、デザインは色と形を決めます。クラフトマンシップ開発グループはデザイン本部ではなく車両開発本部に属しますので、我々は触り心地とか操作のし心地、自動に動くものの動き心地、香りなどの目標を設定するのと、どのような価値を設定するかということ、そして作り方を考えて、こうやって作れるから後は頼んだと設計に渡し、設計はそれを見て進めていくのです。

マツダではこれを機能開発と呼んでいて、我々が発揮したい、あるいはお客様に与えたい価値を作るための機能はこうだと定義し、それをどのように実現するかという実現手段まで考えて、それを実現していくのが開発の流れなのです。”実研部”というのは”実験研究部”という意味でこのような字になっているのです。

もともとクラフトマンシップ開発自体は装備開発部や設計の評価部門、品質管理部門のようなところでした。フォードモーターと同じグループだった時代に、フォードから教えてもらったものです。マツダはクラフトマンシップをどうしているのかと問われ、何それ?となったのです。クルマのものの良し悪しとか風合い、触り心地を誰が作っているのか、デザインではないだろうといわれて、そこは装備開発部が少しやっているのでそこを独立させて、クラフトマンシップ開発グループにして25年ぐらい経ちました。

僕が入ったのは5年くらい前。その頃はそれぞれの長老のような職人さんがいて、ちょっと触ってみての評価でしたが、いまは、もう少しサイエンスティックにやりたいと僕などを入れて、物理特性と人間の特性、人間が良い状態を縦軸に、物理特性を横軸においてどこが最適なのかを見つけ出すようなアクションをしています。

物理スイッチとタッチスクリーンの関係

----:MX-30の装備レイアウトの中で、空調設定はタッチスクリーンと物理スイッチの2種類用意されました。これはなぜでしょう。

久保:マツダは物理スイッチでタッチスクリーンは操作しない流儀でやってきましたが、根本にある流儀はタッチが嫌いなのではなくて、脇見1秒以内というのが我々のルールであるのです。どんな速度でも1秒以内で操作が終われば安全だというのが研究でわかっています。ですからそれを実現するためであったら、メカニカルな機械的なスイッチであろうがタッチスクリーンだろうが大丈夫と考え、今回のタッチはそれを満たしているわけです。

ではその横にメカニカルスイッチがついている理由は、絶対にそういったことはないのですが、もし大きなトラブルがあってタッチディスプレイが失陥した時の対応です。日本ではそうでもありませんが、国が変われば本当に死んでしまうくらい暑い時とか寒い時が発生します。そこでタッチディスプレイが壊れてしまった時に物理的に、機械的に動かせる操作機器がないと危険だろうという声が上がり、二重三重の安全を考えました。タッチディスプレイで大丈夫で安全なことはわかってはいますが、物理スイッチもつけておいてもしもの時に備えておこうという考えなのです。

----:それであればタッチスクリーンは必要ないのではありませんか。

久保: MX-30は新しいことに挑戦するためのクルマです。またタッチスクリーンの正義というよりも、クルマはこうあるべき、自分たちの考えは正しいとしてしまうと、どうしても狭い視野になってしまいます。

世の中を見てみると、一般の人たちはスマホなどを寝っ転がってタッチスクリーン操作していますよね。クルマの中の道具の使いやすさ、アプローチの仕方は二通りあり、ひとつはクルマの外の生活で習慣化しているものをクルマの中に入れるというもの。つまりクルマの中で特別に勉強することを減らすことでやりやすくなるということです。もうひとつはどんなやり方でも受け取ってくれるというものです。そこで、僕らの安全基準をまず、きちんと定めて、それに対して色々な方法を試せないかということで今回タッチスクリーンをトライしているのです。

またこのタッチスクリーンは2つの機能を持たせています。ひとつは空調関連の操作。もうひとつは本当にちょっとしたインタラクションを入れていて、これは乗り込むとこのスクリーンに波が立っていて、これは乗員の動きに連動しています。

乗ってドアをドンと閉めると、水面が立ったり、シートベルトをカチャッと閉めると波がバッと上に上がったり。このちょっとしたアンサーバック、やり取りによって、人間がこれから運転するというモチベーションを良い方に持って行ってくれているというもので、脳波の実験などをやった上で、効果が上がったものを採用しています。これをやることで運転に不安がある人の心が整うのではないか、このクルマが目指すコンセプトにも合致するということで採用しました。

必要ない人には必要ないものですが、クルマに乗ってエンジンを掛けるまでに一息つくような人にとっては、誰かがおかえりといってあげることは、僕らが目指したい、心を元気にする方向にも行くのではないかと思っています。

だんだん良くなる

----:もうひとつ、インナーハンドルの位置があまり良くないと感じます。ドア前方に斜め方向に取り付けられており、強い風が吹いた時などに力を掛けにくい状況です。

久保:クルマのドアをどのように捉えるかによって操作性は違って来て、我々も含めて日本メーカーは苦手なのですが、ドアというのは日本人にとって仕切りであって城壁ではありません。長屋を見てみると扉は開いていますよね。寒かったり夜だったりすると閉めて、でも誰でも入って来ることが出来るような引き戸の文化です。それに対して欧州は、どの扉も重たい。これはドアというのは開閉する機能と同時に城壁として外敵を防ぐという役割があるからです。

ではクルマのドアはどうかというと、たぶん後者だと考えられます。城壁というか自分を守るような役割です。その文化がここには如実に表れているのです。これはドアさえ軽ければどこでもいいのですが、ドアは強度を保たなければいけませんし、様々な剛性があります。しかしドアを盾として捉えると、どこに取っ手があると一番いいのか。コントロールしやすい盾は真ん中に取っ手がついています。双方向どんな力の方向でも上手くいなせるわけです。我々も少しずつその位置を近づけてやっていきますので、だんだん良くなっていくと思います。

《内田俊一》

内田俊一

内田俊一(うちだしゅんいち) 日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員 1966年生まれ。自動車関連のマーケティングリサーチ会社に18年間在籍し、先行開発、ユーザー調査に携わる。その後独立し、これまでの経験を活かしデザイン、マーケティング等の視点を中心に執筆。また、クラシックカーの分野も得意としている。保有車は車検切れのルノー25バカラとルノー10。

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