【マツダ MX-30 EV】車いすの積み込みや運転のしやすさを考えた自操車「Self-empowerment Driving Vehicle」

マツダ MX-30 EV 自立支援車両(「Self-empowerment Driving Vehicle」)
マツダ MX-30 EV 自立支援車両(「Self-empowerment Driving Vehicle」)全 23 枚

マツダ3代目社長の思いを受け継いで

あまり知られていないが、マツダが最初に送り出した軽乗用車の『R360クーペ』は、先進的なメカニズムを満載していた。その一例が時代に先駆けてトルクドライブと呼ぶ3要素1段2相式トルコンを使った2速ATを設定したことだ。それだけではない。この2速ATをベースにした身体障がい者仕様を、1961年に特別設定している。

これはステアリングに追加した1本の手動レバーで速度を自在に調整できる画期的な手動運転装置だった。60年も前に、身体障がい者仕様のクルマを開発し、販売に移したのは、当時、マツダの社長だった松田恒次氏が足に障がいを持っていたからである。すべての障がい者に走る歓びを知ってもらいたい、クルマを乗る幸せを多くの人に提供したいと考えて手動運転装置を開発し、送り出した。

この松田恒次社長の熱い思いを継承し、最新技術を駆使して開発したのが『MX-30 EV』をベースにした自操式車両「Self-empowerment Driving Vehicle」だ。自分の力で、自由に移動したいと考えている、下肢に障がいを持つ人が運転を楽しめるクルマのことで、運転だけでなくクルマへの移乗や車いすの積み込みについてもサポートを行う。MX-30は観音開きのフリースタイルドアを採用している。Bピラーがなく、大きく開くから障がい者にも優しいし、チャイルドシートを取り付けるのもラクだ。

欧州で増えてきたリング式のアクセルを採用

日本の自操式福祉車両は、ATのセレクターレバーの位置にコントロールグリップを設置し、このレバーを前後に動かしてアクセルとブレーキを操作するクルマが多い。また、クルマの向きを変える時は、ステアリングの右側に装着した旋回ノブを行きたい方向に回す。これに対しマツダのSelf-empowerment Driving Vehicleは、欧米で増えてきたリング式のアクセルを採用しているのが特徴だ。ステアリングの内周に沿ってアクセルリングを追加し、これを強く押せばスピードが増していく。緩めれば減速するのである。

そのメリットは、ステアリングを握っていない親指や母指球にアクセル操作を分担させられるし、ステアリング操作とアクセル操作の両立もたやすいことだ。ブレーキは変速レバーの右側に手動のブレーキシステムを組み込んでいる。ブレーキレバーを前に倒せばブレーキが利き、減速するのだ。繊細なブレーキ操作ができるように、肘当ても設置した。このブレーキレバーにはハザードスイッチや回生ブレーキの減速度を調整するシフトアップ&シフトダウンのスイッチも組み込まれている。

環境にもハンディキャップを持った人にも優しく

MX-30 EVをベースにしたSelf-empowerment Driving Vehicleをちょっとだけ運転させてもらった。一般の運転操作と同じように、右足でフットブレーキを踏みながらイグニッションスイッチを押すと、アクセルペダルでの操作が可能だ。健常者が運転する時は、この手順を踏んで走らせることになる。障がい者による手動運転は、手動ブレーキのレバーを押し込み、イグニッションスイッチをオンにするとアクセルリングでの操作が可能だ。健常者と身体の不自由な人が、簡単に運転する機能を切り替えられるクルマは世界初だという。

下肢に障がいを持つ人がドライバーズシートに乗り込むのは、意外に難しい。そこでシート横にワンアクションで出し入れできるアクセスボードを追加した。手をつく位置やお尻を乗せる場所があるため、乗降時の足入れ性は大きく向上した。ドアの開閉と連動して、アクセスボードが自動的に収納できる機能が加われば、さらに使い勝手はよくなるだろう。

フリースタイルドアのメリットを活かして車いすを後席に載せるのもラクだ。同じような観音開きドアを採用するロンドンタクシーほど収納スペースは広くない。だが、インパネやフロントドアに設けられたスイッチで後席ドアを自動開閉させられるのは便利だと感じた。しかも軽量でコンパクトな車いすもマツダは設計している。カーボンファイバーなどを多用しているから価格は高くなりそうだが、身体障がい者には朗報だろう。

意のままにクルマの向きを変えられる

クラシックカーばかり乗っているせいか、運転操作にはすぐに慣れた。最初はリングを押すアクセル操作に戸惑うが、ちょっと走り込めばスピードの加減は簡単だ。それ以上にいいなと思ったのは、意のままにクルマの向きを変えられることである。日本の福祉車両に多いAPレバーと呼ぶ旋回ノブは、かなり回さないと行きたい方向に曲がってくれない。このウイークポイントが解消され、ストレスなくクルマが向きを変える。

ブレーキレバーも微調整に、最初は気を遣った。だが、これも5分もしないうちに慣れてしまい、停止線でもきれいに止まることができる。ちょっと手間取ったのは車庫入れだ。手動ブレーキレバーの奥にある変速レバーを切り替えるのは意外と大変だった。いくつか弱点はあるが、市販される時は洗練度を高め、さらに輝きを放っているはずだ。ハンディキャップを持つ人に優しいEVの誕生は嬉しい限り。Self-empowerment Driving Vehicleを体験したことによって、MX-30の魅力は大きく広がった。

《片岡英明》

片岡英明

片岡英明│モータージャーナリスト 自動車専門誌の編集者を経てフリーのモータージャーナリストに。新車からクラシックカーまで、年代、ジャンルを問わず幅広く執筆を手掛け、EVや燃料電池自動車など、次世代の乗り物に関する造詣も深い。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。

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