「バック時の事故」なくす国際基準が適用へ、トラックならではの課題も【岩貞るみこの人道車医】

後部カメラ義務化の方針が固められた。写真はイメージ
後部カメラ義務化の方針が固められた。写真はイメージ全 3 枚

国交省では、後部カメラ(バックビューモニターなど呼び方は様々)の義務化の方針を固めた。そこには2015年に起きた、ひとつの事故が関係している。

2015年10月。愛媛県で、視覚障がい者といっしょにいた盲導犬が、後退(バック)してきたトラックにはねられ共に亡くなった。トラックには後退時に警報音が出る装置がついていたが、事故当時、スイッチは切られていたという。

「大切な警報音なのに、なぜ、切ることができるのか。どうして義務化されないのか」

世間では、後退時警報装置の義務化を求める声が一気に高まった。しかし、スイッチが切れるようになっているのには理由がある。「バックします」「右に曲がります」などの音声は、周囲の住民から「うるさい」という苦情が絶えないからだ。

後退時警報装置を義務化するべきか。しかしこのとき、視覚障がい者団体からは、別の声が上がっていた。

「目が見えなければ、警報音が鳴ってもどこに逃げればいいのかわからない。」

そう、音を出されたって見えない人は戸惑うばかり。安全確認はドライバーがするのが基本なのである。

車両の周囲を確認するための装置としては、サイドミラーがある。サイドミラーで見える範囲も基準で決められている。けれど、真後ろに関しては、安全のための基準はなにもない。極端に言えば、見えなくてもいい状態である。そこで国交省は、これを基準化しようと動いたのである。

と、このように書くと、愛媛での事故だけがきっかけのように思えるけれど(私はそう思い込んでいた)、実は、2015年の時点で国交省は、後退時事故を重視してすでに行動を起こしていた。後退時の死傷事故は数こそ少ないもののスーパーやファミレスなどの駐車場で発生することが多く、子どもたちが被害に遭うことが多い。それゆえ2015年に後部カメラを自動車安全アセスメントの対象にしていた。愛媛の事故は、そんなさなかに発生したのである。

「後退時の事故をなくす」ための国際基準

後部カメラ義務化の方針が固められた。写真はイメージ後部カメラ義務化の方針が固められた。写真はイメージ
後退時の事故をなくす。そのための国際基準を作る。強い決意のもと、すぐさま国交省は日本国内の意見をとりまとめ、日本が加入している国連欧州委員会の自動車基準調和フォーラム、通称WP.29の、下部組織である「視覚障碍者の近接事故の作業部会」に提案をした。こうした技術基準は、日本だけが勝手にやっているわけではなく、WP.29で決めていくのである。

WP.29で何度となく議論を重ね(「もっと厳しくしろ」「いまの技術じゃ無理!」という激論。ただ、夢のような技術が魔法のように完成するはずがないので、健全で現実的なところに落とし込む)、2020年11月、基準=試験要件が策定された。

車両直後の、確認できなければいけない範囲は、車幅×後方30cm~3.5mの広さ。高さは、ひとり歩きをはじめる子どもを想定して80cm(詳しくは、国交省のサイトを参照)。また、後退をアシストするのは、後部カメラだけでなくミラーや警報音でもよしとしている。

WP.29で決定したあとは、6か月間の異議申立期間が設けられており、この間、「オブジェクション! 異議あり!」という声が発せられなければ確定になる。それが、2021年5月。これを受けて、国交省が「改正時期(予定)は2021年6月」と発表したというわけだ。

対象になるのは、乗用車だけでなく、一部の特殊車両をのぞきほぼすべてのトラックも含む。そう聞くと、トラック=砂利トラと連想する私は、過酷な粉塵のなかで使う車両で、しかも後ろが跳ね上がる仕様なのに後部カメラで対応できるのかと心配になる。そこで、日本自動車工業会に聞いてみた。

すると、トラックの後部カメラは、なんと50年前からアフターパーツがあり、2018年の時点で5トントラック以上のものは91%、10トントラックなど、ボディが長いものになると64%の装着率だという。今回、基準だ義務化だと言う前からそうとう使われており、全車両義務化と言われても特段、慌てたり反論する必要などなかったそうだ。

トラックバス系の事情に疎く、勝手に「大型車メーカー、開発が大変じゃないの!?」と思い込んでいた自分が恥ずかしい。

トラックならではの問題とは

トラックのイメージトラックのイメージ
さて、国連WP.29で決定したのちに採用するか、適用時期をどうするかは各国が決めていく。日本は提案国ゆえ即採用。そして、適用時期(予定)は、新型車が2022年5月から。継続生産者は、2024年5月としている。

すでに乗用車には2019年の時点で56.9%も普及しており(工場出荷時。日本自動車工業会)、トラック系だって、アフターパーツで技術は確立している。2022年と言わず、すぐに適用しちゃえばいいのにと思うのはユーザーの希望的意見だが、実は、ここにひとつ問題があった。

これまで後部カメラは、ユーザーがアフターパーツをとりつけていたため、使えればよいという状態だった。しかし基準化されたとなれば、見える範囲を基準通りにしければならない。そして、そこにはトラックならではの問題があるのである。

トラックの場合、メーカーが作るのは、運転席~シャシー(荷台部分を構成する骨組み)まで。シャシーの上に載せる荷室部分(コンビニトラックの荷物を入れている部分など)は、架装会社が担当するのだ。後部カメラは、車両後端の上部につけるため、最終的な取り付けは架装会社が担うことになる。つまりメーカーは「このくらいの大きさの荷室をつけるはずだから、その位置からきちんと基準の範囲が確認できるように……」と、四角い箱の大きさを仮定しながら設計しなければならず、さらに、架装会社に正しい取り付け装置を伝授するという作業があるのである。

また、砂利トラやアスファルト運搬を担うトラックには、汚れたら拭くように指導したり、カメラのレンズ部分の汚れを防ぐカバーを用意したりということも加わる。

さらに、クルマを運ぶ大型のキャリアカーについては、取材時点では性能基準を満たす取付位置を検討中だという。大型キャリアカーには後端の高い位置に後部カメラを取り付ける場所がないからだ。

適用時期は2022年5月

このようにまだクリアすべき問題があるので、適用時期は2022年5月を予定しているけれど、ここも、「欧州が2022年7月だから、絶対、日本が一番乗りで!」という提案国である日本の意地の日程が組まれている。

クルマがどんどん電脳化して車両価格が上がることに抵抗がゼロとは言えないけれど、安全なクルマを作り、安全に使ってもらいたいと動いた人たちの思いを聞くと、やっぱりありがたいなと思う。そして、今度は私たちドライバーの番だ。技術は使いこなしてこそ。後部カメラも、ドライバーが正しく使って、安全にクルマを動かしたいと思う。

岩貞るみこ|モータージャーナリスト/作家
イタリア在住経験があり、グローバルなユーザー視点から行政に対し積極的に発言を行っている。主にコンパクトカーを中心に取材するほか、ノンフィクション作家として子どもたちに命の尊さを伝える活動を行っている。レスポンスでは、アラフィー女性ユーザー視点でのインプレを執筆。コラム『岩貞るみこの人道車医』を連載中。

《岩貞るみこ》

岩貞るみこ

岩貞るみこ|モータージャーナリスト/作家 イタリア在住経験があり、グローバルなユーザー視点から行政に対し積極的に発言を行っている。レスポンスでは、女性ユーザーの本音で語るインプレを執筆するほか、コラム『岩貞るみこの人道車医』を連載中。著書に「未来のクルマができるまで 世界初、水素で走る燃料電池自動車 MIRAI」「ハチ公物語」「命をつなげ!ドクターヘリ」ほか多数。2024年6月に最新刊「こちら、沖縄美ら海水族館 動物健康管理室。」を上梓(すべて講談社)。

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