【ダイハツ トール 450km試乗】この種のコンパクトカーが欲しいなら、新型を待つ必要はない

ダイハツ トール カスタムGターボのフロントビュー。この立派なサイズのメッキグリルが顧客の心をつかむのだろうか。
ダイハツ トール カスタムGターボのフロントビュー。この立派なサイズのメッキグリルが顧客の心をつかむのだろうか。全 22 枚

ダイハツのAセグメントミニカークラス相当のトールワゴン『トール』を450kmほどテストドライブする機会があったので、インプレッションをお届けする。

トールがデビューしたのは2016年。すでにモデル後期に入っているが、トヨタ自動車ブランドで販売されている『ルーミー』は普通車販売の上位が定位置。2021年に入ってからは常にトップ3圏、4月および5月は単独モデルとしてはトヨタ『ヤリス』を抜いて普通車販売の首位に立ったとみられる。以前、トヨタブランドでは『タンク』とルーミーの2ブランドで売られていたが、その頃からセールス面の強さは際立っていた。同社の販売再編計画によってルーミーに一本化された今、トップセールスモデルとなったことは何の不思議もない。

エンブレムは控えめ。エンブレムは控えめ。
ルーミーの影に隠れて地味な存在となっているダイハツ版のトールだが、オリジナルはもちろんこちらだ。そのトールはAセグメントミニカー『ブーン(トヨタ名パッソ)』と同様、軽自動車プラットフォームを拡張するという手法で作られている。エンジンルームがコンパクトであることから、車体が全長3.7mと非常に短いにもかかわらず軽トールワゴンのように室内長にゆとりを持たせられたのが特徴。

テストドライブ車両はエクステリア、インテリアの装飾性を高めた「カスタム Gターボ」。ドライブルートは東京都内、および千葉を中心とした郊外路で、総走行距離は457.2km。道路比率は市街地5、郊外路4、高速1。それに加えてワインディングロードをごく短距離走った。1~3名乗車、路面コンディションはドライのみ。エアコンAUTO。

まず、トールの長所と短所を5つずつ列記してみよう。

■長所
1. 車体が短いうえに見切りが良く、市街路での取り回し性に優れる。
2. エンジンの排気量が1リットルであるため税金が安い。
3. 普通車ながら軽スーパーハイトワゴンなみの室内長を持ち、室内幅は圧倒的に広い。
4. ヘッドランプが先進のアクティブハイビーム。
5. 低コストモデルながらインテリアの意匠性、質感がそこそこ高い。

■短所
1. 老朽化が進んだ路線では乗り心地が有意に悪い。
2. 1リットルターボ+CVTの燃費があまりよろしくない。
3. 高速走行のスタビリティは同社の軽トールワゴン『ムーヴ』に負ける。
4. シートのホールド性が低く、ドライビングポジションも良くない。
5. シャシーは性能を云々するレベルにない。

徹底的に街乗り向けなクルマ

渋谷・代官山にて。渋谷・代官山にて。
実際にトールをドライブしてみて感じられたのは、タウンライド、ショートドライブに徹底的に適合させたクルマであるということ。道の整備状況が良く、速度レンジも低い市街路においては静粛性、乗り心地、居住区や荷室の広さなど、バジェットトランスポーターに求められるパラメーターはどれも高得点。ショートボディのおかげで、コイン駐車場など狭い場所での取り回しは軽自動車並みに良い。インテリアの仕立てが低コストモデルながらみすぼらしさを感じさせないよう良く工夫されている。筆者はこのトールでまず都心~羽田空港の送迎を行ってみたが、そういう使い方では文句のひとつもない。エクセレントである。

その余勢を駆って、クルマの特質をもう少しよく見てみようと一人でプチ遠乗りに出かけてみたのだが、そのステージでは市街地での好印象はとみに落下した。高速巡航ではロードノイズがにわかに高まり、路面が老朽化した場所では乗り心地は明確に悪化。直進性や旋回時の安定性は同社の軽トールワゴン『ムーヴ』に大敗している感があった。

前席。少々狭いが前後ウォークスルーができるところは軽スーパーハイトワゴンに対する優位性のひとつ。前席。少々狭いが前後ウォークスルーができるところは軽スーパーハイトワゴンに対する優位性のひとつ。
車体の揺動が大きくなったときのシートの受け止め力も貧弱でロングドライブ耐性は低い。東京起点で千葉の犬吠埼から房総丘陵のワインディングを通って東京湾に出るつもりだったのだが、途中で「もう大体わかった」という気分になり、途中で近場に目的地を変更した。試乗距離が伸びなかったのはこのためである。

このようにショートレンジは良く、ロングレンジについては完全に捨てるという割り切ったキャラクターづけがなされているトールだが、トヨタ版のルーミーは前述のようにバカ売れしている。それはほとんどのミニカーユーザーにとってロングレンジ側の性能は関係ないということを端的に示していると言える。

日本自動車工業会の調査によれば、日本における2019年の自家用乗用車の平均月間走行距離は370km。月間600km以上乗られるクルマは23%、1200km以上に限れば4%にとどまる。これはちょっと空港の送り迎えをし、翌日千葉にちょっとドライブに行っただけという今回のロードテストでも平均は超えているということでもある。ユーティリティの高さ、タウンライドで破綻のなさ、トヨタブランドへの国民のロイヤリティの高さがスマッシュヒットの理由であろう。

高速走行は苦手だが

タイヤは175/55R15サイズのダンロップ「エナセーブ EC300+」。ロープロファイルゆえ側壁のたわみが固く、乗り心地は悪い。本来ならタイヤ径をワンサイズ上げたいところだが、設計上の制約があるのだろう。タイヤは175/55R15サイズのダンロップ「エナセーブ EC300+」。ロープロファイルゆえ側壁のたわみが固く、乗り心地は悪い。本来ならタイヤ径をワンサイズ上げたいところだが、設計上の制約があるのだろう。
では、各性能についてもう少し詳しく見ていこう。走りの性能は正直、良くない。高速道路では直進時の手応えが希薄で、体感を頼りに走っているとふらつきが出やすい。ワインディングロードでは進入速度が高めだとブレーキングで前輪に荷重をかけてやってもどアンダー傾向が強まる。限界に至るまでの過渡特性も悪く、どのくらいのペースなら大丈夫かということもつかみづらい。

もちろん市街地走行オンリーならこの手の性能は実用にまったく関係ないし、ちょっとした遠乗りでも危険という印象は少ない。普通の運転であれば車両の限界より相当手前で電子制御車両安定システムが積極介入し、安全な状態から逸脱しないようコントロールされるからだ。夜間の地方道で動物が飛び出してきたときなどの緊急回避能力は少し低いかもしれないが、そこはゆっくり走れば済む話だ。

乗り心地は路面の小さな凸凹を吸収する、いわゆるハーシュネスカットは結構優秀。サスペンションが大きく上下動するような入力についてはフリクション感がかなり強くスムーズさを欠くという感じであった。これは軽自動車ベースゆえのサスペンションストローク不足などが主因と考えられるが、このカスタムGターボの場合、175/55 R15という低扁平率のタイヤがそれを助長している部分もあるのではないかと思われた。他のグレードの165/65 R14に替えれば荒れた郊外路やアンジュレーション(路面のうねり)が連続する高速道路における乗り心地が向上するかもしれない。

3気筒でもパワーは十分、燃費性能は…

3気筒1リットルターボは動力性能的には十分。インタークーラーはエンジン上部に置かれ、風はグリルからエアダクトで送るようになっていた。3気筒1リットルターボは動力性能的には十分。インタークーラーはエンジン上部に置かれ、風はグリルからエアダクトで送るようになっていた。
次にパワートレイン。最高出力98psを発生する1リットル3気筒ターボ+CVTは車重1.1トンに対して十分な能力を持っており、加速はフルロードに近い状態でも十分に軽やか。自動車工学の進化により、今のエンジンは3気筒でも振動特性に不満が出るようなこともない。このエンジンもその例に漏れず、十分に滑らかであった。

動力性能的が満足の行くものであったのに対し、燃費は期待するほど伸びなかった。満タン法による実測値は首都高速を含む比較的すいた東京都心を中心に走った218.6km区間が15.7km/リットル。東京~千葉の流れの良い郊外路を主体に走った167.8km区間が18.3km/リットル。都市部のスコアはまあこのくらいでも御の字として、伸びなかったのは流れが良く、平坦路ばかりだった郊外。車両重量や空力、CVTの機構の違いなどが影響してか、同じ1リットルターボのミニSUV『ロッキー』より1割強悪いという印象だった。パワーが不要なら自然吸気をセレクトするのも悪くない。

実寸以上に広く感じられる室内空間

フロントドアは開放角が非常に大きく乗り降りしやすい。後スライドドアは間口が広いわけではないが、低床設計によりこちらもお年寄りに優しい。フロントドアは開放角が非常に大きく乗り降りしやすい。後スライドドアは間口が広いわけではないが、低床設計によりこちらもお年寄りに優しい。
室内は非常に使いやすい。冒頭で述べたように全長3.7mというショートボディながら、軽自動車ばりのエンジンルームのコンパクトさによって室内長を思いっきり稼いでいる。軽自動車と明らかに違うと一発で感じさせられるのは室内幅で、乗り込んだ瞬間「うわっ広い」と思った。全幅は1.67mと、5ナンバー幅びっちりというわけでもないのだが、絞り込みのほとんどない切り立ったボディ側面によって、実寸以上に広く感じられる。前席は左右ウォークスルーが容易にできるのは当然として、ちょっと狭いが前後の移動もやろうと思えばできる。このあたりは維持費の安い軽スーパーハイトワゴンでなくあえてトールを選ぶ動機付けになりそうな部分である。

後席は左右分割可倒、左右独立スライドが可能。スライド幅はかなり大きく、20cmをゆうに超える。後席を一番後方に寄せたときのレッグスペースの広さはFセグメントサルーンと比べてもそん色ないレベル。その状態でも荷室は実用に耐える下限のスペースは確保される。

後席スライド量は非常に大きく、後席を倒さないときの荷室アレンジの自在度は高い。後席スライド量は非常に大きく、後席を倒さないときの荷室アレンジの自在度は高い。
VDA方式による計測値は205リットルだそうだ。後席を前に寄せ、居住区を犠牲にすれば荷室は相当な大荷物も乗せられるようになる。その状態でも窮屈ながら人が乗れないほど狭くはならない。フロアが低く、高齢者にとって室内へのアクセスが非常に楽というのも美点のひとつだ。

インテリアのデザインや質感の出し方はクルマでイキりたいというユーザーの心理を巧みに突いたもので、なかなか上手い。ベーシックカーはコスト制約が非常に厳しい。トールもよく見ると樹脂部はことごとくハードプラスチックだし、ダッシュボードの縫い目が射出成型で作られたものであるのをはじめ至るところがギミックだらけだ。が、それを安さ丸出しに見せないのがダイハツの腕というものであろうか。色使いやシボの付け方、樹脂の光沢感のつくり等々、いろいろな点でベーシックカーのトップという感じであった。

イカツイ系デザインのダッシュボード。質感の出し方の上手さに感心した。イカツイ系デザインのダッシュボード。質感の出し方の上手さに感心した。

アクティブハイビームが秀逸

運転支援システムはステアリング制御を持たないシンプルなタイプだが、車線認識の精度はそこそこのレベルに達しており、安全装置としては十分満足のいくものだった。不満だったのは前車追従型のアダプティブクルーズコントロールで、ここ5年くらいの間に乗ったクルマの中で最も制御がヘタクソだった。高速道路では速度調節がちょっとせわしないかなという程度だが、問題は渋滞時の追従機能。前車よりかなり離れて一旦停止し、そこから尺取り虫のようにギクシャクしながら前車との距離を詰めていくのだ。テストドライブということでしばらく使ってみたが、これがマイカーならあっても使わないというレベルであった。

逆に優れていたのはフロントライティング。トールのカスタムには先行車や対向車を避けて照射するアクティブハイビームが装備されている。小糸製作所と共同で開発したという低コストタイプのユニットなのだが、その性能は結構なもので、これだけ判定が的確で照射能力も高いのならぶっつけても修理代が高くならずにすむ低コスト大いに結構と思った。ステアリングに連動して照射範囲を大きく変える機能はついていないが、コーナリング時にコーナーのイン側を照らすサブライトが装備されており、夜間のドライブも結構いい感じでこなすことができた。

ダイハツはこのところ、軽自動車にもアクティブハイビームを装備するようになっているが、コスト問題さえクリアできるのであれば、こういう装備はこれからもどんどん拡大採用していただきたいと思った次第であった。

まとめ

ダイハツ トール カスタムGターボのリアビュー。アッパーボディがほとんど絞り込まれておらず、室内の広々感は素晴らしかった。ダイハツ トール カスタムGターボのリアビュー。アッパーボディがほとんど絞り込まれておらず、室内の広々感は素晴らしかった。
短距離ランナーとしての仕立てに徹したトールは、お買い物や家族の送り迎えといったデイリーユースに徹するかぎり、これで十分とユーザーに感じさせるだけの作り込みがなされたクルマであった。軽自動車に比べると税額は高いが、2019年の自動車税引き下げのときに最も引き下げ幅が大きかった排気量1000cc以下クラスであることもユーザーにとっては嬉しいところ。

本文で遠乗りが苦手と書いたが、1年に1、2回ちょっと遠出するくらいであれば、ちょっと我慢すればいいとも言える。昔の短距離用のクルマのように我慢できないくらい悪いというわけではないのだから。すでにモデルライフ末期に差しかかっているが、この種のミニマムトランスポーターが欲しいという人はわざわざ新型を待つ必要はない。今すぐ買っても全然OKだ。

最大のライバルはスズキ『ソリオ』。筆者はこのソリオでもロングドライブを試しているが、性能的には設計が新しいぶん、ソリオのほうが格段に優れている。とくに長距離ドライブ耐性やハンドリングでは両者、比べるべくもないというくらいの差がある。にもかかわらず、トヨタ版のルーミーが販売スコアで圧倒しているのは、ひとえにトヨタというブランドへの信頼感のたまものであろう。

トヨタ『シエンタ』やホンダ『フリード』など、Bセグメントサブコンパクトクラスのミニバンも、ダウンサイジングへの誘導という意味では競合する。実際、販売現場ではブランドに限らず多人数乗車のニーズは次第に減少しており、2列シートに移行する顧客は増え続けているという声が多々聞かれる。自工会の調査では、大勢乗るときの乗車人数が6名以上と回答したのは全体の12%に留まったという。今はまだ「どうせなら2列より3列」という大は小を兼ねる的な消費行動が見受けられるが、クルマにかかるコストを下げたいと考える場合、小さく軽く、それでいて広いAセグメントトールワゴンに移行するのは自然な流れと言えよう。

グレードチョイスだが、パワーが欲しいというユーザーはカスタム、ノーマルどちらにも設定があるGターボ一択であろう。が、カスタムは204万6000円、ノーマルで186万4500円と結構高価なのが難点。自然吸気版の場合、結構狙い目なのが最低グレードの「X」(155万6500円)に2万8600円のシートリフター、シートヒーター、シートバックトレイなどからなるセットオプションを装備したもの。前車追従クルーズコントロールはオプションでも装備できないが、月間数百kmしか走らないのであればそもそもクルーズコントロール自体不要であろう。

シンプルなライフスタイルを送るにはなかなかいい選択肢ではないかと思った次第であった。

ダイハツ トール カスタムGターボ。ダイハツ トール カスタムGターボ。

《井元康一郎》

井元康一郎

井元康一郎 鹿児島出身。大学卒業後、パイプオルガン奏者、高校教員、娯楽誌記者、経済誌記者などを経て独立。自動車、宇宙航空、電機、化学、映画、音楽、楽器などをフィールドに、取材・執筆活動を行っている。 著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。

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