【池原照雄の単眼複眼 最終回】安全技術で世界をリードしよう

ホンダ:知能化運転支援技術の試作モデル
ホンダ:知能化運転支援技術の試作モデル全 6 枚

◆AIによるオーダーメイドの安全運転支援

この2週間で、ホンダとマツダの先進的な安全技術を体験取材する機会があった。クルマやバイクがもたらす交通事故という負の側面を、何とか克服しようというテクノロジーの必死の挑戦が続いている。

目下のところ、自動車メーカーにとっては何年までに電動車をどれだけ「増やす」かのアピールが最優先されている。だが、2018年の世界の交通事故死者はなお135万人 (WHO=世界保健機関調査)にのぼっており、亡くなる人を「減らす」ことは、企業の社会的責務からも電動化に匹敵する意義がある。「安全」は、世界で最も多くのクルマとバイクを世に送り出す日本の自動車産業が率先して創出すべき未来への贈りものだ。

ホンダが今回公開したさまざまな安全技術で、一番の注目を集めたのはAI(人工知能)の活用で個々のドライバーの運転状況に応じてミスを防ぐという「知能化運転支援技術」だった。同社は量子科学技術研究開発機構(千葉市)などと共同で、運転時における脳活動の研究を進めており、その知見を基にAIがドライバーの運転リスクの検出や回避誘導をできるようにするものである。

車両とその周囲の状況は車載センサー、ドライバーの運転状況は車内カメラなどで検知し、AIがリスクを検出した際は、計器類の上部に設置する表示装置やシートベルトの巻き込み制御などで知らせる。さらに、運転がふらついている状態ではステアリングの操作アシストを、ブレーキ操作が遅れそうな時はそのアシストなども行う。オーダーメイドともいえる安全支援技術であり、体験した試作車の完成度も高い。ホンダは2020年代後半の実用化を目指している。

◆ドライバーの異常時にクルマを安全に止める

マツダの新技術は、「CO-PILOT CONCEPT(コ・パイロットコンセプト)」であり、ドライバーの居眠りや急病による事故を回避するよう、「クルマを安全に止める」ことに焦点を当てている。CO-PILOTは「副操縦士」を意味し、操縦士たるドライバーが運転不能になると、CO-PILOTが自動運転によって周囲の車両や歩行者らの安全も確保しながら、路肩などに車両を停止させる。

東京都江東区の一般道で行われた今回の体験試乗では、2025年以降に導入予定の「CO-PILOT 2.0」を搭載した実験車両が使われた。車内カメラやハンドルのセンサーなどにより、システムがドライバーの異常を検知すると、車線変更や路肩への移動などを車内外に通知しながら自動運転で実行する。停車後もドライバーの反応がない場合は「ヘルプネット」に通報する。同乗試乗では、路肩に駐車した車両があったり、信号のある交差点を通過したりと、リアルな交通環境だったがトラブルもなく停止した。

マツダは、この「2.0」の実用化に先立ち、2022年から「CO-PILOT 1.0」を新モデル3車種に搭載して実用化する。一般道で停止させる際に車線変更の機能はないが、ドライバーの異常の検知や、停止させるプロセスなどは、ほぼ「2.0」と同じ。居眠り運転の車両が引き起こす悲惨な事故は、日本でも後を絶たないだけに、早期の普及が望まれる技術だ。

◆産官学協働で築く“ぶつからない交通社会”

期せずしてマツダも広島大学などとタイアップし、ホンダのように脳科学の研究を進めており、「2.0」ではドライバーの異常を早期に予知する技術を確立したい考えだ。こうしたAI領域の活用や、「5G」による通信の飛躍的な高速化は、これからの安全技術の進化を図るうえで大きな援軍となる。ホンダは今回の取材会で、道路などのインフラや歩行者のスマホなどとクルマやバイクが通信技術でつながって“ぶつからない交通社会”を築く「安全・安心ネットワーク技術」も提唱した。

もちろんホンダ1社では実現できず、自動車や通信といった産業界、各国政府など行政との連携が欠かせない。本田技術研究所の高石秀明エグゼクティブチーフエンジニア(*)は、「個社ではできないので、非常に大きなチャレンジと考えている。関連業界や官庁への働きかけを、全世界で加速させていきたい」と話す(*高ははしご高)。

ホンダはこのネットワーク技術について2030年以降の社会実装を念頭に、20年代後半に技術の標準化を目指している。安全技術にも各社間の競争領域と協調領域があるが、これは典型的な協調領域であり、まずは日本で産官学の連携による成功事例を是非とも確立してほしいところだ。

◆死者ゼロの旗印がエンジニアを鼓舞する

安全技術の推進には「旗印」も必要ではないか。SUBARU(スバル)は2018年7月に、就任したばかりの中村知美社長が新中期経営ビジョンで「2030年死亡交通事故ゼロ」を目指すと表明した。これには「スバル乗車中の死亡事故およびスバルとの衝突による歩行者・自転車等の死亡事故をゼロ」との注釈が付いている。また、同社に確認すると、「スバル」とは登録車が対象で、地域についても「まずは主力市場と位置付ける米国、日本での取り組みに注力し、順次グローバルに拡げていくことになる」(広報部)という。

「アイサイト」でぶつからないクルマをリードしてきた技術に磨きをかければ、「ゼロ」はもうすぐそこにあり、中村社長は「本気で取り組む」と宣言に打って出た。ホンダも今年4月に就任した三部敏宏社長が2050年に同社の二輪車と四輪車が関与する交通事故の死者をゼロにすることを目指すと公表した。2030年にはゼロへのマイルストーンとして20年の死者数を半減させるよう取り組む。

ホンダはスバルよりも、ゼロへの到達年が先となるが、安全対策が厳しい二輪車を含むうえ、全世界で走っているホンダ車(保有車)を全て対象とするという高いハードルにしているからだ。両社の「ゼロ」は、社会との契約ではなく、あくまでも「目指す」という位置付けだ。それでも掲げた旗は、両社の安全担当のエンジニアを確実に鼓舞する力になっていると感じる。2社に続く宣言も期待したい。

(2006年1月にスタートした連載を終えます。読者の皆様、16年間にわたり有難うございました。筆者)

《池原照雄》

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