【川崎大輔の流通大陸】コロナ禍、アセアン自動車業界の実態

タイの首都バンコク
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◆変化するアセアン自動車市場

日本が親、アセアンが子と見ていた時代があった。確かにアセアンは日本を見習わなければならない部分もある。しかしながら、アセアンの「活気」、「スピード感」は、日本が見習うべき点だ。時がたち、日系企業のアセアン進出の目的も変化した。以前は製造業のコスト削減がメインの市場であった。しかし今はそういった目的の他にも、獲得すべき市場として販売拡大を進めている。日本国内の消費が年々減少傾向を続ける中、多くの日系自動車メーカーが目を向けてアセアン市場進出を拡大した。アセアン10カ国の中でも、タイ、インドネシア、マレーシア、そしてベトナム、フィリピンは年間新車販売台数の上位5カ国。

これら5カ国は、自国における自動車生産能力(自給率)によって、3つに区分することができる。1つ目が自動車輸出国のタイ。自国で生産する自動車が、タイ国内販売台数を上回り、アセアン各国に完成車を輸出する「自動車輸出国」だ。2つ目が「自動車自給国」のインドネシアとマレーシア。自国の生産台数と販売台数が同じくらいとなっており、自国で生産したものを国内で販売する国だ。3つ目は、一定の自動車生産台数はあるが少量で、国内販売する自動車を輸入しているベトナム、フィリピンは「輸入超過国」となっている。各国の生産能力は所得の変化、消費市場の拡大などにより変化するが、現時点でアセアン市場全体におけるベトナム、フィリピンの完成車(生産)の影響は少ないと判断できる。アセアンの自動車生産における変化を確認していく際には、タイ、インドネシア、マレーシアの「アセアン生産3カ国合算」の台数から市場の変化を確認することで概略を理解することができよう。コロナ感染の拡大よって、アセアン自動車業界に変化が起きている。

◆コロナにより再び露呈したサプライチェーン問題

3カ国(タイ、インドネシア、マレーシア)の合算の生産台数は、2019年387万台、2020年260万台、2021年329万台と推移。2020年の年間生産台数はコロナ前の2019年対比で-30%以上の落ち込みだが、2021年は同じコロナ前の2019年対比見ると-15%。コロナによる消費マインドの落ち込みも確かにあるが、今回のコロナショックは自動車生産において大きな課題を突きつけることになったことは間違いない。

コロナの感染拡大を受けたアセアン各国での工場の操業規制などの影響で、自動車産業のサプライチェーン寸断が現実化し日系自動車メーカー各社を合わせると100万台レベルの減産となった。サプライチェーン=供給網の課題は未だ残っている。このコロナショックで、自動車業界に何が起きたのかを確認していきたい。

2020年3月以降、アセアンの自動車生産台数は落ち込んだ。その後、持ち直し2021年に入ったが、感染力の強い変異種デルタ株が出現。それにより2021年春以降、状況は激変した。自動車生産は新しい局面を迎えた。これまで感染を封じ込めていたマレーシア、ベトナム、タイで2021年4月以降感染者数が急増したことが原因だ。マレーシアでは6月にロックダウン(都市封鎖)を行った。マレーシアとベトナムは、感染抑制をするため他国に比べ、製造業に対して厳しい規制措置をとった。その規制措置により、生産台数は2021年7月まで右肩下がりの減少を継続。その後、再び緩やかな回復基調に向かった。11月、12月の年末には、対19年同月比でコロナ前の生産台数水準まで回復。ジェットコースターのような上下を繰り返し、コロナに翻弄された自動車生産の現場。根本的な原因であるサプライチェーンの課題は残る。2022年の生産台数に関しても楽観的な見方はできない。

未だ先が見えないコロナ感染拡大に加え、半導体などの部品の世界的な供給不足が原因となっていることは間違いない。特に半導体に関しては家電やゲーム機向けの需要が増えてきており奪い合いとなっている。大幅な半導体の供給不足により半導体の不足感が解消されるのは2022年の秋以降だとの見方が出ている。

◆マレーシアとベトナムから広がったサプライチェーンの混乱

今回のコロナ禍においてマレーシアとベトナムは、自動車産業におけるサプライチェーンに大きな影響を及ぼした。両国ともコロナ禍の対応として、厳格なコロナ対策が実施され工場の操業規制が実施された。デルタ株の蔓延を受けて、マレーシアでは2021年4月以降に新規感染者が急増。ベトナムでも2021年7月に感染が急拡大した。それによって自動車製造に使われる車載半導体とワイヤーハーネスの供給が不足し、サプライチェーンに大きな影響を及ぼす結果となった。

マレーシアでは、2020年に新型コロナの感染拡大に伴って発令された移動制限令による工場操業制限が実施された。自動車と自動車部品製造業に関しては、この発令によって2020年3月18日から全国的に操業不可となった。また、輸出用完成車と自動車部品については4月12日まで、国内用完成車については5月3日まで操業停止が続いた。2021年に入ってから感染者が増加し、1月13日に移動制限令の再発令により、自動車関連の製造業は操業停止。2021年6月1日以降、デルタ株の蔓延を受けて操業制限が厳格化され自動車部品の供給不足による影響で周辺国の工場稼働停止の原因にもなった。

マレーシアにはSTMicroelectronicsやInfineonなど半導体の後工程メーカーが集中し、世界の半導体生産の1割強を占めると言われている。マレーシアでの工業稼働停止は半導体の供給不足を通じて自動車産業に大きな影響を与えており、2020年秋以降から特に目立ってきていた半導体不足に拍車をかけた。確かにマレーシアでは、2021年12月時点でワクチンの接種率が日本並みに高くなっており、早期の工場フル稼働の再開も進むと見られる。しかし、マレーシアの状況が改善されたとしても慢性的な半導体不足は続く。半導体受託生産大手のTSMC(台湾)などでも自動車向け半導体を強化しているが、その割合は全体のまだ1割程度。電子・電機メーカーへの供給が優先となっている。十分な供給力を回復するまでには少なくとも1年以上はかかる可能性がある。

ベトナムは、2020年時点で新型コロナの抑え込みに成功し、GDPは世界でも有数なプラス成長を維持していた。2021年初頭は経済の回復に向けて順調なスタートを切っていた。しかし、デルタ株の登場により2021年7月以降一気に感染が拡大し、厳格な隔離措置が実施された。特に感染者が多かったホーチミンとその近郊では従業員の移動が禁じられ、工場で食事、宿泊を強いられる工場隔離になり、交代ができず稼働率の低下や停止を招いた。自動車部品の供給難が続く結果となった。ベトナムはワイヤーハーネス(自動車用組電線)などの労働集約的な自動車部品の集積地となっている。製造業の拠点を中国から分散し、チャイナ・プラスワンが進められたた結果、ベトナムは生産移転先の有力国となっていた。電線を束ねる工程で人手を必要するため、活動規制などの影響を大きく受ける。日系自動車メーカーは、ワイヤーハーネスをベトナムに依存している。

マレーシアとベトナムだけがサプライチェーンの危機を引き起こした犯人ではない。アセアン各国でも、コロナの集団感染が発生し、稼働規制がかかりサプライヤーの供給が止まるなど、あらゆるエリアで部品の調達が滞る事態が起きている。東日本大震災などの教訓から日系自動車メーカーは、重要な部品の在庫を積み増ししたり、1か所のサプライヤーだけからの調達を避けたり、サプライチェーンの見える化に取り組んできた。自動車製造業におけるコロナを撲滅するのではなく、共生するウィズコロナへの課題は、まだ規制も手段も未だ確立されているとは言えない。サプライチェーンの混乱は今も続いている。サプライチェーンの強靭化は一朝一夕にはできず部品サプライヤーと一緒に危機に対して迅速かつ的確に対応することがますます求められることになろう。

<川崎大輔 プロフィール>

大学卒業後、香港の会社に就職しアセアン(香港、タイ、マレーシア、シンガポール)に駐在。その後、大手中古車販売会社の海外事業部でインド、タイの自動車事業立ち上げを担当。2015年より自らを「日本とアジアの架け橋代行人」と称し、アセアンプラスコンサルティング にてアセアン諸国に進出をしたい日系自動車企業様の海外進出サポートを行う。2017年よりアセアンからの自動車整備エンジニアを日本企業に紹介する、アセアンカービジネスキャリアを新たに立ち上げた。専門分野はアジア自動車市場、アジア中古車流通、アジアのアフターマーケット市場、アジアの金融市場で、アジア各国の市場に精通している。経済学修士、MBA、京都大学大学院経済研究科東アジア経済研究センター外部研究員。

《川崎 大輔》

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