モデルベース開発で独自価値をさらに磨く…マツダ シニアイノベーションフェロー 人見光夫氏[インタビュー]

モデルベース開発で独自価値をさらに磨く…マツダ シニアイノベーションフェロー 人見光夫氏[インタビュー]
モデルベース開発で独自価値をさらに磨く…マツダ シニアイノベーションフェロー 人見光夫氏[インタビュー]全 11 枚

各国の規制や市場の要求など、ものづくりを取り巻く環境はますます複雑さを増している。本質的な課題を見つけ出し、いかに集中して効率的に対応していくべきか。
マツダにおけるモデルベース開発の導入・実践を主導し、SKYACTIVエンジンをはじめとする成果をもたらした同社シニアイノベーションフェローの人見光夫氏に、導入の経緯や実践における勘所を聞いた。

人見氏は4月26日開催のオンラインセミナー 「中西孝樹の自動車・モビリティ産業インサイトvol.6 マツダ」で、モデルベース開発(MBD)から始めるDXについて講演する。

バブル崩壊、苦境の中での選択

---:モデルベース開発の導入にはどのようなきっかけがあったのでしょうか。

人見:随分昔にさかのぼりますが、マツダは1990年代の初頭にバブル経済が崩壊して厳しい状況になり、フォードグループで使うエンジン開発を行っていましたが、そちらの開発に多くの人を取られ、将来の新しいエンジンを考える部隊は30人くらいにまで減ってしまいました。

そのうえ、前代未聞とも言えるような厳しい燃費規制がヨーロッパで実施されるというのが分かり、一体どうすればいいんだとなりました。国内ではハイブリッド車が急拡大して、ディーラーからは、ハイブリッドを作ってくれないと生きていけないと悲痛な叫びが聞こえていました。

電気自動車が次世代環境車としてもてはやされる雰囲気の中で、マツダは、ハイブリッドや電気自動車を何も持ってないと酷評されていました。しかし金もない、人もいない、どうするか?という状況まで追い込まれた時に、このモデルベース開発をやろうと考えました。

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これが2000年に私がパワートレインエンジン先行開発部長を拝命した時の人員です。3つグループがあって、一番左にユニット先行開発グループと書いてますが、これが将来に向けてエンジンの新しい技術を開発するところで、30人くらいしかいませんでした。

右の二つは、商品開発部門のサポートするのが主な仕事ですが、将来の技術のためにこの30人しかおらず、どうやってさまざまな課題に対応できるかという状況に追い込まれていました。

その時の課題を整理すると、まずは少人数で厳しい環境規制対応をどうするか。他社はハイブリッド電気自動車をやっていましたが、マツダは一体どうするのか。それから、この人員で長期的な技術力、競合力をどう担保するか。一番大きな環境改善という大義に、会社としてどう答えていくのか。世間の酷評にどう対応するのか、という課題がありました。

課題だらけ、技術開発もやらないといけないことだらけで、組織のパフォーマンスを決めるのは技術開発リソースです。しかし当時は人もお金もないという状況でした。そこでやろうとしたのは、内燃機関の究極の姿を描き、そこへ至るロードマップを描いて迷わず進むことでした。

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ガソリンエンジン、ディーゼルエンジンそれぞれその時の状況で、赤い色が理想から程遠い、グリーンは理想に近いことを示しています。ガソリンもディーゼルもゴールを設定して、これを3ステップでやっていくと決めました。計算してみると、まだ3~4割くらい燃費改善の余地はあるので、これで十分だ、エンジン開発でも行けると考えました。

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これは2015年のIEA国際エネルギー機関が予想していた、世界中で1年に出す新車のうちの動力源が何になるかというもので、この赤い太い破線より下は、内燃機関搭載車です。2040年でもまだ70%以上が内燃機関搭載車、2050年でも6割以上ということですから、大半を占める内燃機関の効率を改善するというのは、環境改善に対する大義という面でも何の問題もないし、自動車企業と自動車業界に身を置く企業として、これは責務だ、大半を占めるものに手を抜くのはあり得ないと考えました。

---:このグラフを見て、内燃機関にターゲットを絞ることを決めたのですか。

人見:これはもう少し後で出てきたものですが、その当時も電気自動車が大半になる予想はまったくありませんでした。今はもっと増えていますが。

---:いずれにせよ、内燃機関はまだまだ重要だという思いのもとに定めたということですね。
人見:そうです。そもそもハイブリッドや電気自動車は当時のマツダがやっていても、人もいないし、うまくいかなかったと思います。余裕のない会社が収益が上がらないことをやるという選択肢はあるはずがなかったです。

---:では取捨選択の上、ここに絞るしかなかったと。

人見:絞るしかなかったです。しかし、仕方なく選んだというより、まだ内燃機関にはポテンシャルはあるはずだという願いを持って選んだということになります。

そういうことで最初に手掛けたSKYACTIV-Gガソリンエンジンでは、世界一の高圧縮比(※圧縮比14.0)を実現することができました。当初、エンジン車ながら他社のハイブリッドと同じ燃費を出したということで話題になりました。同時にどこよりも高いトルクを出すことができて、各方面から賞賛をいただきました。

そしてディーゼルのSKYACTIV-Dでは世界一の低圧縮比(※圧縮比14.0)を達成しました。ディーゼルは燃料代が安いので、同クラスのハイブリッドと比べて燃料代は同等でしたし、欧州の厳しい最新規制に高価なNOx後処理装置なしで対応しているのは、マツダしかありませんでした。それに2.2Lで最大トルク420Nmは、ガソリンエンジンなら4Lエンジン以上のトルクですから、ものすごくよく走るというので、試乗したら皆さんびっくりして、購入していただけるようになりました。

このような新技術を盛り込んだエンジンを開発することができた背景に、モデルベース開発による開発プロセスの革新があります。良い会社というのは、先行開発部門に人材が回ってくるような会社です。そうでないと長続きはしません。これを実行するために、CAE能力を強化し、モデルで開発を進めることを考えました。

※CAE=Computer Aided Engineering ; 製品開発の初期段階からコンピュータを用いた仮想試作・仮想試験を十分に行い、できるだけ少ない試作回数で、素性のよい高品質な製品開発を行うためのコンピュータを活用した設計技術

すぐにモノを作る風潮からの脱却

---:開発プロセスの革新が重要な転機だったんですね。

人見:当時は、量産遅延、コスト高、品質問題、技術力も上がらないという課題がたくさんありましたが、その原因は開発プロセスにあると思っていました。新しい技術を思い付いたり、他社がやってる新技術を見ていいなと思ったら、まず図面を書いて、エンジンを試作して、テストして、問題点が出たら図面をまた書いて、試作して、テストして、これを繰り返して商品として出すという開発プロセスでした。

これでは問題点を作ったエンジンに聞いているようなものです。しかもベンチテストで。こういうやり方で品質がロバストになる訳がありませんから、品質問題が山のように出てきて、改善でみんな忙しくなり、慢性的に工数不足になってしまい、次のクルマの開発に人を回さなければいけない時期に人を回せないのです。だから次の開発がますます遅れるということです。

同時に、コスト改善を考える余裕もなくなります。コストと品質は、どの企業のトップも一番ナーバスになるところなので、こんな状況になると、技術的なチャレンジをしなくなります。だから技術力が上がるはずがありません。

---:それが2000年ぐらいの時期ですか。

人見:2000年の初頭はこんな感じでしたね。人材育成も進みませんし、将来に向けた技術を開発する部門に人を回そうという動機が起きるはずもありません。これは開発プロセス革新をやらないと絶対変わらないということで、CAEを駆使した開発を考えました。

考えるより作ろう、という風潮で、最初につまらないエンジン作ったら、そのエンジンからいろいろ出てくる問題に引きずられて、結局いいものになりません。そしてその子守で人とお金と時間がかかります。だから最初に作るやつをどれだけ魂込めて作るか、これが非常に重要です。

だからすぐにモノを作らない。徹底的に考えて魂を込めて考え抜いてから作るようにしないとダメです。しかし念じただけで良いエンジンができるはずがないので、計算解析(=CAE)を使えばいいのだ、ということで導入していきました。これはモデルベース開発そのものです。

---:従来の開発プロセスとは大きく違うのですね。

人見:従来は左のように、アイデアを出したら図面に書いて、エンジンを試作して、実験して、目標未達部分や不具合が出たところを改善する案を出して、また図面を変えてという繰り返しで、最終的に実機で問題ないのを確認して商品化します。

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右の方は、実験まで含めてすべての過程を数値上でやる、計算上でやるというのを目指しています。もちろん実機で確認する段階を一度もせずに終わることはありませんが、ほとんどを計算機上でやることを目指しているのがモデルベース開発です。

モデルベース開発の実例

---:そうやって作ったエンジンが SKYACTIVになったんですね。

人見:どのように進めたかというと、エンジンの効率を改善するための左にある4つの損失=排気損失・冷却損失・ポンプ損失・機会損失があり、それに対して7つの制御因子があります(※青い枠)。

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エンジンの効率を改善するためには、この7つの制御因子、これがすべてです。これらの因子に関連するハードウェアを挙げて線を引いていきます。この図は燃費改善の制御因子の連関をあらわしていますが、そのほかの音・出力・排ガス・信頼性など沢山の項目があります。この線全部の数を分母にして、CAE、コンピュータ計算解析でいくつ線が検討できるようになったかを分子にして、何割CAEで検証可能になったかをここに表しています。

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2004年時点では10%あるかないかだったのが、どんどん上がっていきました。組織的に力を入れたので急上昇し、周囲の信用度も急上昇していきました。

当初は、計算解析なんか導入できるわがないと言ってそっぽを向いている人がたくさんいましたが、今は計算解析なしでエンジンが開発できると思っている人は、一人もいません。

---:2007年でも20%~30%の間で、そこから2018年には80%近くまで上がったんですね。

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人見:このグラフは車両試作台数の変化です。2013年頃の2つの車種の試作台数から、2016-17年の時点では、クルマの中身はものすごく複雑になって、規制も厳しくなっていて、モデル数も増やしていったのに、試作台数は半分から三分の一ぐらいになりました。モデルベース開発の効能がものすごく大きかったと確信しています。

---:目に見えて効率が上がっているんですね。

人見:モデルベース開発というのは、創造性向上、技術力向上、開発効率化に大きく寄与しています。この「モデルにする」という意味を説明する時にこう言っています。『一度やった仕事はモデルにして、次からは自分だけでなく、他の人も同じ苦労をしなくて済むようにすることだ』と言っています。

三角形の面積を求めるのに、毎回方眼紙を当ててマス目を数える、これが経験に基づいた開発だとすれば、モデルにするというのは、公式を導くことです。そうすると皆がそれを使えるので、次から同じ苦労はしなくて済みます。だからモデルにするのです。

もちろん、モデルにするためにはものすごく考えないといけません。公式を作ろうと思っても、自然にパッと湧き出るものではありません。考えた結果で出てきます。だからメカニズムを徹底的に考えるようになります。一人の経験というのは皆が使えませんが、モデルにすれば皆が使えます。

それに、若手が何千万円もかかるような試作を提案しても、実績も何もない若手の言うことを聞いて、やってみろとはなかなか言えませんが、モデルベース開発でエビデンスも見えていれば、若手であろうと提案は通るようになります。こういったこともモデルベース開発の効能だと思っています。

“1番ピン”は内燃機関のロードマップとモデルベース開発

人見:ボーリングの1番ピンを倒すように、一個やったらいろんな課題に対応できるようなやり方を「1番ピン」と言っていますけど、我々は当時、内燃機関の究極の姿を描いて、そこへ至るロードマップを描いて迷わず進むということと、モデルベース開発をしたことが、本当に1番ピンだったと思っています。

少人数で厳しい環境規制にどう対応するか。理想像、究極の姿が決まったのだから、あれこれやる必要がない。ここだけやればいいんだと思ったら、多くの人がいなくても大丈夫、お金がなくてもモデルベース開発で、メカニズムを徹底的に考えるので技術力が向上できます。世間の酷評も、SKYAVTIVエンジンを出して以降は減っていきましたし、マツダはエンジンとモデルベース開発が進んでるというポジティブな評価もしてもらえるようになりました。

MBDを徹底してやれば実機検証のためのエンジニアが少なくて済むので、その人たちをソフトウェアエンジニア、データサイエンティスト、AIエンジニアへと転換できるはずだ考えました。モデルベース開発を徹底的に活用して、次世代へ向けた原資を作ろうという思いで取り組んでいます。AIの教育をすると言ったら、ものすごく多くの人が手を挙げてくれるようにもなっていますし、社内で化学反応が起きつつあると思っています。

---:とてもポジティブな変化が生まれているようですが、このように開発プロセスを大きく変えることは、最初からスムーズに行った訳じゃないんですよね。

人見:もちろんそうです。モデルベース開発も最初はパワートレーン領域だけで始めましたが、最初のうちは反対する人の方がはるかに多かったです。

しかし、SKYACTIV-Gのガソリンエンジンを開発する段階でひとつのきっかけがありました。以前のエンジンのように、吸気口のところに燃料噴射装置を付けて空気と混ぜて入れる形であれば、計算をしなくてもだいたい想像はつきます。しかしこのエンジンは直噴だったので、噴射弁の向き、噴口の数、位置などによってエンジンの中で何が起きているのか、これを実機で撮影しながらやるというのはありえないです。計算でやるしかない。

だからCAEでないと直噴エンジンの開発なんてできるわけないですし、2019年に市販化した火花点火制御圧縮着火エンジン(※SKYACTIV-Xエンジン)なんて、CAEの計算解析がなかったらチャレンジしようという気も起きていません。やってみようと思わせる力も、このモデルベース開発は持っています。

ITジャイアントとどう戦うか

人見:今から本当に大変な時代になります。カーボンニュートラルのためにはEVが必要だと言われています。そしてITジャイアントをはじめとして、新興企業がいっぱい参入してきます。しかしEVになるとクルマは猛烈に高くなります。炭素税をヨーロッパに取られるようになったら、発電のときCO2をたくさん出している日本にいるだけで大きなハンデです。ほかにも自動運転やコネクティビティや、金がかかることだらけです。

新規参入者によって、競争軸も変わります。利益を得る形態も変わるでしょう。高くなったものをそのままお客さんに払ってください、というわけにはいかないので、新車のときに儲けて終わりというビジネスは通用しなくなるだろうなと思います。

IT業界が新規参入してきて目指すのは自動運転で、あとはコネクティビティとエンターテイメントです。自動運転ができたら、世の中が変わるというのはわかります。もし300万円のコストがかかったとしても、運転手の給料がいらないタクシーがあれば世の中変わりますから。でも、この完全自動運転がそんな簡単にできるとは到底思えません。

それでは本当の脅威はどこか。突然こんなデータを出しますが、G7の就業者一人当たり労働生産性の順位の推移です。

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日本はずっとG7ではほぼ最下位で、G7以外の国に対する順位もどんどん下げてきていますし、所得も30年間伸びていません。アメリカのギャラップ調査では、熱意を持って仕事をしている社員は、日本は5%、アメリカ30%、北欧諸国20%前後です。

創造的な仕事でわくわくしてたら、絶対熱意を持てるはずなので、そういうことをしてる人が極めて少ないんだろうと思います。自動車業界のみならず、日本全体が新しい大きな価値を生み出すことがどうも苦手になっている、これが国全体の構造課題ではないかと思います。

何が問題なのかを、自動車業界を例にとって考えてみました。この上の色(黄色)が、独自の顧客価値のためにかけたお金と人で、下(赤)が独自の顧客価値を提供していないと思える領域です。

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デザインや新技術をちょっと入れて、見た目をリフレッシュして新車を出すと、わずかな期間はフレッシュさで売れますが、すぐに飽きられます。だからこれは微妙な位置にあります。新技術を入れると言っても、新しい価値に通じない、形を変えるためだけの作業を、ものすごい時間と人、お金をかけてやっています。設備投資もすごいです。他社が何か付けていたら、それに負けないように絶対付けなければいけないと言ってその仕事をしますし、もっとコスト下げろということで、自前化、手の内化してコストを抑えようとか、ここにもすごく時間をかけています。

これではお互いが苦しくなる競争をやっているだけです。真面目に毎日同じような仕事を繰り返しているのです。大きな独自価値を生むとは言えないところへ、人材とお金を投資しています。

人事評価自体も、知恵よりも汗です。品質問題で走り回って、修羅場をくぐり抜けた人が高く評価されます。効率よく仕事をしてさっさと帰るような人は、さぼっているとしか思ってもらえません。そういう人が認められて昇進するので、そういう価値観はずっと続き、ここから抜け出せません。

ITジャイアント等の新規参入者の本当の脅威、最大の違いは、使っている時間とお金の中身だと思います。たくさんの優秀な人が、我々の何倍もの給料をもらいながら、多くの人を振り向かせる仕組みや、社外の人がこぞって自分たちのために客を集めてくれる仕組み、一旦関係したら離れられなくなるような仕組み、ずっとお金を払い続けてくれる仕組みを、寝てもさめても考えています。

お客様価値創出量/投資、この数値が今まで自動車業界やってきた人たちと彼らとでは、まったく違います。

独自価値の最大化を目指している新規参入者に、我々は本当に勝てるんでしょうか。数百円、数千円を安くすることを考えるために、多くの人が何か月もかけて繰り返す時間を、新しい価値を考え続ける時間に変えた方が、何倍にもなって返ってくるし、安くしろと皆が不幸せになっているサイクルも変えられるのではないかと思います。

この脅威を利用してパラダイムシフトをしないと、本当にボロ負けになるかもしれないと思っています。

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仕事の価値観の変革、意識の変革が必要で、1番ピンを選択して集中する。独自価値を生むところに時間とお金を集中する。独自価値を生まないところは、車種を絞って、スマートに効率的にしないといけないと思います。

1番ピンを「独自価値を生むところに時間とお金を集中すること」とし、CASEへの対応、長年クルマを開発してきた会社でないとできない価値を生むことは、やめてはいけないと思います。我々がいつも言ってる、走る楽しさ、人馬一体感、衝突安全とかは、少々の時間では到底得られないと思います。

しかしエンタメ等は彼らに勝てる訳がないので、これはやっぱり自動車として出せるデータを全部出し、アイデアが広く集まってくるプラットフォームを提供して、場所代を少し払ってくださいというのがいちばん妥当だと思っています。

電動化、IT化、ソフトウェア対応は、今までいなかった人材に対しては、モデルベース開発で効率化して、人材を内部でシフトする。給料を他社の3倍も出せるという会社ではないのだから、内部でやるしかないです。

少々のコスト低減のために、何もかも自前化はしない。しょっちゅうモデルチェンジをしなくても、飽きないような仕掛けを考えないといけない。コストは少々高くても、売れる価値を作った方が良い。この方が皆が幸せになれます。

課題はいくらでもあるんですけども、要するに答えは、今作業で忙しい人を、新しい価値を考える人に変えることで出すしかないです。今までは、多くの人を引き寄せる、多くの人が喜んで協力してくれる、離れられなくする、というようなことは、自動車業界はあまり考えていませんでした。IT業界はその逆です。

いっぽう自分で運転するということの価値、これはハードもソフトも含めてもっと磨いていきましょう。独自価値に繋がらないものには時間をかけない。だからモデルべース開発を、業界でルールを決めて、協調領域を増やして、皆でモデルを作り、組み合わせができるようにしましょう。自動車会社とサプライヤー、ティア2-3までモデルベース開発で繋がって、ささっと開発が進むようにしましょう。

まとめると、まずモデルベース開発で徹底的に現状業務を効率化して、将来の原資を得る。そして独自価値を生むところに時間とお金を集中する。これは1番ピンです。

お客様価値の創出量/投資を最大化する。形を変えるためだけのリソースはもう使わない。ハードの刷新等に頼らないで、飽きがこない、ますます気に入るような仕掛けを考えて、マネタイズする工夫を、もっと人をかけてやりましょう。一生懸命やってきた、形が変わるだけで新しい仕事だと思っていたのは、実はルーチン業務に近いことなので、それをやめて新たな価値を創造する業務への人材シフトをしましょう。

何でも自前化しない。販売店舗や工場は、強みに変える方法を考えないといけないと思います。人事制度も、絶対変えないといけません。残業のない会社にして、個人を磨く。これは自動車業界だけの問題ではないと思います。物作りを否定しているのではなくて、もっと独自の価値を出すというところに力を入れた方がよいのではないか、ということです。

マツダのクルマづくりはどうなるのか

---:クルマのデータを全部出して、それを使えるプラットフォームを用意するというお話がありましたが、マツダの作るクルマをどのようにイメージすればいいでしょうか。

人見:エンターテイメントにはこういう仕掛けがいいと思います。いっぽうでクルマ自身もやっぱり独自の価値を持たさないといけないと思っています。

例えばマツダ車に乗ると、高齢者でもいつまでも運転したくなる。運転をしている人は認知症になる確率は明らかに低いそうですから、マツダ車に乗ると医療保険も安いねとか、生き生きしてる人が多いね、という状態が作れたら、独自価値だと思います。

意図通りにクルマが動くと疲れにくいということも見えてきているので、これも医学的にも証明していけばいいと思います。そういうところで独自価値はクルマそのもので出すこともできるし、だけどエンターテイメント部分も、同じ買うならそれが充実してる方がいいという人がいるに決まっています。

だけどそれは、アップルやソニーに我々が勝てるわけないです。アップル、アマゾンなどは、アイデアが集まってくるようにしています。そういう仕掛けを作るしかないと思っています。

---:御社はハードウェアが魅力的なブランドだと私は感じているんですが、そういった運転の楽しさも変わらず追求していきながら、その上でいろんなエンターテインメントが動きやすいクルマ、そういうのをイメージすれば近いでしょうか。

人見:IT業界の人が入ってきて、そこがすごく活性化するでしょうから、我が社だけ何もありませんと言うのでは、なかなか通用しないでしょう。そこは外部の知恵をうまく入り込んでいけるようなプラットフォームを準備して、マツダ車ならいろんなことが試せるぞ、という仕組みがあれば、来てもらえるのではないかと思います。これは私が勝手に言っているだけで、このようにするかどうかは知りませんが。

---:こういった御社の価値は、EVでも変わらず進めていくのですか。

人見:いままでの話で、EVではダメという部分は一箇所もなかったと思います。走る喜びと言うと走り屋のクルマだと誤解する人がいるんですけども、走る楽しさを追求していったら、高齢者になっても人生そのものが充実するんだという、そこをマツダはずっと目指していました。そこにベクトル合わせようと考えています。そこは結構進むとは思いますが、このITエンタメと言う部分は分かりません。これは私が決めることではありませんので。

人見氏が登壇するオンラインセミナー 「中西孝樹の自動車・モビリティ産業インサイトvol.6 マツダ」は、4月26日開催です。

《佐藤耕一》

日本自動車ジャーナリスト協会会員 佐藤耕一

自動車メディアの副編集長として活動したのち、IT企業にて自動車メーカー・サプライヤー向けのビジネス開発を経験し、のち独立。EV・電動車やCASE領域を中心に活動中。日本自動車ジャーナリスト協会会員

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