スバルが取り組むデジタルツイン開発「IVX-D」…Ansys Simulation World 2022 Japan

スバル アイサイトの歴史とデジタルツイン開発プラットフォーム
スバル アイサイトの歴史とデジタルツイン開発プラットフォーム全 5 枚

9月28日に開催された「Ansys Simulation World 2022 Japan」にて、スバルの先進安全装備「Eyesight(アイサイト)」を開発した樋渡穣技術本部技監がアイサイトにつながる同社の歴史と、これからの開発モデル「IVX-D」に関する講演を行った。

◆燃焼室の立体撮影が生んだアイサイト

アイサイトは、国産車両に自動ブレーキ(衝突被害軽減ブレーキ)とACC(追従型クルーズコントロール)が広まったきっかけを作った技術だ。特徴は、開発当初からカメラをメインに衝突回避やクルーズコントロールを実現していること。他社の同等機能はほぼ例外なくミリ波レーダーやレーザースキャナーを併用している。

センサーの多重化・冗長化は安全性向上に寄与するが、スバルは「安全機能が高級車だけのものではいけない」との考えから、あえてステレオカメラによる方式を選んだ。その理由は30年ほど前にさかのぼる必要がある。

1989年、スバル研究所でシリンダー内の混合ガスの流動を3次元的にとらえる技術が開発された。「シリンダー内の様子をカメラで撮影することはできるが、ビデオや写真では奥行きがどうなっているかが観測できない。ならばとステレオカメラによる立体視ならそれができるのではないかと考えた先人エンジニアがいた。この技術がアイサイトにつながっている」と樋渡氏はいう。

シリンダー内に鏡を設置し、その像を視差の異なる2つの鏡に反射させた動画を記録する。ステレオカメラによる立体撮影技術はすでに確立されており、警察も事故現場検証でも実用化されていた技術だ。

◆レーダーやレーザーを使わなくても安全は確保できる

装置は完成したが、せっかくならと、車両への応用も考えた。「立体視ができるということは、2次元で展開される画像データにも奥行き(対象との距離)も計算できる。ならば、進路上の白線、対向車、並走者、歩行者、信号を認識してやれば、衝突や事故の危険検知に使えるのではないか」(樋渡氏)

樋渡氏のアイデアは1999年に「ADA(アクティブ・ドライビング・アシスト)」として実用化された。

その後、ミリ波レーダーやレーザーレーダーとも組み合わせてADAやクルーズコントロールを進化させていった。そして2008年には初代アイサイトが生まれた。アイサイトはステレオカメラのみで稼働する自動ブレーキ、追従型クルーズコントロールとして世界初の技術。スバルがステレオカメラにこだわるのは「ヒトの眼と同じでなければヒトを救えない」という設計ポリシーがあるからだ。

単眼カメラでは奥行きを認識・計測するのは難しい。レーダーは白線や対象物の大きさや形状までは判断できない。レーザー(スキャナ)は3次元データを取得できるが、高価であり遠距離のセンシングには向いていない。

ステレオカメラなら画像認識を工夫すればレーダーやレーザーの欠点を補える。1種類のセンサーでは安全の担保ができないという考え方もあるが、アイサイトが各国のADASアセスメントでトップクラスの評価を得ている事実をみれば、マルチセンサーが必ずしも正解でないことがわかる。アイサイト装着車の事故率(1万台あたり)を61%下げることができるというデータもある。カメラだけの制御=危険と断定することはできない。

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◆樋渡氏の新しい取り組み…デジタルツイン開発プラットフォーム

樋渡氏が現在取り組んでいるのは、車両開発におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)だ。IVX-D(Intelligent Vehicle X-D)は、樋渡氏が進めている次世代の車両開発手法である。ADAS機能をはじめ、車両のあらゆるコンポーネント、ユニットの開発にはシミュレーターを使ったモデルベース開発は不可欠だ。

MILS(Model in the Loop)やHILS(Harware in the Loop)といった手法では、車両ハードウェアはシミュレーターのモデルデータとしてバーチャルな存在として組み込まれる。IVX-Dでは、車両ハードウェアをモデルデータとしてそろえるのではなく、実際のセンサー、プロセッサ、アクチュエーター群をラックに再現したもの(電子ベンチ)を利用する。これに従来のHILS環境と合体させた。樋渡氏はこれを「ドライバーインザループ」と表現している。

電子ベンチは実際に走行することはできないが、ハンドル、アクセル、ブレーキ、その他の操作は人間が行えるようになっている。これをモデリングツールにつなぎ、シミュレーター(Ansys AVX)に操作情報をデータとして伝える。シミュレーターはバーチャル空間の車両(電子ベンチ)に各種センサーへの入力情報を返す。シミュレーターの情報は、電子ベンチのインパネやシミュレーション画面(車両からバーチャル空間の景色)、各種ECUの動きに反映される。

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つまりドライバーのリアルな動作と実車のセンサーの情報で、シミュレーション環境をリアルタイムで制御できるというものだ。IVX-Dには、アイサイトのステレオカメラにバーチャル空間を「見せる」ためのカメラボックスもある。バーチャルとリアルが接続し影響しあう「デジタルツイン」による開発システムがIVX-Dだ。

樋渡氏は60歳を超えているが、現役のエンジニアだ。優秀なエンジニアは、「リスキリング」など持ち出さずとも、常にインプット(とアウトプット)を怠らない。優秀でも強力な成功体験をしてしまうと、そればかりを見て、前を見なくなる(見る必要がなくなる)エンジニアも少なくない。樋渡氏はそうではなかった。スバルの社風がそうさせたのかもしれない。スバルは、最新アイサイトでは画像処理ユニットのECUにFPGA(プログラマブルゲートアレイ)を採用するなど新しい取り組みにも積極的だ。

《中尾真二》

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