【ダイハツ タント 3300km試乗】長距離性能は捨てたが、ユーザー愛にあふれていた[前編]

ダイハツ タント Xで3300kmを走った。写真は東シナ海の日没をバックに記念撮影。
ダイハツ タント Xで3300kmを走った。写真は東シナ海の日没をバックに記念撮影。全 24 枚

ダイハツ工業の軽スーパーハイトワゴン『タント』で3300kmツーリングを行う機会があったので、インプレッションをお届けする。

2003年に登場したタントの第1世代は今日、軽自動車市場最大の販売ボリュームとなっている全高1700mm超の軽スーパーハイトワゴンなるジャンルを開拓したエポックメーカー。2019年に登場した現行モデルの第4世代はダイハツがDNGAと命名した軽自動車、小型車を自在に作り分けられる新開発アーキテクチャが適用された第1号モデルで、パワートレインは第3世代の改良型だが車体やサスペンションはオールブランニューである。

第4世代の最大の特徴は高齢化社会への適応というコンセプトを色濃く打ち出したこと。高齢者が安全かつ楽に運転可能な設計を追求し、自分が運転できなくなった後も楽に同乗できるようパッケージングを煮詰め、さらに自力で乗降するのが難しくなった時に介護レベルに応じて福祉車両を安価に買えるよう設計段階で作り分けを考慮……開発者はメディア向け発表会でこのように高齢者愛を炸裂させていた。第2世代で採用され、タントのアイデンティティのひとつとなった左側ドアのBピラーレス構造も継承されている。

タントには廉価なノーマル系とデザイン、装備重視のカスタムがあるが、今回乗ったのはノーマル系の普及グレード「X」。オプションはカーナビ、フロアマット、パノラマモニター(クルマを上から俯瞰したようにナビ画面に映す機能)、ドライブレコーダーなど必要最小限で。前車追従クルーズコントロールや駐車アシストなどの便利系装備はなし。

ドライブルートは東京~鹿児島周遊で、総走行距離は3324.7km。大まかな道路比率は市街地2、制限速度70km/h以下の郊外道路6、制限速度80km/h以上の自動車専用道路2。本州内1名乗車、九州内1~4名乗車。エアコンAUTO。

まずタントの長所と短所を5つずつ挙げてみよう。

■長所
1. 視界良好で車両感覚がつかみやすく、取り回しに優れる。
2. プライバシーガラスの色が薄めで車内が明るい。
3. 階段ステップにより高齢者の乗降がしやすい。
4. コーナリングランプが装備されており夜間の運転が安心。
5. Bピラーレス構造の恩恵で大がかりなシートアレンジが楽。

■短所
1. 動力性能、走行安定性が低い。
2. シートの疲労耐性は前後ともあまり良くない。
3. 騒音・振動がやや大きめ。
4. メーターパネル内の表示レイアウトは改善の余地あり。
5. もう一息レベルアップしてほしい市街地燃費。

ダイハツ タント Xで3300kmを走った。静岡・湖西の遠州灘を背に記念撮影。 ダイハツ タント Xで3300kmを走った。静岡・湖西の遠州灘を背に記念撮影。

◆スーパーハイトワゴンは「どれを選んでも正解」

では本論に入っていこう。軽自動車市場の中で販売台数最多となっている軽スーパーハイトワゴンカテゴリーでは今日、マーケットリーダーのホンダ『N-BOX』をはじめスズキ『スペーシア』、日産自動車『ルークス』/三菱自動車『eKスペース』、そしてカテゴリーの開祖であるタントとライバルがひしめき、シェアを競っている。

筆者はマイナーチェンジや派生車を抜きにすると、現行スーパーハイトワゴンすべてについてロングドライブを試している。その経験にかんがみて断言できることがある。それはどれを選んでも正解ということだ。どのクルマも同じということではない。形は似たようなものだが、価格、パッケージング、快適性、走行性能、先進機能等々、何に重きを置くかというメーカーの思想の違いによって4モデルそれぞれ固有の商品性を持っている。共通しているのはどのメーカーもユーザー愛を目いっぱい注入して開発しているということ。乗っていると必ず「ああ、こんなふうに作られていてよかった」というポイントがある。

開発者とてクルマのユーザーの一人だが、軽スーパーハイトワゴンはあまり遠くには行かず、さりとてクルマが不要なわけでもないという平均的な日本の地方ユーザーの生活に最も適合性が高い商品のひとつだ。それだけに作り込みには「こういう使い方をするのだからここはこうあってほしい」という開発者自身の生活実感が色濃く反映されている。自分と縁遠い車種を頭の中の想像、思い込みで作るのとはわけが違う。シェア争いがかかる収益車種だからなおさらだ。

そんな軽スーパーハイトワゴンのひとつであるタントはどんなクルマであったのか。一言で表現すると“近距離特化型の便利系トランスポーター”だ。車両感覚のつかみやすさ、低いダッシュボードが生む死角の少なさ、ルーミーな室内やシートアレンジの簡単さといった街乗り性能は抜群に良い。またライティングシステムは照射能力自体は平凡だが方向指示器やステアリング操作に連動するコーナリングランプが備えられており、それが夜の街角から郊外ドライブまで幅広く威力を発揮した。

◆クルマで積極的に旅をしたいと思わせるか

ミニマムトランスポーターでのロングツーリングは大変楽しい。ミニマムトランスポーターでのロングツーリングは大変楽しい。

特筆すべきはダイハツが強調していた高齢者対応。鹿児島エリアで高齢者1~2名を後席に乗せてのドライブを複数回試してみたところ、元気なお年寄りにとっては特段のメリットはないが、自力で同乗できるかどうか微妙な水準まで身体能力が低下したお年寄りを乗せるにはこのうえなく機能的であることが確認できた。

一方、操縦安定性、老朽化路線での防振性や静粛性、適切な運転姿勢の取りやすさ、シートの疲労軽減度合いなどロングドライブ耐性を左右する評価項目は軽スーパーハイトワゴンというくくりでみても高いとは言えない。とくに足まわりのバタつき、ガタつきは速度レンジを問わず大きめで、クルマで積極的に旅をしたいとオーナーに思わせるようなキャラクターではなかった。

ダイハツ車でのスーパーロングドライブは2018年の『ミラトコット』以来。そのミラトコットが120万円台という低価格モデルであるにもかかわらず非凡なベビーツアラーぶりを見せていたので、タントはクルマの基本となるモジュールが新世代となったのだから重心の高さを押して素晴らしいライドフィールを体現できているのではないか――と、ちょっと期待のハードルが上がっていた。それが空振り感につながったものと思われた。

スーパーハイトワゴンという商品の主用途はあくまでシティライドであり、大半のユーザーはそれで遠出などしない。したとしてもワントリップ400km以内、東京起点であれば山梨や伊豆、北関東などを巡るホリデードライブくらいまでだろう。タントのノーマルモデルは最初からロングドライブについては捨ててかかり、リソースを価格と利便性に寄せているという感があった。

顧客リサーチ的にはまっとうな仕様策定だが、走りをもう少し煮詰めて動的質感をもう少し高めればオーナーの長年の愛着に応えられるという点でもいいクルマになったかもしれないのにと、少々惜しく思われたのも事実だった。

◆長く乗ってわかる、視界の良さと車両感覚のつかみやすさ

運転席から見下ろす角度の死角が非常に少ないのが特徴で、市街地での取り回し性に優れていた。運転席から見下ろす角度の死角が非常に少ないのが特徴で、市街地での取り回し性に優れていた。

では、細部についてもう少し深堀りしていこう。まずは軽スーパーハイトワゴンにとって最重要ファクターのひとつである居住感についてだが、実際に乗ってみたところドライバー、同乗者の双方にとって大変優れたものに仕上がっていた。チョイノリの段階では他のスーパーハイトワゴンと似たり寄ったりという印象だったのだが、長く乗っているうち視界の良さと車両感覚のつかみやすさがタントの特質として浮き彫りになってきた。

視界の良さというと眺望の良さがまず思い浮かぶが、タントが非常に良くできていたのはそこではなく、死角の少なさである。メータークラスタやダッシュボードが限界まで低く設計されており、まずボンネット先の死角が少ない。2分割のAピラーの幅は他のモデルと似たり寄ったりだが、ウエストラインの低さにより左斜め前も見やすい。斜め後ろの窓の配置が適切で後方視界も良好だった。

軽自動車規格で背高ボディを作るのだから、工夫にはおのずと限界がある。ライバルとの差異はほんの小さなものだろう。が、実際に運転しているとその小さな違いの有難味を頻々と感じた。ボンネットのすぐ前まで路面が見えることはクルマのコントロールを楽にするし、レーンチェンジの際の他車、交差点における歩行者の見落としリスクが軽減される。

どのクルマに乗っていてもぶつからないよう運転するのは当然のことだが、認知のしやすさはその当然のことをどれだけ的確にこなせるかを大きく左右する。タントの動的質感は後述するように決して高いものではなかったが、途中でロングドライブがイヤにならなかったのはこの特質によるところが大きかった。視界の良さは車両感覚のつかみやすさにも結びついており、Uターンや切り返しのさいに壁やポールぎりぎりまでクルマを寄せやすいというメリットもあった。

タントの開発陣は高齢者が自らステアリングを握らざるを得ない地方の交通事情にかんがみて、限界まで自分で運転できるクルマ作りを意識したと語っていた。視界の良さはその意識が商品企画の初期段階から設計終了まで徹底的に維持されたことによるものであろう。その特質は高齢者ばかりでなく、一般ユーザーにとっても実はとても有用なものなのだ。

◆想像以上に便利なBピラーレス設計

第2世代モデルから継承されているBピラーレス構造。高齢者の乗り降りがしやすい、後席へのチャイルドシート装着が楽などいろいろなメリットがある。第2世代モデルから継承されているBピラーレス構造。高齢者の乗り降りがしやすい、後席へのチャイルドシート装着が楽などいろいろなメリットがある。

後席はもちろん広い。客室の長さは2125mmとN-BOXの2240mm、ルークス/eKスペースの2200mm、スペーシアの2155mmに対して最も劣位ではあるが、これでも後席のニールームは広すぎるくらい広い。軽スーパーハイトワゴンで問題となるのは絶対的な広さよりその後席への乗り込み性である。タントはBピラーレス設計のため後ドア前縁が分厚く、後ドアを全開にしたときの間口にゆとりがあるわけではない。N-BOX、ルークスより明確に狭く、スペーシアと同等といったところである。

が、車いすを使うほどではないが乗り込みに介添えが必要な高齢者を乗せるときに想像以上に便利だったのがそのBピラーレス設計である。前ドアを少し開けると開口部はやおら一般的な軽自動車には望むべくもないくらい広大になる。また、後席の開口部下端は床よりも低い位置に足かけが設けられており、2ステップで乗り込むことができる。鹿児島滞在中に乗せた高齢者は全員80代だったが、皆が乗り込みが楽と口を揃えていた。

ロードテスト車には装備されていなかったが、ダイハツは乗降の負担をより軽減するための「ラクスマグリップ」という手すりをオプション設定している。乗降の様子を見るに、それがあればもっと楽だろうと思ったことを付記しておく。

シートは前後ともロングランにはあまり向いていない。シートは前後ともロングランにはあまり向いていない。

このような車内へのアクセス性の良さは市街地の短距離移動にはとても良いものであったが、長距離になるとウィークポイントも見えてくる。最たるものはシート設計。同社のトールワゴン『ムーヴ』よりは良かったが、シートは長時間乗車における疲労軽減については捨てているのかクッション部が薄く、移動距離が長くなると前席、後席とも疲労が大きめに出た。

競合モデルに比べて収納が貧弱で室内が散らかりがちになるのも遠乗りではウィークポイントに感じられた。シフトレバーに紐付きのポーチやビニール袋をぶら下げればある程度収納の代わりになるのでそこまで致命傷というわけではないが、できればもう少し小物入れを増やしてほしいところである。

◆短時間の市街地走行では気付かない、走りの「質感」

夕暮れの秋吉台を走る。夕暮れの秋吉台を走る。

軽スーパーハイトワゴンはもともと走りを云々するクルマではない。タウンユースメインのノーマル系であればなおさらである。走りが気になるならより重心の低いクルマを買うべきで、スーパーハイトワゴンはのんびり走ればいいのだ。その“のんびり走る”を支える重要なファクターが直進性なのだが、タントはその直進性が良くない。

具体的に言うと、まず普通に走っている時のステアリングの据わりがあいまいで、タイヤ3分の1くらいの幅で針路が狙いから微妙にブレる。ライバルで直進性が最も良かったN-BOXと比べるとクルーズフィールで大差がつくばかりか、旧型タントと比べても若干退化したように感じられた。ワダチに足を取られた時の挙動変化も大きめだった。

この欠点は短時間、低速の市街地ドライブではその欠点はほとんど気にならないので、タントのメインターゲット層にとっては関係ないと踏んだのだろうが、マイカーでちょっと遠くに行ってみたいと思った時にそのドライブが安心、快適なものになるかどうかは満足度を左右する要因になり得る。

山岳路での敏捷性はノーマル系の軽スーパーハイトワゴンの最も苦手とする項目で、筆者も多くを求める気はない。ゆっくり走ればいいだけの話である。唯一求めたいのはステアリングを切ったときにタイヤグリップやたわみの情報がある程度伝わってくることだが、タントはそれも希薄だった。ドライ路面では問題がなくとも、ウェット路面では安心感が違ってくるものだ。

ダイハツは過去にいいクルマを数多く送り出してきたメーカーだ。技術力やDNGAの設計に問題があるとは思えない。走りの悪さは単に仕様策定や煮詰めのせいだろう。高齢化社会対応で見せた熱意の5分の1でもドライブフィールの作り込みに注いでいれば、走りもそれなりにまとまるはずである。ぜひそうしていただきたいところだ。

タイヤはブリヂストン「エコピアEP150」。のんびり走るには十分。タイヤはブリヂストン「エコピアEP150」。のんびり走るには十分。

快適性はもう少し上げたい。足まわりは柔らかめで突き上げはきつくないのだが、路面の荒れたところを通過するとタイヤが少なからずバタつく傾向が顕著だった。フィーリングから想像するに、ショックアブゾーバーがピストン速度の速い領域を苦手としているようで、不整がちょっと大きくなるとサスペンションのアッパーマウントラバーの振動吸収に依存するような印象だった。騒音はボディの共振によるものが最も気になる部分で、とくに舗装面の目が粗いところではゴーゴーという音が急激に高まる。

これら動的質感も低速、短時間の市街地走行では大して気にならない部分で、それゆえに見切られたという側面があるのだろう。が、質感というものはどこでユーザーに嫌がられるかをはかりにくいのが常であるし、競合モデルとの対比もついてまわる。ノーマル系グレードであってももう少しレベルアップさせたい。そうすればタントの乗る人への優しさという美点が俄然輝くと思うのだが。

後編ではパワートレイン、安全システム、ドライブ雑感などについて述べたい。

《井元康一郎》

井元康一郎

井元康一郎 鹿児島出身。大学卒業後、パイプオルガン奏者、高校教員、娯楽誌記者、経済誌記者などを経て独立。自動車、宇宙航空、電機、化学、映画、音楽、楽器などをフィールドに、取材・執筆活動を行っている。 著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。

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