半分うまくいけばいい、それでも「飛ぶために自分の人生がある」…熱気球競技の面白さ

バーナーは時折焚くだけでよい。電熱服などの耐寒装備を整え、酸素瓶を搭載すれば高度1万mでも飛行可能なのだそうだ。
バーナーは時折焚くだけでよい。電熱服などの耐寒装備を整え、酸素瓶を搭載すれば高度1万mでも飛行可能なのだそうだ。全 24 枚

◆ふわふわ飛んでいるようで実は熾烈な空中バトルが

熱気球イベントと言えば、カラフルな機体が空に舞い上がっていく様子をのんびり眺めるというイメージが強いが、一見ふわふわ浮かんでいるだけのようでいて、実は熾烈な空中バトルが展開されているもの。知るまでは風の吹くまま、運次第なんでしょとしか思われていないが、実はそうではない。

競技種目のひとつに地上に置かれたターゲットにマーカーを投下するというものがあるが、風の状況が良い時は何kmも先から飛んできた気球がそのターゲット中央ジャスト、あるいは数センチの誤差を競い合ったりするのだ。

風が悪ければそうはいかない。全機がターゲットから大きく外れることもある。が、ここでも戦いの本質は変わらない。たとえターゲットから1000m離れたところにマーカーを落としたとしても、2番目が1000.1mなら、1番目がトップを取るのだ。もちろん機上で「あの気球に10cm勝っているから俺が1位だ」などということはわからない。各機にできることはベストを尽くすことだけである。

熱気球ホンダグランプリ2022最終戦、渡良瀬バルーンレース2日目夜に行われたファン向けイベント「バルーンイリュージョン」。バーナーを吹かして熱気球を光らせ、背後では打ち上げ花火が結構盛大に上がる。熱気球ホンダグランプリ2022最終戦、渡良瀬バルーンレース2日目夜に行われたファン向けイベント「バルーンイリュージョン」。バーナーを吹かして熱気球を光らせ、背後では打ち上げ花火が結構盛大に上がる。

操縦技術や風の読み、地上クルーとの連携はもちろん大事も大事だが、勝つのに必要なのはそれだけではない。

2011年に熱気球ホンダグランプリの一貫として開催された世界選手権「とちぎインターナショナルバルーンレース」の会場で当時世界ランキング1位だったニック・ドナー選手は「風の読み、判断力、その判断力に裏打ちされた勇気、運。そして何より大事なのは、自分に起こったことを事実として100%受け入れること。飛んでいるとこんなはずではなかったと思うことだらけだ。それを次の行動に生かすのはいいけど、後悔は何の役にも立たない。過去は変えられないのだから、常に未来に向かうべきなんだ。つまり、飛ぶことは生きることの標本のようなものだね」と筆者に語っていた。

大会を主催する熱気球運営機構や冠スポンサーのホンダはここ数年、単に熱気球が飛ぶのを見てもらうだけでなく、競技の内容を発信することによって、より深い観戦の楽しみを知ってもらうための取り組みを強化している。種目の中には飛んでみなければ競技のリアルを想像しにくいものも多々あるが、内容を知ることで今、目の前で浮かんでいる気球が何をしようとしているのかがわかるようになるし、競技気球からのオンボード映像が普通に流れるようになればライブ感もさらに増すだろう。

◆渡良瀬バルーンレースでおこなわれた「競技」とは

高度制限はレースによって異なるが、その範囲内では高い高度から攻めようが低空を這おうが、作戦は自由。高度制限はレースによって異なるが、その範囲内では高い高度から攻めようが低空を這おうが、作戦は自由。

熱気球レースだが、数十種類の種目(タスク)からいくつかを選び、それをこなすという形で行われる。何の種目をどういう順番で組み合わせるかということは当日、その時の風をみて大会本部が決める。天候が悪い時は1フライト1タスクということもあるが、「熱気球ホンダグランプリ2022」の最終戦、渡良瀬バルーンレース2日目(12月17日)朝の競技は6タスク構成と重厚感十分。

種目は写真の競技種目シートに記されている。昔はもっぱら長いリボンのついたマーカーを落とすというやり方で競技を行っていたが、近年はGPS技術を使った電子マーカーを利用するのが世界の趨勢となっており、今回も6タスクすべてがロガーマーカー競技であった。

では、競技の中身を説明していこう。まずはローンチ(離陸)。競技によってはローンチサイトから競技気球が一斉離陸を行う場合もあるが、この時の離陸はターゲットから1.5km以上離れた任意の地点とされた。離陸時間は当日の日の出午前6時50分から午前7時45分の間。早飛びでタスクをじっくり攻めるチームもあれば、他の気球がどういう風を受けているかを見てから飛ぶチームもあるなど、ストラテジーはさまざまである。

離陸後、第1タスクはPDG(パイロット・デクレアド・ゴール)。渡良瀬遊水地付近の競技空域の地表に大会本部がゴールとなり得る地点を多数設定しており、それぞれのチームのパイロットがどれを自分のゴールとするかを選び、離陸前に宣言。そのゴールにどれだけ近い場所をマークできるかを競う。

ローンチサイトから離陸後、東風に乗って西進。写真右下に小さく見える×印が第2タスク「FIN」。会場周辺の任意の場所から離陸した気球が第1タスクをこなした後、この×印をめがけて集まってくる。ローンチサイトから離陸後、東風に乗って西進。写真右下に小さく見える×印が第2タスク「FIN」。会場周辺の任意の場所から離陸した気球が第1タスクをこなした後、この×印をめがけて集まってくる。

第2タスクはFIN(フライイン)。第1タスクのPDGをこなした後、気球は大会本部のあるメイン会場に設置されたターゲットをめがけて飛行し、GPSマーカーでマーキングを行う。ターゲット中心に近いほうがもちろん高得点だ。

第3タスクはMDD(ミニマムディスタンス・ダブルドロップ)。離れた2つの空域でそれぞれ1か所ずつマークし、2点間の距離の短さを競う。それぞれの空域のエンドぎりぎりを狙うだけではダメで、なるべく斜めに結ばれないようにマークする必要がある。複雑な飛び方をするため風読みは重要で、かつ頑張りすぎると時間を浪費することにもなる。余談だが、距離が長いほうが勝ちというマキシマムディスタンス・ダブルドロップ(MXDD)という競技もある。

第4タスクはLRN(ランド・ラン)。決められた空域内で3か所をマークし、その三角形の面積の大きさで順位が決められる。これも第3タスクと同様風読みが重要で、かつ時間を浪費しやすいタスクである。

第5タスク、第6タスクはJDG(ジャッジ・デクレアド・ゴール)。これは非常にシンプルな競技で、大会本部があらかじめ指定したゴールに飛んでいき、GPSマーカーでマーキングを行う。ゴール中心からの距離が近いほうが高得点。

熱気球ホンダグランプリ2022最終戦、渡良瀬バルーンレース2日目朝は任意の場所からの離陸。写真をよく見ると中央、右上、左上、左下あたりで熱気球を展張させていることがわかる。地域の人々の理解があってこそ競技が可能となる。熱気球ホンダグランプリ2022最終戦、渡良瀬バルーンレース2日目朝は任意の場所からの離陸。写真をよく見ると中央、右上、左上、左下あたりで熱気球を展張させていることがわかる。地域の人々の理解があってこそ競技が可能となる。

これらをシーケンシャルにこなすのだが、1つのタスクの得点を欲張りすぎると時間を食ったり後続のタスクに向かうのが風的に辛くなったりすることもままある。この日は地表では穏やかだったものの上空では高度によってバラバラな方向から速い風が吹くというコンディション。風をうまく読めば方向転換のバリエーションが期待できるが、風が速いためうかうかしているとドツボりやすいという感じで、各チームとも離陸にはかなり慎重だった。

もっともタスク1~3が8時15分まで、タスク4~6が9時半までというタイムリミットがあるので、いずれは離陸しなければならない。結果、ターゲットから遠く離れた場所を通過するハメに陥る気球も続出していた。実はそこが熱気球競技の面白いところでもある。世界選手権での優勝経験を持つような選手でさえ、ダメなときはダメなのだ。

◆「この1時間、2時間を飛ぶために自分の人生がある」

ホンダ熱気球レーシングチームの上田諭選手ホンダ熱気球レーシングチームの上田諭選手

「風次第の乗り物である気球は、ハッキリ言って思っていることの半分うまくいけばいい。うまくいっているからといってそれがずっと続くとは限らないし、反対にダメだと思うような時も諦めるには及びません。物事はすべて完璧ではないという前提に立つことが大事ですね」

「空が自分の本来の居場所。すべての日常はそこに戻るためにある」と公言してやまないホンダ熱気球レーシングチームの上田諭選手(世界ランキング22位)は、風を読んで飛ぶコツについて次のように語る。

「気をつけなければならないのは、こうであるはずなんだという古い情報を更新しないまま行動することですね。何だか調子がいいという時にはとくに注意しなければならない。順風満帆、上手く飛べているときはついつい自分は正しかったと思いたくなるものですが、実は判断が間違っているのにたまたま状態がいいということもままある。だから私はいい時も悪い時も、折を見て考える時間を作るようにしています。ところが何ぶんん相手は自然。人間が何をやっても無力という時はどうしてもある。そういうときには反対に考えるのを止めてその場の状況に沿ってみることもある。この1時間、2時間を飛ぶために自分の人生があると思えるのが、熱気球の醍醐味でもありますね」(上田氏)

熱気球ホンダグランプリ2022最終戦、渡良瀬バルーンレース2日目朝。刻々と変わる難しい風の中、続々と離陸を開始していた。熱気球ホンダグランプリ2022最終戦、渡良瀬バルーンレース2日目朝。刻々と変わる難しい風の中、続々と離陸を開始していた。

上田氏もまた、熱気球競技の楽しさを観客と共有できるようにしていきたいという思いを持っているという。「何であの気球は高度を落としたの?」「あの風を捕まえたかったからあえてあそこから行ったんだね…あっ、別の気球がそれを目ざとく見つけた」等々、競技を見ながら話し合えるようになれば、より認知度を高められるかもしれないという算段だ。

熱気球ホンダグランプリは2023年も佐久(長野)、一関・平泉(岩手)、佐賀、そしてこの渡良瀬(栃木)と、4戦が行われる見通し。観戦のおりにはカラフルな気球が空を舞うといったビジュアル的な要素だけでなく、レース的な視点も交えてみるとダブルで美味しい。ぜひ見物にトライしてみていただきたいところだ。

《井元康一郎》

井元康一郎

井元康一郎 鹿児島出身。大学卒業後、パイプオルガン奏者、高校教員、娯楽誌記者、経済誌記者などを経て独立。自動車、宇宙航空、電機、化学、映画、音楽、楽器などをフィールドに、取材・執筆活動を行っている。 著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。

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