遠赤外線を透過するAGCのフロントガラス、ADASの性能向上と交通事故死者ゼロ実現に新たな可能性

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AGCのFIR(遠赤外線)カメラ搭載フロントガラス「FIR-windshield」と FIR-windshield プロジェクトリーダーの北岡賢治氏
AGCのFIR(遠赤外線)カメラ搭載フロントガラス「FIR-windshield」と FIR-windshield プロジェクトリーダーの北岡賢治氏全 34 枚

素材メーカーのAGCは、パシフィコ横浜で開催された「人とくるまのテクノロジー展2023 YOKOHAMA」(会期:5月24日~26日)に初出展。モビリティ関連素材出展の中で遠赤外線(FIR)カメラの能力を最大限に引き出すフロントガラス「FIR-windshield」の開発に着目した。

モビリティ分野におけるAGCの総合力

AGCは世界で唯一、建築ガラス、自動車ガラス、ディスプレイ用ガラス、カメラレンズ用フィルターなど、ほとんどの分野のガラスを手掛ける世界最大級の素材メーカーだ。今回の出展は、その中から同社が手掛ける自動車向け部材を披露することを目的としている。まずはその出展概要から紹介したい。

今回の出展は、今後訪れるとされる自動運転時代に向け、モビリティ分野に対応するAGCの総合力を示す内容となっていた。たとえば「車載用 LiDAR構成部材」では、それに適用可能なガラスセラミック基板や非球面レンズ、赤外線透過カバーガラスといった製品群を展示し、AGCがその高性能化や高品質化、低コスト化、小型化を実現する光学部材として提供していることを紹介した。

LiDAR構成部材LiDAR構成部材

視認するアングルを問わず映り込みを抑えられる(AR)「低反射スモーク/カラーシフトレスARフィルム」は、車載ディスプレイなどで曲面の自由度を発揮しつつも、インテリアの先進性向上にも役立つものとして注目される。また、AGCはセラミックス系材料の開発にも力を注ぐ。「3Dプリンタ用セラミックス造形材」は、3Dプリンタで使う素材を提供するもので、それを活用して作られたパーツや置物などを展示。セラミックスならではの軽量かつ高耐熱・耐食性、低熱膨張の特徴を紹介しつつ、その用途の幅広さを知ることができた。

夜間の交通事故死者を減らすために

そして、今回の出展で最も注目される展示品が、「FIR-windshield」こと「FIR(遠赤外線)カメラ対応フロントガラス」である。これは、フロントガラスに可視光とFIRの両方を透過できる2つの機能を併せ持たせている。FIRカメラは、従来の可視カメラには難しい夜間の歩行者・物体認識、悪天候での認識性能を高められることから、複数のセンサーの情報を融合して路面や障害物状況などを総合的に判断する技術(センサーフュージョン)により、ADAS(先進運転支援システム)での有効性を大幅に高めるものとして開発されたものだ。

AGCのFIR(遠赤外線)カメラ搭載フロントガラス「FIR-windshield」AGCのFIR(遠赤外線)カメラ搭載フロントガラス「FIR-windshield」

素材メーカーであるAGCがなぜ遠赤外線の活用に踏み切ったのか。また、その技術をどう活用しようとしているのか。取り組みに至るまでの経緯と開発秘話をAGC オートモーティブカンパニー モビリティ事業開拓室 マーケティンググループ All AGC事業推進チーム マネージャー FIR-windshield プロジェクトリーダーの北岡賢治氏に伺った。

今、世界は2030年の交通事故死者ゼロを目指して様々な取り組みをしている最中だ。しかし、その中で大きな課題として立ちふさがっているのが夜間における歩行者の死亡事故である。実は米国における交通事故による歩行者死亡者数の約8割は夜間で発生しており、日本でもその割合は約6割に達する。「交通事故死者ゼロの実現は、夜間歩行者事故の低減抜きには考えられない」そうした考えの下、「FIR-windshield」の開発はスタートしたと北岡氏は話す。

AGC オートモーティブカンパニー モビリティ事業開拓室 マーケティンググループ All AGC事業推進チーム マネージャー FIR-windshield プロジェクトリーダーの北岡賢治氏AGC オートモーティブカンパニー モビリティ事業開拓室 マーケティンググループ All AGC事業推進チーム マネージャー FIR-windshield プロジェクトリーダーの北岡賢治氏

従来センシングの課題とFIRカメラの能力

夜間センシング能力の課題としては、ADASのメインセンサーとして使われている可視カメラの場合、ヘッドライトがハイビームでも100m程度しか光が届かないという事情から、長距離センシングに課題があった。FIRカメラは物体が発する熱を直接捉え、温度差を2次元画像のコントラスト差として認識することができるもので、サーマルカメラとも呼ばれている。FIRカメラによる夜間のセンシングは従来から知られており、軍事用としては暗視カメラが有名で、クルマにも高級車を中心にナイトビジョンとして搭載されてきた。FIRカメラの検知能力は高く、その距離は200~300mにも達する。しかし、そういった能力があるにもかかわらず、ADAS用としてFIRカメラの普及は思ったほど進んでいない現状もある。

FIRカメラなら夜間も120m先にいる歩行者が認識できるFIRカメラなら夜間も120m先にいる歩行者が認識できる

その理由について北岡氏は「価格が高かったことが普及を阻み、その優れたセンシング能力が認知されなかったことが挙げられます。しかし、ADASセンサーとしてそのポテンシャルを十分に発揮できる使い方がなされてこなかったことも一因と考えています」と話す。

ナイトビジョンとしてのFIRカメラはフロントグリルやバンパー内に搭載されるのが一般的だった。しかし、その高さはクルマの全高の半分程度以下で、遠くの物体を捉えるには不利であった。さらにフロントガラス上部に取り付けられている可視カメラとのアングルの違いから物体の見え方が異なってしまう。捉えられる画像の違いが大きいと、センサーフュージョンの画像処理が難しくなってしまい、その計算負荷の大きさが物体認識性能上の課題となる。

フロントグリル周辺に搭載されるケースでは様々な課題があったフロントグリル周辺に搭載されるケースでは様々な課題があった

それならばズレが生じないように、FIRカメラと可視カメラと同じ位置に設置すればいいとの考え方が生まれる。ところが、現実にはそれが簡単ではなかった。フロントガラスには人間の目で高い視認性を確保するために、波長が400~800nmの可視光を70%以上透過させる透明なガラス材料が使われている。しかし、この材料は波長が8~14µmの遠赤外線をまったく透過しない。この問題があったが故に、フロントガラス越しにFIRカメラを取り付けることはできなかったのだ。

フロントガラスはFIR波長帯の光を通さないため、車内にFIRカメラを設置することができなかったフロントガラスはFIR波長帯の光を通さないため、車内にFIRカメラを設置することができなかった

これまでナイトビジョンがフロントグリル内に収められていた背景には、こうした理由があった。さらにフロントグリル内に収めたことで、走行中に飛び込んでくる飛び石などの影響を受けやすく機材の破損率は高かった。こうした問題を解決するために、センサーをルーフに取付ける例もあるが、今回の展示品ではフロントガラス搭載が選択されている。

遠赤外線を透過する小窓をはめ込むという新発想

そうした中で、AGCがその解決策として出した答えが、可視光を透過するフロントガラスの一部を遠赤外線を透過する窓に置換するという新たな発想だ。これにより、従来のフロントガラスとしての使い勝手を保ったまま可視カメラとFIRカメラを並べて活用することが可能となった。この方法なら捉えられる画像もほぼ同じアングルとなるため、センサーフュージョンがしやすくなる。まさに素材の分野で材料と製造技術に多くの知見を持つAGCならではの新発想と言えるだろう。

FIRカメラを車内=可視カメラの隣りに設置することによってもたらされるメリットFIRカメラを車内=可視カメラの隣りに設置することによってもたらされるメリット

ただ、「これを実現するには解決すべき多くの困難があった」と北岡氏はそこまでの経緯について明かす。大きな課題となったのは、ガラスの一部を異なる材料に置換する際に生じる強度と長期信頼性の問題だ。異なる素材である以上、それぞれの機械的な物性と熱的な物性が異なるわけで、例えば、機械的な物性の違いは物体が衝突した際のガラスの割れ方、すなわち安全性に影響してしまう。また、熱的な物性に着目すると、クルマが低温環境や高温環境に置かれることを考慮した材料と構造が必要となる。センサー窓としての光学特性の信頼性保証も必須項目だ。これらが解決できなければ、発想そのものも否定されてしまいかねない。

「そのため、ガラスの安全性を確認する強度試験や信頼性試験は最大級とも言える過酷なテストになった」(北岡氏)。過酷なテストを繰り返す中で、十分な結果を獲得。実現へ向けて大きく踏み出すこととなったのだ。

AGCのFIR(遠赤外線)カメラ搭載フロントガラス「FIR-windshield」AGCのFIR(遠赤外線)カメラ搭載フロントガラス「FIR-windshield」

コンセプトとして、フロントガラスに配置されるワイパーにより、センサー前面をクリーンに保ち、物体認識性能を維持できる点がこの製品の大きなメリットである。そのため、ワイパー払拭性能は重要な要素である。この点は、ワイパーブレード専業メーカーとの協業で、はめ込み窓の構造や材料の改良とワイパー試験を繰り返すことで、十分な性能を確認したという。

それでもデザイン面の指摘として、「自動車メーカーからはもっとスタイリッシュにできないかとの要望があるので、改良の努力をしています」(北岡氏)と、実用化に向けた更新を重ねていくとした。

AGCによれば、この「FIR-windshield」は2027年の市場投入を目標に開発を加速させているところだという。幸いにも近年はFIRカメラのコストが下がってきており、これとセットで装備しても以前よりも身近な装備となっていく可能性が高まっている。「FIR-windshield」の登場によってFIRカメラ搭載のハードルが下れば、これはまさに世界が目指す交通事故死亡者ゼロの実現へと大きく近づく。AGCが蓄積してきた知見が、それまで不可能としてきたことを可能にする。そんな日が一日も早く訪れることを期待したい。

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《会田肇》

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