トヨタ GRカローラとねじの話…小さな違いに見るアップデートの意義【池田直渡の着眼大局】

トヨタ GRカローラ
トヨタ GRカローラ全 36 枚

8月23日、トヨタ自動車は『GRカローラ』を一部改良して、550台の予定で抽選販売した。ここで“予定”と言っているのは、可能ならもう少し追加生産するかもしれないという意味である。ただし、その抽選受付は8月23日から9月11日まで。締め切りを過ぎている。記事の掲載タイミングとしては大変申し訳ないのだが、多分これからも年に一回くらいは「一部改良して抽選販売」をやるのではないかと筆者は思っているので、買いたい人は、諦めずにニュースに当たってほしい。

一部改良、その違いはわかるのか?

GRカローラがデビューしたのは、2022年4月。その年の11月、筆者は幸いにしてステアリングを握る機会を得たのだが、試乗が行われたのは袖ヶ浦フォレストレースウェイ。確かにこれだけの高性能車に「ホレ乗れ」と言われて、公道に放り出されても、その性能の上限に対して「箸の先にちょっと付けて舐めてみた」程度にしかわからないので、サーキット試乗は大変ありがたいのではあるが、大半のユーザーが走るのは一般公道。遵法領域の街乗りも乗ってみないとレポートとしてのバランスが取れない。

そのGRカローラに一般道で試乗する機会を得た。それも今回の一部改良を追加した前後での新旧乗り比べである。ただ試乗会の事前アナウンスでは、一部改良の中身は「ボルトの変更」と説明されており、改良としては小変更もいいところ。それで大きく変わったら、「こんなちょっとの変更で大変貌!」という文脈で記事が書けるのでありがたいのだが、それは差がわかってこそである。乗ってみて差がわからなかったらどうしたものかと少々ビビりながら試乗に向かった。

こちらは新たな限定色の外板色シアンメタリックに、専用内装色ブラック×ブルーを設定した、50台限定のモデル

なので、新旧の差がどれほどのものなのかがひとつのトピックスではあるのだが、その前に、ずっとおあずけになっていた「GRカローラで一般道を走ってみたらどうなのか?」、という話がこれから始まるのである。一言で言えば、GRカローラは「羊の皮を被った狼」そのもの。しかも最近の狼は皮の被り方が絶妙に上手で、助手席に同乗していても羊としか思えないと思う。

かいつまんで言えば、乗り心地も全然悪くない、というか普通に穏やかだし、音も静か、大抵のクルマのカタログに載っている標準車のスポーツグレードくらいの印象であり、モータースポーツ由来とされ、本格的競技車両イメージを想起されるGRカローラという車名から想像するスパルタンさとは程遠い。ただしドライバーが理性を失うことなく、おとなしく走っている限りは。つまり304馬力のユニットを全開にさえしなければ。

快適で穏やかで使い勝手も普通のファミリーカー。しかしながらサーキットで一度全開にしたら、とんでもない性能を発揮してみせる。普段なんでもない袖ヶ浦の高速コーナー(2コーナー)の通過速度が高過ぎて、本能的にスロットルを緩めたのは『GRヤリス』とカローラだけ。速度のレベルが違う。もちろんAWDを活かしてグラベルでもスゴい。こっちは同じシステムを積むGRヤリスでしか試していないけれど。

トヨタ GRカローラ

525万円はバーゲンプライス

例えば、自動車趣味人で、普通じゃないクルマの所有を長らくカミさんから怒られてきた旦那が、GRカローラに買い替えて、「今度こそ普通のカローラにしたから。ただMTだけは許してください」とウソ申告したら、クルマに詳しくない奥方には「ウチの旦那もようやく更生した」とおそらく信じてもらえる程度には普通である。金の工面を自分でやり遂げて価格を知らせないことと、同乗時に絶対おとなしく運転し続けることは条件だが。

そのように、真正のラリーウェポンでありながら、日常の買い物カーにもなりうる二面性がこのGRカローラの真骨頂で、おそらくは長らく夢物語であったはずのクルマである。もう一台同じようなクルマが存在する。それはGRヤリスだが、こちらは羊の皮を被りきれていない。普段使いにはちょっとスパルタン。奥方にバレる。普段使いより競技の方がメインならこっちだ。

さて発表されたGRカローラの価格は525万円。自分の口座残高さえ思い浮かべなければ、その圧倒的仕上がりに対して、バーゲンプライスとしか言いようがない。普段高性能車には抑制的な筆者なのだが、これに関しては、むしろ気の迷いとかで買ってしまう度胸があった方が幸せかもしれないと思う。「もって回った言葉じゃなくてストレートに言え」、ということであれば、スゴいクルマである。速く走る能力があることがそもそも嫌いという人と、高そうに見えるクルマじゃないと嫌だという人を除けば、そのマルチロール性能には両手を挙げて推薦できる。

明確なニュートラル感を持つ車に変化

ということでやっと新旧の違い。ボルトを変えてどうだったかという話に入る。結論から言えば、新旧の差は乗るとはっきりわかる。「全然違う」は言い過ぎかもしれないが、わからないということはほぼないのではないかと言えるくらいには違う。

オリジナルモデルは、ステアリングとタイヤの間のタイト感がやたら強い。タイヤがガッツリと路面を掴んでいる感じが、ステアリングの重さからも明確に感じられる。日常使いに不便を感じるほどの重さではないが、伝えてくるインフォメーションが、タイヤもタイロッドもステアリングギヤボックスも、ステアリングシャフトも、果てはステアリングホイール自体まで、筋肉モリモリのボディビルダーみたいな逞しさで、サーキット試乗の時に、高性能四駆らしいと感じた主たる要因でもある。件の高速コーナーで怖さを感じたのはこの屈強すぎる手応えのせいも多分にあったはずだ。

それが改良型に乗ると、全体がスッキリとし、操舵系が力んでいない。例えて言えば、枯れてヒョロヒョロの合気道の達人の爺さんみたいになっているのだ。本来ハンドルは舵角を与えていない直進時、柳に風のように無抵抗で力が抜けているべき。そういうのを「ニュートラル感(N感)」と呼んだりするのだが、明確なN感を持つものになった。表現としては最上の褒め言葉であり、論理的により正しくなったと言える。

人の感覚とは良い加減なもので、筆者は改良型に乗って、ステアリングの握り径が細くなった様に感じた。新旧握り比べて見ると同じ。そのくらいステアリング系全体の印象が変わったとご理解いただけると幸いである。

トヨタ GRカローラ

ただし、ボルト2本の交換でここまでハンドリングフィールが変わるものなのか。それをお前は納得するのかと言われれば、またもや新たな問題が発生したとも言える。メカニズム的に起きていることはわかるが、それでこれほどフィールが変わるところは今でも自分の中で繋がりきれないでいる。ただ作った人たちが、「ボルトの影響が一番大きいです」と言っているので、それはそれで信じるしかない。

ねじの構造と特性

と言うことでメカニズム的に何が起きているかという筆者にわかる部分の説明に話は移る。ねじのお話である。まずはいろはのいから。ボルトと一口に言うが、実はボルトというのは3つの機能の集合体だ。


《池田直渡》

池田直渡

自動車ジャーナリスト / 自動車経済評論家。1965年神奈川県生まれ。1988年ネコ・パブリッシング入社。2006年に退社後ビジネスニュースサイト編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。近年では、自動車メーカー各社の決算分析記事や、カーボンニュートラル対応、電動化戦略など、企業戦略軸と商品軸を重ねて分析する記事が多い。YouTubeチャンネル「全部クルマのハナシ」を運営。コメント欄やSNSなどで見かけた気に入った質問には、noteで回答も行っている。著書に『スピリット・オブ・ザ・ロードスタ ー』(プレジデント社刊)、『EV(電気自動車)推進の罠「脱炭素」政策の嘘』(ワニブックス刊)がある。

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