【和田智のカーデザインは楽しい】第15回…新型『クラウン』のデザインと、トヨタデザインの世界的責任

和田智氏の直筆によるクラウン クロスオーバーのスケッチ
和田智氏の直筆によるクラウン クロスオーバーのスケッチ全 7 枚

『和田智のカーデザインは楽しい』第15回のテーマは、トヨタ『クラウン』だ。新世代のクラウンシリーズが登場し、『クラウンクロスオーバー』を街で見かける機会も増えたいま、和田は「今のクラウン」に何を思うのか。そして、クラウンのデザインを通して見える「日本の姿」とは。


◆超高級幕の内弁当

----:「クラウンクロスオーバー」を街で見かけることが多くなりました。今回のテーマは、和田さんが街を走るクラウンを見て思うことを語って頂きたいと思います。

和田:本当によく見かけるようになりました。ビックリするぐらい変わりましたし、かっこよくなりました。どんな人が乗っているのかなと意識して見るんですけど、割とシニアの方が多くて、このデザインでもシニア層に選ばれるんだなと思いました。クラウンとドライバーの相関関係は、とても興味深いですね。

革命を起こすべきクラウンをグローバル化し、若い女性デザイナーを起用するなど、次の時代を生きていくための新生クラウンにつくり変えたというのが、今回のプロジェクトのシナリオになっているようです。そんな中、クロスオーバーはよくまとめられたなと感じました。全体的なパフォーマンスを含めて、いろいろなテーマをバランスよく見せたことで、買う方にとっても理解されやすくなったのかなと推測できます。

一方で、やはりデザイン要素は多すぎるかな。ボディサイズも堂々たるものですが、さらにタイヤは225/45R21と特殊な大径サイズを履いています。これほど大きなタイヤを持ってくれば、まず間違いなくカッコ良くなるでしょう。ボディ構成はかなり複雑、面質はボリューム感があり全体的に超トレンド型デザインです。

リアのデザインもトレンディで、細長く水平に延びたリアランプはシンプルですが、複雑なラインがあちらこちらにあり、やや違和感があります。これはブラックアウトするツートーンカラー仕様の際のパーティングラインになっているのですが、個人的にはツートーンコンセプトは必要なかったかなと感じます。このラインは、サイドビューやリア3/4ビューでの形の勢いを止めてしまっていて、たぶんこのラインがなければもっとカッコ良くなると思います。

フロントのデザインは「ハンマーヘッドシャーク」と呼ばれるテーマを持ち、光沢で黒い巨大な口が怖い。このテーマは他のラインナップにも使用していて、新生トヨタの象徴となるデザインでしょうか。まさに多彩で、トヨタがつくった「超高級幕の内弁当」という感じです。日本の、特に元気なシニア層は「超高級幕の内弁当」、好きそうですよね。トレンドに乗った要素をこのようにまとめあげているということは、若手デザイナーだけでなく、日本の大きな市場を理解しているベテランデザイナーとの連携がうまくいったんだろうなと思います。そういう経験豊かなプロのデザイナーがきっちりといるということ。トヨタの強みですね。

----:今回クラウンは、クロスオーバー、セダン、スポーツ、エステートとバリエーションを持たせました。

和田:今回のクラウンシリーズのありようは正直少し疑問です。出し過ぎかと。確かに戦略上に何か理由があっても、トヨタのような大型デパート、フルラインナップの車型を持ち、大量に生産をしている会社が、フラッグシップ車に更なるバリエーションを持たせることが良いことなのか。

ただし、日本は未だに「新しさ」にこだわる国なので、クラウンでさえ生きていくためには変化していかなければいけない。包囲網を拡大して日本車の高級車市場を独占していくような勢いです。トヨタの取り組みはビジネス的には素晴らしいものと思えますが、「トヨタという質」のみが市場に広がっているようにも感じます。

----:「質のみが広がる」とはどういうことでしょうか。

和田:クラウンに限らずトヨタのクルマには、いろいろなデザインテーマがあるのですが、何となく同じように感じるんです。もちろん形は違うのですが、質、体質が一緒ということです。特に日本では良くも悪くもトヨタは一大勢力ですよね。そのトヨタがどんどん飛躍して、どんどん新しいクルマを出すのが実態。他のメーカーとは比べものにならない。それが本当にいいのかなという疑問です。

異なったクルマがいくつもあっても同じ体質だと感じる理由は、面のつくり方や構成は違えども、トヨタが持っている「質のニュアンス」に共通のロジックがあるからでしょう。それは企業アイデンティティのためのものだともいえますが、同質が蔓延する社会の危うさというか。とりわけトヨタのような世界生産台数トップを誇るメーカーのデザインには、大きな意味や影響そして責任があると思っています。

街を見渡せばトヨタの人ばかりという感じです。だから、他の個性が欲しくなる。他のメーカーも頑張ってもらいたいところですが、私が思うことは、次の時代を担うベイビー(ベンチャー)が日本のブランドの中にも生まれて、次はこういう時代になるんだよと、全く違う体質のクルマや乗り物をつくるブランドが出てきてほしいんです。多分、そのブランドをつくる人たちは、新しいセンスや体質を持った人たちなのだと思います。もちろんトヨタが頑張っていることは本当に素晴らしいことです。国を支えているメーカーですから。でもベイビーが欲しいんですよ。

「諸行無常」という言葉がありますよね。トヨタがいつまでこの勢力を維持できるか、たぶんいつかは維持することが難しくなる時が来るかもしれません。そんな時に日本を支えるものがいまの社会構造の中から生まれていないと次が“やばい”なと、デザインを見ているだけでもそう感じるわけです。

◆クルマは時代を映す鏡

----:クラウンそのもののデザインについてはどうでしょうか。特にこのハンマーヘッドシャークと呼ばれるフロント周りは話題にもなっています。

和田:クルマは時代や社会を映しだす鏡です。そして私は、クルマの顔(デザイン)は今の世相をよく表していると考えています。つまりクラウンは、こんなお人柄でこんな人相をしているんですよ、と。これはトヨタのデザインだけではなく、もはやドイツ車もやっていることは似ていますよね。市場の中で、社会の中で誰が一番偉そうな顔をしているかの競争になってしまっている。

クラウンのフロント/顔は、先ほども言いましたが、確かに多くの要素が入っていながらもよくまとめていると思います。しかし「戦闘的」、つまり戦うかたちになっているんですよ。トヨタのフラッグシップが、です。個人的にはそこを疑問に思うわけです。多くの人は、そしてカーデザイナーは、そういうことに鈍感になってしまっているのかもしれない。かっこよければそれでいいのか?お客さんをWOWと言わせたい。それはカーデザイナーのマスターベーションになってはいないか?地球が悲鳴をあげ、厳しく、苦しみの多いこの世界にあって、カーデザイナーがもし無頓着にデザインをしているのであれば問題に感じます。

----:和田さんが絶賛した新型『プリウス』(『第3回…新型プリウスは、トヨタ史上最高のデザインかもしれない』参照)と今回のクラウンとでは何が違うのでしょうか。

和田:トヨタは多くの新型車を出していますが、新型プリウスに勝るデザインは今のところありません。プリウスの形に込められた情感からは、謙虚さを感じるんです。多分、謙虚さを秘めた方々がつくったのではないかと想像もできるんです。クルマのデザインは、それをデザインする人の心の表れだから。だから絶賛したんです。

でも、クラウンにはそれを感じないんです。もちろんデザイン的な戦略もあるのでしょうが、どのデザインもプリウスには勝てないんです、クラウンでさえ。

----:ですが、顔だけでいえば、要素としてはプリウスも似たようなモチーフを使ってるように思えますが。

和田:基本的にはみんな同じ方向のテーマですよね。ただし、プロポーションや面のつくり方、基本的な構成要素の展開はプラットフォーム含め異なります。もちろんクラウンでプリウスと同じデザインはできないので当然ですが、私はそうした細かいことを言っているのではなく、それぞれのデザイナーのクリエイションの中で、課題に対して何を目指しどんな志をかたちの中に入れ込んでいるのかということなんです。

基本的に精神論とロジックをかけ合わせるようなことはデザイナーしかできない。社会へのメッセージを入れ込むべき形を考えつくれるのはデザイナーだから。だから私は、クラウンには4つもバリエーションはいらないんじゃないのかなと思うわけです。せめて2つで、もっと本当に必要でつくりたいものがどういうものなのかを表現し世界発信したほうがよかったと感じています。フラッグシップはぶれてはいけないということです。

◆インハウスデザイナーの革命を

----:では和田さんから見て、トヨタが一番やりたかった顔ってどれだと思いますか。


《内田俊一》

内田俊一

内田俊一(うちだしゅんいち) 日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員 1966年生まれ。自動車関連のマーケティングリサーチ会社に18年間在籍し、先行開発、ユーザー調査に携わる。その後独立し、これまでの経験を活かしデザイン、マーケティング等の視点を中心に執筆。また、クラシックカーの分野も得意としている。保有車は車検切れのルノー25バカラとルノー10。

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