ダイハツはフルモデルチェンジした軽ハイトワゴンの新型『ムーヴ』を発売した。大きな特徴として初めてスライドドアを採用したほか、「カスタム系」の廃止もトピックだ。
今回はそんな新型ムーヴの変化と進化について、デザインの面からその魅力を紐解いていく。話を聞いたのは、エクステリアデザインを担当したダイハツデザイン部プロダクトクリエイト室主任の河合徳明さんだ。
◆「ムーヴ」があえて選ばれてきた理由

河合さんは、これまで『ムーヴキャンバス』の初代と2代目を担当。そのノウハウをしっかり生かせるということで任命されたようだ。しかし当初は戸惑いもあったという。「新型ムーヴの企画ではバランスが大事。堅実なクルマであるとともに、乗用のど真ん中を狙ったものでした。それをそのままデザインしてしまうと特徴のないものになってしまい、ムーヴの目指す方向とは違うので、もう一段ブレークする必要を感じました」と話す。
そこでユーザーの購入動向に目を向けた。ポイントは「消極的な選択なのかどうか」だった。「単にバランスが良いのでこれを選んでおけば無難、みたいな選び方をされているのではという危機感がありました。しかしそうではなく、『タント』に譲ったとはいえ月数千台のお客様に購入いただいているクルマですから、何かしらの理由があっての指名買いなのではないか」と気付いた。「この世代のお客様はこんな特徴があり、こういうクルマが欲しいということが見え始めて、デザインが一気に転がり始めました」と河合さん。そこで生まれたコンセプトが、“動く姿が美しい 端正で凛々しいデザイン”で、「そういうクルマにしていくぞとなりました」。


そのターゲットとなる“お客様”とは、「若いころにバブル時代、青春時代を過ごされた方々で、いまはお子様が手離れし、もう一回夫婦でどこかに出かけたい。そういう時に乗っていただきたいのがこのムーヴです。あの時の気持ちをもう一度ではありませんが、スタイリッシュで軽快に走りそう、普通に格好良いクルマを目指しました。同時にきちんと実用的で堅実であること。これこそがムーヴがもともと引き継いできたものであり、コアの部分。それがお客様に指名買いしていただいている重要な部分ではないか」ということだったのだ。
◆「カスタム」をなくして生まれた「2つのフロントフェイス」

さて、ムーヴといえば“裏ムーヴ”ともいわれたカスタムの存在も大きかった。しかし新型では姿を消した。「カスタムを標準と一本化しようという話は企画当初からありました。先代あたりからお客様の層が変わり、標準車とカスタムのユーザー像にそれほど違いがなくなったのです。それよりもローグレードとハイグレードのように装備が充実しているか、よりスポーティーかどうかで選択されているのです」と河合さん。そこでシンプルに1本化しその中で差を作ればいいと考えた。その結果として、「RS」と「G」、そして「L」と「X」で顔つきを若干変え、内装も前者はダーク系、後者はライトカラー系とされた。
そのフロントフェイスについて河合さんは、「基本的な記号性は一緒ですが、よりシンプルにまとめながら作っています。そうしながらRSとGは裏面塗装のつるっとしたガーニッシュでシグネチャー付きのLEDヘッドランプを採用しています。XとLはブラックのガーニッシュとLEDヘッドランプ。ガーニッシュからヘッドランプまで連続性を持たせて、なるべくひとつに見えるような意匠にしています」と語る。
実はXとLグレードは当初ハロゲンランプだった。しかし、「それではこの表情が絶対作れないと開発責任者に頼み込みフルLEDヘッドランプを採用出来ました」とこだわった。
◆四角く見せたくなかった

そして、新型の目玉でもある初採用のスライドドアだ。実用的な装備でありながら、当然デザイン上には制約も生まれる。河合さんは、「小さいクルマにスライドドアを採用するとどんどん四角くなってしまうんです。せっかく最初のコンセプトでいかにも走りそうな、といっているにも関わらず、箱みたいなクルマができてしまうので、そこは困ってしまいました。そこもブレークスルーが必要でした」と明かす。
一番大きなポイントは、「フロントフィックスウィンドが付いているAピラー2本タイプのスライドドア車の中では、フロントウィンドシールドをかなり寝かせていること」だという。そこからスタートし、「それ以外の意匠もいかに四角く見えないようにするか、走りそうなスタイリングをするかというところをこだわって。もうずっとこの戦いでした」と河合さん。「作っては、いやまだ四角く見える。もっと変えて、まだ四角見えるというのをずっと繰り返してこのデザインに辿り着きました」。
その中でも特徴的なのはショルダーのキャラクターラインとその下の影面だ。そのラインは、グリルからヘッドランプ、サイドそしてリアコンビの前で消えている。そうすることで長いラインを感じさせ、結果としてクルマを長く見せている。しかし、「その下の影の部分をキレイにまとめるのは本当に難しかった」と河合さん。特に、「キャラクターラインから下のボディの面に、軽自動車としてはかなりの抑揚をつけているのです。そうすると通常であればその影面が犠牲になって(狭くなったり歪んだりで)美しくないんです。しかしそこをおろそかにしてしまうと、せっかく通したキャラクターライン全体が美しく見えなくなってしまいます。ですので影の見せ方は最後までこだわって、トータルで美しく見えるようにかなり意識して作りました」とコメント。

同時にサイドシル上の部分は、「タイヤをしっかり踏ん張って見せるために台形の造形になっています。実はこの台形の影の部分がサイドからフロントのフォグランプベゼルとリアにも繋がっているんです」とここにもクルマを長く見せる工夫が見て取れる。
「軽自動車は寸法に制約があるので、どうしても箱みたいになってしまうことが多いのです。もちろん箱っぽいクルマも魅力はあります。例えばファミリーカーとして大きく見せたいとか。しかし、ムーヴのようにスポーティーに走りそうなスリークなスタイルを作ろうとすると、そういう四角四面なデザインはそぐわない。そこで前、横、後ろの連続性を持たせるような意匠的な工夫があれば全体がつながって見えるかなという考えです」
◆「動きを持たせる」ための見せ場

そのほかにもフロントナンバープレート上側のラインがフォグランプベゼルに繋がっているポイントがある。通常このベゼルは三角形など直線を結んで作られるが、ムーヴはあえて曲線を取り入れ、かつ立体的な造形にされた。そうすること横に走るラインが若干ベゼルの中にまで入ってから下に向かうようになり、支点同士を結ぶのではなく、若干ずれる印象となり、少しでも動きを感じさせるようにしているのだ。
また、スライドドアを採用する関係上、ドアレールは直線にならざるを得ないのでその周辺は四角くなってしまう。そこでムーヴはルーフに手を付けた。河合さんによると、「重量的には少し重くなってしまいましたが、『ムーヴキャンバス』などと比べると、ちょっとだけ平らなルーフにしています。通常は剛性を保つために丸くするのですが、板厚をゲージアップさせてもらいました。スッキリした屋根を作ることで、伸びやかに見せたいという思いです」と説明。

河合さんは、「ダイハツは割とシンプルな作りのクルマが多い傾向です。それは小さいクルマですから、いろいろてんこ盛りにするとごちゃごちゃして見えてしまうからなんですね。ですからシンプルなのがウリのひとつではあるんですが、このクルマに関してはごちゃごちゃしないように最大限の注意を払いながら、いかにいろんな動きを持たせるための見せ場を作るか、そのためにあらゆる手を尽くしました」とコメントした。
◆立体的な動きを表現するカラー
新型ムーヴにはブラウン系の新色、グレースブラウンクリスタルマイカが登場した。ダイハツデザイン部ビジョンクリエイト室VXD Gr.の坂本唯衣さんはまずカラーバリエーション全体のコンセプトについて、「日常に馴染む、生活によく馴染む定番色であり、選びやすいラインナップにすること。そして、ムーヴのコンセプトである、動く姿が美しく見えることもキーワードになっており、形が立体的に見えるような色味をチョイスしています」と語る。

そして新色のグレースブラウンクリスタルマイカは、「赤みと黄みのバランスがちょうどいい落ち着きのあるブラウンを目指して作りました」という。その上で、「落ち着きのあり過ぎるブラウンになってしまうと、立体感も落ち着いていく傾向にあるんです。そこでハイライトのところにもこだわり、美しく動く姿にこだわりました。このカラーは、光が当たるとほんのりゴールドに輝くんです。そうすることで、より走った時もより立体的に光が流れるような美しい見え方になるのです」と話す。
しかしその思いはブラウンでなくても出来そうだ。坂本さんは、「そこはムーヴが日常の生活によく馴染んだクルマというポジションにこだわりました。歴代ムーヴの中でも、落ち着いた色合いがすごく好評でしたし、立体感を出すことでお客様の期待に応えたいという思いから、あえてメタリック系の色ではないブラウン系で調整をしたのです」と述べる。
そして出来上がったこの色について坂本さんは、「ムーヴのラインナップの中でも、上質感をさらに牽引してくれるような色合いになりました」とキーカラーのひとつになっていることを強調した。
