前年比2倍というハイペースで売れ続けるヤマハの新型『YZF-R25』。購入者の半数が30代以下の若い世代だという。ネットネイティブな若者に刺さる要因と思われるのが、そのデザインと「マットパールホワイト」と呼ばれる「映えるカラー」だ。
前編(人気の理由は「映えるデザイン」にあり! 進化する「Rの血統」とは)では、新型YZF-R25/R3のデザインについて聞いた。今回はカラーを担当した2人のデザイナーに、若者に刺さるカラー開発の裏側を聞く。
◆圧倒的な個性で異彩を放つ

新型YZF-R25(および排気量違いの『YZF-R3』)のカラーはブルー、マットダークグレー、マットパールホワイトの3色展開。ブルーはヤマハがレースマシンで使う「ディープパープリッシュブルーメタリックC」を、マットダークグレーは「マットダークグレーメタリック8」をそれぞれ基調色としながら、二重構造のサイドカウルのインナー側にグロスブラックをあしらう。この2色はヤマハの多くの機種でお馴染みの定番カラーだ。
マットパールホワイトはまったく新しいカラーリング。タンク、サイドカウルのアウター側、リヤカウルが「マットイエローイッシュホワイトパール1」で、フロントカウルとインナー側サイドカウルに「グリーニッシュブルーパール1」を組み合わせる。色名の末尾の「1」でわかるようにどちらも新開発色で、どちらも見る角度で色相が変化する偏光塗料を使っている。

プロダクトデザイン部で新型YZF-R25/R3のカラーリング企画を担当した溝越万莉さんによれば、コンセプトは「ネオ・スピードスター」。その主旨を「平均的なスターなんていない。圧倒的な個性で異彩を放つスピードスターというメッセージを込めたコンセプト」と説明する。
このコンセプトを具現化したのがマットパールホワイトだ。「スーパースポーツらしいスピード感を新鮮なアプローチで表現し、非日常感をハイインパクトに演出した。明るい未来を予感させるような唯一無二のカラーリングだと思っている」と溝越さん。けっして大袈裟な言葉ではない。筆者自身、4月の東京モーターサイクルショーでこれに目を奪われ、新鮮な感動を味わった。
◆色の偏光塗料、異なる光輝材

塗料中の光輝材に当たった反射光が干渉し、特定の色の波長が重なり合って増幅されて見える色を干渉色と呼ぶ。一般的なパール塗装でも干渉色によってハイライトにフワッっと色を浮かぶものがあるが、偏光塗料では入射光の角度によって二つの異なる干渉色が見えるように設計された特殊な光輝材が使われる。
R25/R3のマットパールホワイトを構成する2色のうち、「マットイエローイッシュホワイトパール1」はホワイトを基調としつつ、ハイライトがイエローに輝き、シェード(塗装面を浅い角度から見る状態)にはパープルがかすかに浮かぶ。もうひとつの「グリーニッシュブルーパール1」は色変化がもっと明瞭で、グリーンがかったブルーとパープルが見る角度によって切り替わる。
偏光塗料の光輝材はさまざまあり、「マットイエローイッシュホワイトパール1」と「グリーニッシュブルーパール1」では色だけでなく光輝材も異なるようだ。

カラーリングの実務を担当したのは、GKダイナミックスの松田築(まつだ・きずく)さん。ヤマハ第一号車の『YA-1』(1955年)をデザインして以来、デザイン事務所のGKはヤマハと深く関わってきた。そのGKの動態研究本部が分社独立したのがGKダイナミックスだ。
「2つの偏光塗料を使うにあたって、どんなコンビネーションにすればそれが活きるのか? 『グリーニッシュブルーパール1』に対して最も魅力的な活かし方を考えて辿り着いたのが、『マットイエローイッシュホワイトパール1』だった」と松田さん。
偏光塗料は使う光輝材によって色変化の幅が決まってくる。シェードにパールが浮かぶ光輝材を選んだことで、「グリーニッシュブルーパール1」とのつながりが生まれ、コーディネーションにまとまり感が出た。
◆シアンを超えるインパクトを!

「ネオ・スピードスター」のコンセプトを立案した上で、デザイナーたちはそれを検証するためにユーザー調査を行った。場所は東名高速道路の海老名サービスエリアと横浜の赤レンガ倉庫。バイクでそこに来る人たちの声を聞くなかで、「シアンのカラーリングのR25に乗るオーナーさんの意見がとくに印象的だった」と松田さんは振り返る。
2021年モデルのR25/R3に設定されたシアンは、青緑色=シアンのボディ色に赤系バーミリオンのホイール色を組み合わせるという大胆なカラーリング。「それが見たことがなくてカッコいい。インパクトに惹かれて一目惚れだったという言葉が印象に残った」と松田さん。「あのシアンを超えるカラーリングをやりたいと思ってユーザー調査に臨んでいたので、お客様が求めるマインドみたいなものを、そこで感じることができた」。
見たことがないインパクトを求めて、2色の偏光塗料を組み合わせたマットパールホワイトが開発された。四輪車でも限定車などで偏光塗料が使われることがあるが、2色を組み合わせた例はない。溝越さんによればヤマハにとっても今回が初めてで、「R25/R3の可能性を広げるために、従来の枠にとらわれないチャレンジをした」とのことだ。

とはいえ、すんなり決まったわけではなかった。なにしろ偏光塗料に使う光輝材は高価だ。塗装工程にも手間がかかる。四輪車であれば50万円以上のオプション価格をとってもおかしくない塗料なのだが、バイクの世界では色によって価格差を付ける習慣がない。バイクは四輪車より塗料の使用量が少ないとはいえ、やはりコストが問題になった。
そこでデザイナーたちは本命案に加えて、ホワイト部分を普通のソリッドホワイトにした案も用意して、海外拠点の代表者も集まってカラーリングを決定する会議に臨んだ。溝越さんによれば、「コストの違いを説明し、議論してもらった結果、満場一致で本命案の採用が決まった」。
「ソリッドホワイトでは『グリーニッシュブルーパール1』に負けてしまって、物足りなさを感じた」と松田さん。評価する側の人たちも同じ思いで英断を下したのだろう。
◆面質の違いを色で強調

スタイリングとカラーリングのマッチングもマットパールホワイトの見所だ。サイドカウルはラジエーターの排熱口を挟んだ二重構造で、アウター側が硬質で無機的な面質、インナー側は有機的な面質。このコントラストが新型のスタイリングのひとつの特徴であり、それを踏まえて2色の偏光塗料が採用されている。
「GKはヤマハとは別の独立した会社なので、ヤマハを客観的に見ることができる。今回のスタイリングを客観的に見て、カウルの内と外の関係をカラーで表現すべきだと考えた」と、GKダイナミックスの松田さん。
アウター側はホワイトの地色に浮かぶイエローとパープルの干渉色が無機的な形状に立体感を演出。有機的なインナー側は見る角度によってグリーニッシュブルーとパープルに切り替わり、そこにある微妙な凹凸を際立たせる。面質の違いを強調するカラーリングだ。スタイリングを担当したヤマハの保井康佑さんも、「造形の狙いを増幅させるカラーを選んでもらった」と語っている。
◆自分らしく「映える」

デザイン全体のコンセプトである「Insta(R)Genic」にはInstant=即時に、star=注目、R-Genic=YZF-Rシリーズの血統、Instagenic=インスタ映えという4つの意図を込められている。マットパールホワイトはまさにインスタ映えしそうなカラーリングだが、溝越さんは若いZ世代が抱く「映え」の価値観の変化を感じながらこれを開発したという。
「以前は自分を『盛る』ことが流行っていたけれど、素の自分らしさに共感してくれる人とつながりたいという流れに変わってきている。マットパールホワイトは間違いなく唯一無二のカラーリングでありながら、飾り立てているわけではない。リアルで洗練されたお洒落さがあり、自分らしい1枚が撮れるデザインだと考えている」
それが意外な効果をもたらしたと言えるかもしれない。4月の発売からの販売実績によると、マットパールホワイトがどの世代でもおよそ半数を占める好調ぶり。従来型にも2023年に登場したパープル(シアンと入れ替え)という大胆なカラーがあったが、それが20代を中心に支持されたのとは大きく異なる結果がマットパールホワイトで出ているのだ。

冒頭に書いたように全体の半数が30代以下だから、絶対数で言えば、マットパールホワイトを買っているのは若い世代が多い。しかしそこに偏ることなく需要層が広がっているのは、このカラーリングに「洗練」や「自分らしさ」といった普遍的な価値観が込められており、それが購入者に伝わっているからだろう。
男女別では男性の半分、女性の6割強がマットパールホワイトを選んでいる。全体の女性比率はまだ1割台とヤマハの他の機種と大差ないが、軽量コンパクトな250ccクラスだから女性ユーザーはもっと増えるはず。マットパールホワイト人気が今後もR25/R3の販売を牽引していくのは間違いない。