「靴は乗り物」カーデザイナーがミズノとコラボ、一足に表現した「身体拡張」の楽しさとは…ジャパンモビリティショー2025

カーデザイナー山本卓身氏とミズノの共創で生まれたフットギア「MOBILARIA β」
カーデザイナー山本卓身氏とミズノの共創で生まれたフットギア「MOBILARIA β」全 10 枚

モビリティショーもしくはモーターショーの面白さは、関係各社の未来のヴィジョンやプロダクトが一同に会して、来場者が見て感じて触れられること。でも自動運転や電動化が幅を効かす時代になって、完成車メーカーの“青田売り”を大風呂敷に感じたり、乗り物で移動すること=大きなシステムに組み込まれるという感覚が、根源的な「移動の自由」や楽しさに陰をつけていないか?

【画像】カーデザイナーとミズノが共創した“履く乗り物”MOBILARIA β

そんな頭上のクエスチョンマークを軽く雨散霧消させてくれる展示を、「ジャパンモビリティショー2025」(以下、JMS)西館の「Tokyo Future Tour 2025」の順路内の途中、ミズノのブースで見つけた。JMSに初出展のミズノが初公開したのは、カーデザイナーの山本卓身氏との共創で生まれた新フットギア『MOBILARIA β(モビラリア ベータ)』だ。

CFRP板バネフットギアコンセプトモデル「MOBILARIA β」CFRP板バネフットギアコンセプトモデル「MOBILARIA β」

山本氏といえばここ25年来、パリを拠点にするカーデザイナーで、シトロエン在籍時には『GT by シトロエン』、あのプレイステーションとのコラボで「ゲームを通じて誰もが所有できるスーパーカーでありコンセプトカー」を手がけた張本人だ。ポリフォニー・デジタルを経て独立後は、3Dプリンタで『A portrait of db』というデヴィッド・ボウイをオマージュしたコンセプトカーを発表したり、スカイドライブのeVTOL機や岩谷産業の水素燃料電池船を手がけてきた。ハッキリ言って“まだジャンルとして存在もせず、誰も見たのないプロダクトをデザインするプロ”なのだ。

その山本氏本人と、ミズノグローバル研究開発部・人間拡張研究開発課課長の尾田貴雄氏にJMSの会場で、話を聞くことができた。

◆令和版のドクター中松シューズ?「駆け足未満・早歩き以上」をめざした

カーデザイナー山本卓身氏自ら「MOBILARIA β」を“装着”カーデザイナー山本卓身氏自ら「MOBILARIA β」を“装着”

「モビラリアβを見てくれた人は、皆さん“ドクター中松さんを思い出しました”とか、“その令和版ですか?”って、百発百中で面白がってくれます(笑)」

と、ツカミは上々。そもそもプロジェクトの発端は2019年、つまりコロナ禍前からだった。最初は茶飲み話のような機会だったが、「履物はモビリティもしくはトランスポーテーション・ギアのひとつだから、身体拡張の感覚に相当する」という認識を山本氏も尾田氏も共有していて、何か一緒にやれそうという雰囲気だったのだとか。

コロナ禍を挟み、東京五輪ならびにパラリンピックの時期、義足のパラアスリートらが使うギアにインスパイアされ、あのノウハウを健常者が日常的に使えるギアにどうにか落とし込めないものかと考えるようになったという。

「じつを言うと、車をデザインする時より、ずっと沢山のスケッチをしましたよ」と、山本氏は笑う。正式に、カタチにすることに両者が合意して契約を結んだのは「2023年7月でした、卓身さんが帰国の度に大阪にも寄ってくれて、あれこれ話を重ねて」と、尾田氏は回想する。

“ガチ”ではないが、何となく決めていた仕様というか目安は、スポーツギアというより日常の生活で「駆け足未満・早歩き以上」の気分で自分の足で移動する際、それ以上のペースを可能にするツールであること。とはいえ、トライアスロンの実践者でもある尾田さんが想定していた数値は「12km/h前後」だそうで、これはマラソンでいえば3.5時間のペースにあたる。

カーデザイナー山本卓身氏とミズノの共創で生まれたフットギア「MOBILARIA β」カーデザイナー山本卓身氏とミズノの共創で生まれたフットギア「MOBILARIA β」

「パラアスリートのギアで得ている知見として、CFRPは強度的にも8mm厚が最適だろうという見込みは早々に決まりました」

「当初は、サスペンションのような動きや仕組みを意識して、もっと複雑に3ツ爪形状とか応力部がクロスするような構造にするアイデアもありました。でもお披露目の場をJMSにするということが決まって、逆にシンプルに“乗り物らしさ”を表現しようと決めた時、このカタチが決まりました」

この、“見たことがないものだけど、乗ってみたいと即、思わせる何か”をカタチにできてしまう、コンセプトワークから実現までの手腕が、山本卓身氏のデザインの真骨頂と思わせる。

「あまりハイヒールのような、アクセサリー的なものに見えないよう、たわんで反発して推進するという機能は見えること。装飾目的のギアには見せたくなかった」と、山本氏は強調する。シューズのサイドサポートから生えたカンガルーの下肢のような、靴としてもギアとしても見たことがない何か、でも研ぎ澄まされて魅力的な意匠に仕上がっている。

ブレード部のメイン構造はCFRPだが、色のついたサイドサポートそして靴との接続を担う部分は樹脂製で、これらも何度かの試作を経て、実際に装着して跳ねたり走ったりして、左右にブレるとか歪みがおきにくいカタチを、解析して実現しているという。

◆エンジンやモーターが付いていなくても身体を拡張する“乗り物”

ミズノのCFRP板バネフットギアコンセプトモデル「MOBILARIA β」ミズノのCFRP板バネフットギアコンセプトモデル「MOBILARIA β」

ちなみに今回のJMSの展示では、公式アプリを通じての予約制で試着が可能。走ることはできないが、ブース内で試すことができる。というわけで早速、27cmサイズのプロトタイプを履かせてもらった。

ヒール側に体重を支えるものがまったく無く、通常の靴を履いている時のような感覚でカカト側に体重をのせて立とうとすると、途端に後方に転がる。だから履いて立ち上がる時から、いつもとは違い、つま先側で立つことになる。ハイヒール的ではない外観だが、ハイヒールを履くことに慣れている女性の方がこのデフォルトの感覚は得意だろうと、山本氏も尾田氏も同意する。

足首周りは足入れが浅いので、スキー靴のように固定されるパラアスリート用のギアとは、感覚的に異なるそうだ。とはいえ足指の母指球近く、つま先寄りの重心で立つ感覚は、普通のジョギングシューズやスニーカーとは決定的に異なる。つま先着地に近い、動的な荷重バランスの時にベストの均衡が保てそうな感じだ。

走るのはNGでも、その場で跳ねるぐらいならOKだった。というわけで実行してみたが、その場で軽く跳ねている程度では、足裏でブレード部分がたわんでは沈み込むといった感覚は、ほとんど感じられない。パラアスリートが思い切りたわませては、走ったり跳ねたりしてパフォーマンスを発揮しているのは、それだけ身体能力や動作を訓練し、使いこなせるだけの心技体に仕上がっているという事実を、あらためて意識させてくれる。

ミズノのCFRP板バネフットギアコンセプトモデル「MOBILARIA β」ミズノのCFRP板バネフットギアコンセプトモデル「MOBILARIA β」

ただし、運動不足気味の素人でも、明らかに自分の力ではないところでの反発なのか、エフォートレス(無理なく)にぴょんぴょんと跳ねる感覚はちゃんとある。重心をブラさないように真っ直ぐ跳んでいれば、前後左右に変にヨレることもない。これを前に進む推進力に変えられたら? 自分の足だけでランをするのとは異なる筋肉を使うのだろう。

でも山本氏いわく、「エンジンやモーターが付いていなくても、確かに“身体を拡張するヴィークル感のあるもの”として、日々の移動の援けになるアイテムに仕上げたかった」。そういう意味で、乗りこなしてみたくなるのだ。

気になる市販化実現の可能性だが、「今はβ版ですが、もちろん実現したいですよね。今日(10月29日)が発表日で、一般の方々からの反応を、お待ちしているところです」。JMSの一般公開期間中の試着申し込みは、大阪万博2025と同様、公式アプリをダウンロードして、そこから体験チケット予約制となっている。楽しめるモビリティとはやはり、身体感覚を通じて積極的に体験するものなのだ。

ミズノの展示ミズノの展示

《南陽一浩》

南陽一浩

南陽一浩|モータージャーナリスト 1971年生まれ、静岡県出身。大学卒業後、出版社勤務を経て、フリーランスのライターに。2001年より渡仏し、パリを拠点に自動車・時計・服飾等の分野で日仏の男性誌や専門誌へ寄稿。現在は活動の場を日本に移し、一般誌から自動車専門誌、ウェブサイトなどで活躍している。

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