欧州自動車業界でデザイン責任者の人事情報が相次いでいる。その背景にはどんな事情が隠れているのか? カーデザイナーを30年にわたって取材してきた千葉匠が解説する。まずは真偽のわからないJLRの解任報道から。
◆衝撃だったマクガバン解任報道
昨年12月2日、英国AUTOCAR誌のひとつの記事が世界を駆け巡り、多くのニュースサイトに引用され、拡散した。ジャガー・ランドローバー(以下JLR)のデザインを統括するジェリー・マクガバンが解雇されたというのだ。
日付は同じだが、先にそれを報じたのはインドのAUTOCAR INDIA誌だった。インドはJLRの親会社であるタタ・モーターズの本拠地だ。「詳細はまだ未確認だが、情報筋によると、マクガバン氏は解雇されて“オフィスから連れ出された”」とAUTOCAR INDIAが書き、それを受けてAUTOCARも記事化した。AUTOCARはJLRに確認を求めたが、「ノーコメント」だったという。
マクガバンは英国を代表するカーデザイナーのひとりだ。オースチンローバーグループ時代には『MG-F』を手掛け、フォードを経てランドローバーに移籍してデザインディレクターに就任すると、『レンジローバー・イヴォーク』や新型『ディフェンダー』を成功に導くなど多くの実績を重ねてきた。
2021年からはJLRのチーフデザインオフィサーとして、ジャガーのデザインも統括。昨年発表したコンセプトカーの『タイプ00』に続き、新生ジャガーの第一弾となる電動1000psセダンが遠からずデビューする。そんなタイミングでの解任報道だった。

JLRの沈黙によって報道が既成事実化するなか、12日になってようやくJLR広報室が声明を出した。「当社がジェリー・マクガバンの雇用を解除したというのは真実ではない。憶測についてこれ以上コメントするつもりはない」
実際、この原稿を書いている時点でもJLRのHPの重役欄には、マクガバンの写真と経歴が掲載されている。おそらく最も妥当な推測は、マクガバンが退職するのは事実だが解雇ではなく自らの意思によるもので、まだ退職日が来ていないということだろう。個性もリーダーシップも強い人柄だけに社内に政敵がいたとしても不思議はなく、それが悪い噂につながったのかもしれない。
だとしたら、マクガバンはなぜ辞意を抱いたのか? 筆者なりに想像すると、ひとつのきっかけはJLRのCEO人事だろう。

タタが2008年にジャガーとランドローバーをフォードから買収してJLRを設立したとき、CEOに就いたのはフォード出身のラルフ・スペス。2020年にルノーから移籍したティエリー・ボローレに交代し、22年に生え抜きのエイドリアン・マーデルがCFOから昇格し、さらに25年11月にはタタ・モーターズでCFOだったP.B.パラジが就任した。
デザインのトップにとって経営トップとの信頼関係は何より大切だ。生え抜きのマーデルとは長い付き合いのなかでそれができていただろうが、パラジと信頼関係を醸成するには時間がかかる。一般論として、他社からCEOが来たタイミングでデザインのトップが会社を離れる例は少なくない。
それに彼は今年で70歳だ。輝かしいキャリアに区切りを付けるには、よい節目と言えるのではないだろうか。



