バイク界の“SUV”はどう進化したのか?『トレーサー9』と『GSX-S1000GX』を比較して見えた「突出した日常性」とは

ヤマハ トレーサー9 GT+ Y-AMT(左)とスズキ GSX-S1000GX(右)
ヤマハ トレーサー9 GT+ Y-AMT(左)とスズキ GSX-S1000GX(右)全 55 枚

ヤマハのスポーツツーリング『トレーサー9 GT+ Y-AMT』とスズキのスポーツクロスオーバー『GSX-S1000GX』に試乗。高い運動性と快適性をバランスさせた両モデルだが、どのようなシーンにハマるのだろう。

【詳細画像】ヤマハ「トレーサー9 GT+ Y-AMT」とスズキ「GSX-S1000GX」

◆燃費と先進装備のトレーサー9、「4気筒ツアラー」のS1000GX

現行のトレーサー9 GT+ Y-AMT(以下、トレーサー9)は2025年5月に、そしてGSX-S1000GX(以下、S1000GX)は2026年4月にそれぞれ発売された。いずれもロングランを想定したスタイリングと機能を持ち、前後17インチホイールを備えながらも、少し背の高い足長スタイルという共通項がある。主なスペックは下記の通りだ。

ヤマハ トレーサー9 GT+ Y-AMT(左)とスズキ GSX-S1000GX(右)ヤマハ トレーサー9 GT+ Y-AMT(左)とスズキ GSX-S1000GX(右)

●トレーサー9/S1000GX
・エンジン:直列3気筒/直列4気筒
・排気量:888cc/998cc
・最高出力:88kW(120ps)/10000rpm/110kW(150ps)/11000rpm
・最大トルク:93Nm/7000rpm/105Nm/9250rpm
・燃費(WMTCモード):21.1km/リットル/16.2km/リットル
・燃料タンク容量:19リットル/19リットル
・全長:2175mm/2150mm
・ホイールベース:1500mm/1470mm
・シート高:845mmまたは860mm/830mm
・車重:232kg/232kg
・最小回転半径:2.9m/3.2m
・車体価格:198万円/211万2000円

S1000GXはシリンダー数がひとつ多く、排気量が110cc大きい。そして、それがそっくりそのまま最高出力や最大トルクの数字に表れている。この手のカテゴリーでエンジンスペックの高い低いに一喜一憂するユーザーはさほど多くはないだろうが、その代わりに「バイクは直4じゃなきゃ」という主義を譲れないユーザーは決して少なくなく、ツアラーとしての余力を求めるならなおのこと。その意味で、3気筒エンジンのトレーサー9は、はなっから選択肢に挙がらないかもしれない。

スズキ GSX-S1000GXスズキ GSX-S1000GXヤマハ トレーサー9 GT+ Y-AMTヤマハ トレーサー9 GT+ Y-AMT

ただし、S1000GXのエンジンが勝ちどころばかりかと言えば、そういうわけでもない。たとえば燃費とのトレードオフがある。上記の通り、そこには4.9km/リットルという決して小さくない差があり、燃料満タン状態からの航続距離は90km以上短い計算になる。

それを補うに十分な快適性が散りばめられているといいが、アダプティブクルーズコントロールやマトリクスLEDヘッドライト、Y-AMT、電動スクリーン、グリップウォーマーといったトレーサー9の充実装備は、S1000GXに対する強力なマウントであり、それでいて価格も安いという手抜かりのなさだ。

◆『XSR900』と『GSX-8TT』でも感じられた2社の傾向

ヤマハ XSR900(左)とスズキ GSX-8TT(右)ヤマハ XSR900(左)とスズキ GSX-8TT(右)

こうした傾向は、少し前に比較試乗したヤマハ『XSR900』とスズキ『GSX-8TT』でもそうだった。メーカーとして意図してきたかどうかは別として、「よく走り、装備も充実しているのにこの価格はお得だよね」というコストパフォーマンスの高さがスズキのイメージにはある。4輪は今も少なからずそうだと思うが(自分自身、信頼性と走破性、経済性を理由にスズキの車を多く所有してきた)、こと2輪に関しては、そこから離れつつある。

だからがっかり、という話ではない。とはいえ、小中排気量モデルの生産台数はインドといくつかのASEAN諸国において、またその販売台数はインドと中南米において飛躍的な成長を遂げる一方、日本と欧米における大排気量モデルの在り方がやや見えづらい、という印象は確かにある。

ヤマハ トレーサー9 GT+ Y-AMTのライディングポジションヤマハ トレーサー9 GT+ Y-AMTのライディングポジションスズキ GSX-S1000GXのライディングポジションスズキ GSX-S1000GXのライディングポジション

もっとも、またがった時のスリムさやライディングポジションのしっくり感、低回転域のフレキシビリティ、インターフェイスの分かりやすさは、スズキならではの扱いやすさが光り、ペースの上がらない街中でも持て余すことなく操れる。そして、トレーサー9にもまた、その体躯を感じさせない手の内感がある。

◆突出した日常性

今回、試乗や撮影自体はワインディングを拠点にして行ったが、両モデルを数日間手元に置き、分かったことがある。トレーサー9とS1000GXには、ロングランへの夢を膨らませるビジュアルやコピーが用いられつつも、普段使いを難なく許容するカジュアルさがあるということだ。

『テネレ700』ほどのハードな走破性も、『ハヤブサ』ほどアベレージの高い巡航性も求めず、たとえばそれは、BMWのアドベンチャーやツアラーが誇る万能感を引き合いに出してもそう。またがって走り出すのにさしたる気構えも気合も要さず、混雑した市街地だろうが渋滞の幹線道路だろうが、その車体を粛々と進められる気軽さにおいて、今回の両モデルは突出した日常性を備えている。

ヤマハ トレーサー9 GT+ Y-AMTヤマハ トレーサー9 GT+ Y-AMT

見切りのいい車体。高いアイポイント。安楽な姿勢。よく切れるハンドル。路面をきちんと捉える足まわり。高度な電子制御。これらはすべて上質なSUVにも通じるバランス力の高さでもあり、その走りは心地よく、佇まいはスタイリッシュだ。

思い立ったらいつでも遠くへ行ける。必要な荷物はしっかり積める。望めばスポーティにも走れる。疲れた時には様々なアシスト機能がもてなしてくれる。そんな高いパフォーマンスを内包していることを誰よりも知りつつ、しかしごく普通の移動ツールとして、日々当たり前に乗る。その余裕と懐の深さが魅力であり、街中をスイスイと走り抜けられる様が、実に粋で絵になる2台だった。

スズキ GSX-S1000GXスズキ GSX-S1000GX

伊丹孝裕|モーターサイクルジャーナリスト
1971年京都生まれ。1998年にネコ・パブリッシングへ入社。2005年、同社発刊の2輪専門誌『クラブマン』の編集長に就任し、2007年に退社。以後、フリーランスのライターとして、2輪と4輪媒体を中心に執筆を行っている。レーシングライダーとしても活動し、これまでマン島TTやパイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライム、鈴鹿8時間耐久ロードレースといった国内外のレースに参戦。サーキット走行会や試乗会ではインストラクターも務めている。

《伊丹孝裕》

モーターサイクルジャーナリスト 伊丹孝裕

モーターサイクルジャーナリスト 1971年京都生まれ。1998年にネコ・パブリッシングへ入社。2005年、同社発刊の2輪専門誌『クラブマン』の編集長に就任し、2007年に退社。以後、フリーランスのライターとして、2輪と4輪媒体を中心に執筆を行っている。レーシングライダーとしても活動し、これまでマン島TTやパイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライム、鈴鹿8時間耐久ロードレースといった国内外のレースに参戦。サーキット走行会や試乗会ではインストラクターも務めている。

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