【井元康一郎のビフォーアフター】オート三輪にモビリティの可能性を見る

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ミゼット MP5型(1962年)
ミゼット MP5型(1962年) 全 5 枚 拡大写真

ユーザーに一歩踏み寄った環境自動車税

軽自動車税制を廃止し、普通車と一本化した環境自動車税の2012年導入を目指す総務省は11月2日、「環境自動車税(仮称)に関する基本的な考え方」を公表した。同省は9月にも、軽自動車税制や営業用自動車の優遇を廃止するという有識者会議の報告書を発表したが、ユーザーの大反発に遭った。そのため、今回の発表では、ユーザーから反発を食いそうなファクターは大幅に薄められた。

今回の提案の特徴をピックアップしてみる。
■軽自動車を増税する一方で、税収が増えた分をコンパクトカー、低CO2車などの減税に回し、全体としては増税にならないようにする。
■営業用自動車は現在の自家用車との格差(車種や排気量によるがおおむね4倍)を維持する。
■2012年の新税制発足前に登録されたクルマについては旧税制を適用する。

環境自動車税は自動車税、軽自動車税と重量税に代わるものと位置づけられており、税額の計算については排気量とCO2排出量の両方を勘案するという、ドイツに似た方式の導入を提唱している。実はそのドイツでも、09年の税制改正前にはユーザーの大反発が起きた。苦肉の策として、商用車は税制改正の対象外とし、さらに旧制度時代に登録されたクルマは当面、旧税制を適用するという妙手で乗り切ったという経緯がある。

総務省の自動車税制改革試案で状況が激変するのは、普通車に比べて税額が大幅に安い軽自動車だ。が、税制が変わる前から保有しているクルマが当面増税にならないのであれば、ユーザーの反発はある程度抑制される。一方で減税となるコンパクトカーの購入を考えているユーザーは新税制を支持する可能性が高い。加えて営業用自動車のユーザーは増税を免れられるということで反対する理由は薄れた。これらのドイツに似た“妥協案”によるユーザー懐柔策を見る限り、法案化されたあかつきには、国会を通過する可能性は飛躍的に高まったと考えられる。

◆大幅増税は避けられない軽自動車の未来

ここで問題となるのは、大幅増税は避けられない軽自動車のゆくえだ。軽自動車は公共交通機関が整備されていない地方においては、一家に1台ならぬ、1人に1台というほど重要な足となっている。そればかりではない。このところ、労働者1人あたりの収入は減少の一途をたどっており、貧困層の数は増える一方である。その貧困層がモータリゼーションの恩恵を受けるためには事実上、保有段階のコストが安い軽自動車しか選択し得ないというケースも多い。軽自動車は貧富の格差を埋める緩衝材の役割も担っているのだ。

もし環境自動車税が試案に近い形で実施された場合、軽自動車は2012年の施行前に駆け込み需要が発生し、それを最後の炎のゆらめきとして市場自体がフェードアウトしていくことは想像に難くない。その後、しばらくの間は旧税制が適用される軽自動車がその役割を継承していくことになろうが、それもいずれは限界が来る。クルマはいずれ老朽化して使用に耐えられなくなる時がやってくるし、法改正によって旧制度で届出がなされたクルマも環境自動車税に移行することになればそこで終わりだ。そうなれば、交通手段を失った地方の衰退は免れない。

EUをはじめ、多くの国がCO2ベースの課税に移行しているなか、日本がそのトレンドに沿わないのは現実的ではない。頭に“環境”を付ければ何でも通るといった臭いがぷんぷんとする環境自動車税という名称の嫌らしさはともかく、CO2課税の導入自体を非難するつもりはない。

が、日本は先進国の中でも、クルマを持つさいにかかるコストが非常に高く、それを回避するために多い時で年200万台もの軽自動車が売れてきたという特殊な事情がある。2010年3月末時点の軽自動車の保有台数は2665万台で、自動車全体の3分の1以上を占めているのだ。その日本で軽自動車を含めた税制を大きく変える場合、軽自動車の代替になりうる別の軽便な自動車の制度を作ることは必須だ。

その代替制度について、総務省は何ら触れていない。自動車行政とは本来無縁で、見識を持たない省庁ゆえ、致し方ないとも言える。自動車業界の内部では軽自動車増税、コンパクトカー減税が自社にとって有利になることから、モータリゼーション全体のデザインも考えずに内心喜んでいるメーカーもあるという有様。この税制改正に対して、業界として足並みを揃えた提言は今もできていない。

◆軽自動車に代わるモビリティを

もっとも、軽自動車制度がなくなっても、代わりのパーソナルモビリティを提供する術はまだある。かつてビールの税金が挙げられたとき、酒造会社は発泡酒、第三のビール…と、いろいろな方法で安い税率の酒を供給し、ビジネスを拡大した。自動車業界でも今後、そういうビジネスを模索する動きが出てきてもいい。たとえば今日、ほとんど商品がないため税制改正の論議の対象になっていない、クローズドボディのオート三輪などである。

オート三輪は四輪車のように厳しい衝突安全性の縛りがないため、格安で、しかも軽量に作ることが可能だ。エンジンも軽自動車の3気筒エンジンを1気筒落として440ccなどで十二分に動く。最低限の騒音・振動性能さえ備えていればビッグスクーターのような単気筒でもいいかもしれない。車両重量も500kg未満を楽々達成できるだろう。操縦安定性は、前二輪、後一輪にすれば十分確保できる。唯一の弱点は安全性だが、これとて転倒事故を起こせば死につながりかねない二輪車や自転車が普通に売られていることを考えれば、槍玉に上げるほうがおかしい。クローズドボディのオート三輪はそれらよりはずっと安全という見方もできよう。

また、こうした超低価格車は、なにも日本専用の商品にする必要はない。海外でも発展途上国、新興国の購買力が低いユーザーに支持される可能性は十分にある。高価で、変に気取ったモデルより、よほどグローバル性があるというものだ。

このように、収入格差、地方格差などを跳ね返し、日本全体にモビリティを行き渡らせるという意識を国、業界、ユーザーが持てるかどうかは、単にクルマの話にとどまるものではない。日本という国をきちんとした状態に保てるかどうか、その精神的土壌にもつながる話だ。里山がなくなってクマが街に出ただの、尖閣諸島や北方領土で騒ぎが起こっただのという話も、普段から国の隅々にいたるまで、大切でないところなど微塵もないという意識が弱いことが招いたとも言える。

地方に分散して住むのは無駄だから、CO2のことも考えると都市部に集中居住すべきなどと言う政治家、官僚、有識者も多い。それは効率の面を考えればまことに正しいのだが、愛郷心をまったく顧みないという点では最悪だ。都合が悪いから故郷を捨てなさいなどと言うのは、都合が悪くなれば日本を捨てればいいというのと同じだ。地方を愛する心がないのに国なら愛せるなどと誰が言えようか。実際には都市化、人口集中は、トレンドとして避けられない部分もある。が、そのような中でも地方の隅々までサービスを行き渡らせるという意識は絶対に捨ててはいけない。

地方で公共サービスを提供できない国や自治体に代わって、簡便な小型自動車を個人負担で運用することにインセンティブを与えることのどこがいけないのか。自動車業界はそのモータリゼーション、モビリティの精神をバックボーンに、軽自動車の代わりとなり、グローバル展開もできる商品を模索しつつ、政策面の配慮が必要であることを真剣に国に訴えかけていくべきだ。

《井元康一郎》

井元康一郎

井元康一郎 鹿児島出身。大学卒業後、パイプオルガン奏者、高校教員、娯楽誌記者、経済誌記者などを経て独立。自動車、宇宙航空、電機、化学、映画、音楽、楽器などをフィールドに、取材・執筆活動を行っている。 著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。

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